神との邂逅 3


「蓮華!」「蓮華ちゃん!」

「……すまない、直人、すみれお姉様。二人とも、これ以上抵抗せず、大人しくしてくれ」


 淡々と、蓮華が言う。そこには申し訳なさと、決意の色があった。

 ……嫌な予感が当たってしまった。最悪の気分だ。

 日向の、笑みのある声が響く。


「これがうちの最終兵器だ! 倒せるもんなら倒してみな!」

「蓮華ちゃん、どうして……!」

「お姉様と共に捕まったと、直人に錯覚させるのが目的でした。……私もまた、御神の人間。当主の命には逆らえないのです」


 当主、つまり蓮華の叔母からの命令――か。

 つまりここは、御神家に関連する施設、ということだ。

 蓮華が木刀を構える。ピンと空気が張り詰め、場が緊張するのが解った。


 この感覚はよく知っている。道場で何度も何度も味わったものだ。

 もはや場は蓮華に支配され、彼女の気迫を上回らなければ勝機はない。

 だから、違和感しかないのだ。


 僕は、蓮華へと問いを放つ。


「――すみれさんも?」

「ああ、お姉様もだ。大人しく従ってくだされば、それでいい」

「私は従えません! 直人君を護るって決めたんです!」

「ならば、私も容赦は出来ません。少々痛い思いをさせてしまいますが――」


 蓮華が、切っ先を僕からすみれさんに向ける。

 その背後で日向が笑い、氷雨が遅れてやってきた黒服達に指示を出し始めた。


 誰もが、蓮華の行動に疑いを持っていない。

 誰もが、蓮華の勝利を確信している。

 神であるすみれさんですら、蓮華の眼力に怯えていた。


 蓮華の瞳が僕を捉える。

 黒々とした美しい瞳は決意に燃え――

 

 一瞬、揺らいだ。


 違和感の正体には気付いている。

 だから――静かに、確実に、怒りがこみ上げていた。

 すみれさんが僕の手を離し、必死な様子で前に出る。

 蓮華は構えを解かない。

 それに更に怒りが増す。

 こちらを襲おうとする蓮華に対して、ではなく、

 その背後にいる、御神家、という存在に対して。

 だから、僕はすみれさんを下がらせ、前に出る。

 そして――淡々と命じた。


「――止めろ、蓮華」


「ッ!! なお、と」

「止めろ、と言った」

「で、出来ない……」

「蓮華」

「っ、う……」


 切っ先はそのままに、蓮華の表情が歪み、泣きそうなものになる。

 でも、それは僕も同じだった。


 僕に剣を向けるのは解る。一年のブランクは大きいけれど、護身術は体に染みついているのだ。敵対した以上、それは仕方がない。

 でも、すみれさんは一般人だと思われているはずだ。もし神であると知らされているとしても、蓮華は『お姉様』と呼び慕うほどの相手に剣は向けない。

 剣に頼らずとも、素手で無力化出来るだけの力を持っているからだ。傷を付けるなんてありえない。


 それが御神・蓮華だ。その一貫した信念が揺らぐことは絶対にない。


 だから僕は、一度強く目を瞑り――開く。

 途端、脳裏に凄まじい勢いで文章が流れ始めた。


 すみれさんが神としての力に目覚めた結果、僕の脳裏にも文字情報が流れ込むようになったのだ。

 今展開が始まったのは、すみれさんが読み取った、御神・蓮華の物語(人生)だった。


 多様性に満ちた本来の人生は黒で、書き換えられた運命は赤い文字で記述されている。

 あろうことか、運命改変は生まれる以前から――蓮華の両親から続くものだった。

 真っ赤に染まる運命の中、僕の名前だけが黒いまま残っている。つまり僕の存在は、同じ病院で生まれた時から把握されていたのだ。

 そこに変化が起きるのは、七年ほど前。そこから赤い文字が消え、今度は青い文字で運命が書き換えられ始めた。

 青い文字は中学の始まり頃に減り始め――四日前の時点から、再び蓮華の人生を侵食し始めていた。

 今も、青い文字は続いている。僕の干渉すらなかったことにする為に、蓮華の人生を現在進行形で書き換え、歪めているのだ。


「――蓮華」

「ッ、」


 蓮華が怯み、それに日向達が驚いたのが見えた。どうせ、蓮華を前に出せば僕が諦めるとでも思っていたのだろう。

 確かに、蓮華は強い。木刀を構えている今、安易に防御しようものなら骨を折られるし、その素早い剣筋を見切って回避するのは不可能だ。当然、小細工は通じない。

 例えすみれさんが怯えておらず、蓮華を攻撃出来たとしても、蓮華はそれを確実に回避するだろう。

 視線一つで、相手の心を読んでしまうのが御神・蓮華だ。知識と経験に裏打ちされた行動選択と、天性の直感は、一秒先の未来を予測する。

 僕に勝ち目は一つもない。


 それでも、僕はもう諦めない。

 蓮華の前から逃げないと、そう決めたのだから。


「見えない壁は、破壊する」

「直人……」

「大丈夫だよ、蓮華。こんなことで蓮華を嫌いになったりしない。僕が許せないのは、こんな運命を強いた奴等だ」


 更に一歩、前に出る。それに反応した蓮華に小さく微笑んでから、僕はその背後にいる日向達を睨んだ。

 燃えるような激しい怒りではなく、氷のように冷たい感情が心を支配している。


 それは――殺意と呼べるもの。


「何をされたって、僕は他人の運命を変えるつもりはなかった。こうして逃げようとしている今だって、そうだ。……でも、お前達は違った。お前達は、僕の蓮華に手を出した」

「なっ、アイツ気付いて!」「……それが、どうしたっていうの?」

「命よりも大切な存在を穢されたんだ。僕はお前達を、御神家を許さない。――僕は、この運命を書き換える!」


「――よく言った、我が執筆者よ」


 虚空から声が響き、一陣の風が背後の大穴から吹き抜ける。

 雲が晴れ、水面に月が顔を出すように。

 一柱の神が、厳かに顕現した。




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