御神
今から四百年以上前、ある商人の女が、執筆者として神に選ばれた。
女は信心深く、慎ましく、けれども人並みに欲があった。
商売を繁盛させたい。
美味しいものを食べたい。
子供達には、何不自由のない暮らしをさせてやりたい。
そう思っていた。
だから、そうした。
神徳により家は栄え、土地でも有数の商家となった。その裏で歪めていった運命に、女は心を痛めていたが、日々豊かになる生活を今更捨てるような真似は出来なくなっていた。
むしろ、豊かになればなるほど、執筆者となる以前の細々とした生活が思い出され、財産が失われる恐怖に囚われるようになった。
家の為にも、子供達の為にも、神の力を手放す訳にはいかない。
女はそのことばかりを考えるようになり、家族もそれに影響されるようになった。
どうにかして、神を家に留まらせようとしたのだ。
女が死ねば、神も消えるという。
だが、不老不死の願いは叶えられない。
寿命からは逃れられない。
女が生きてさえいれば、神は消えないのだ。
であるならば、女の存在を維持していくしかない。
神の力は、世界を循環しているという。それは命も同じだ。人はいずれ土に還る。その土から草が生え、その草で家畜が育ち、その家畜を人間が喰らうのだ。
で、あるならば。
女の死後、神が消えてなくなるまでの間に、女の死肉を口にすれば――
――それが、御神家の始まりである。
■
神は、執筆者の想像によって体を形作る。執筆者が死ねば、また不定形の力の塊に戻り、霧散して消えていく。
その霧散が起こる前に神を再定義することによって、御神家は神を引き継ぐ術を得た。
女の死肉を食らうことで、人為的に執筆者を作り出したのだ。
神が持っていた記憶や思い出は、女の死と共に消えていた。残るのは純粋な力の塊のみ。そこへ次の執筆者が想像を行うことで、神は新たな神として顕現した。
今後も神の力を引き継いでいく為に、家の者達は神を『おんかみさま』として祀り上げ、末端の血筋の者であろうとも、それを信仰するように強要し、洗脳し、家に対する帰属意識を強めさせた。
いつしか執筆者は巫女と呼ばれ、けれどその立場は奴隷のようなものとなっていった。
家に相応しい、操りやすい神を巫女に想像させれば、それだけ力を振るいやすくなる。
故に巫女は、『教育』という名の洗脳を受けるようになった。
そこに自由はなく、その一生を神の為に捧げる生贄だ。
全ては家の為、財の為。
誰もが口を揃え、巫女の境遇から目を逸らし続けた。
そうして、新たな神との出逢いと別れを何度となく繰り返し、御神家は発展していった。
『御神』の名は、神を敬ったものではない。
自らを神としたからこその、『ミカミ』なのだ。
時代は進む。それと共に、巫女を産む神聖な血筋が定められ、それが本家として家督を継ぐようになっていった。
巫女として生まれた娘は、死ぬまで執筆に携わる。
そして家の者は、次なる巫女を孕む娘を決める。
外から優秀な血を入れ、不出来なものは切り捨てて、家の為に子を作る。
新たな巫女を産ませていく。
御神流剣術も、その手段に過ぎなかった。
御神家は女系であり、心身ともに健康な男子を家に引き入れる必要があった。だが、家の財産目当てに近付かれたのでは困る。それを選別するふるいとして道場を建て、男の方から家に集まるようにしたのである。
全ては家の為。財の為。
怪しまれぬよう、疑われぬよう、巧妙に運命を書き換え続ける。
不動の地位を築きながらも、決して目立ち過ぎぬように。
運命を改変し、未来を捻じ曲げ、時に身内すらも操って、御神家の歴史は続く。
女の血肉は、受け継がれ続けるのだ。
■
「でも、それも今日でおしまい。……私は、これでよかったと思うわ」
そう締めくくった蓮華のお母さんに、僕は何も言えなかった。
施設での一件の後、蓮華の電話を受けて、蓮華のお母さんが迎えに来てくれて……その帰りの車中で、御神家に纏わる話を聞いたのだ。
僕が捕まった、という話は蓮華の家にも伝わっていたようで、師範が本家に怒鳴り込んでいたらしい。そんな最中に、僕がすみれさんの力を発動させたものだから、御神家は大混乱に陥ったそうだ。
施設は市外にあり、家に戻ってきた頃には、もう真夜中近くだった。
その疲れと、無事に蓮華とすみれさんを助けられた安堵と喜びで力が抜けて、僕はそのまま眠ってしまい――
――翌朝。
右に蓮華、左にすみれさん、という状態で、僕は目を覚ましたのだった。
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