神との邂逅 2


「すみれさんから、水月に呼びかけたりは出来ませんか?」

「何度か試してるんですが、駄目ですね……。どうもこの建物には、神の力を遮断する結界が張り巡らされているみたいです」

「だから圏外状態……。外に出ないと助けも呼べないってことですか」

「ですね……」

 相手が何者かは解らないが、神の力を熟知しているのは確かなようだ。ヤンキーや怖いお兄さん達が出てくるよりも、遥かに厄介な状況だった。

 でも、とすみれさんが小さく微笑んだ。

「……でも、よかったです。不幸中の幸いって言い方は、直人君に失礼ですけど、こうした機会でもなかったら、私は神として目覚めなかったと思いますから。力としては、神様――水月様の方が強いですし」

「竜巻には敵いませんか――って、納得しませんよ! すみれさんも十分強いですからね!」

「あれ、丸め込めなかった」

「この人は……」


 これがすみれさんの素、というか、抑圧の解かれた神としての振る舞いなのかもしれない。

 竜巻と突風。振り回されることには変わりないようだ。


「追っ手は――撒けたみたいですね」

「いえ、違います。アレの準備をしていたんでしょう」


 幾度目かの角を曲がった先には、ゾンビ映画さながらに、ヒトガタの群れが廊下を埋め尽くしていた。

 それらが一斉に僕達に気付き、襲い掛かってくる――!


「無駄です!」


 すみれさんが叫んだ直後、背を押すほどの突風が渦を巻き、旋風となって吹き抜ける。それを受けたヒトガタの形が一瞬で解け、細かい紙切れに寸断されていく。まるでミキサーにかけたかのようだ。


「こ、こんなことまで出来るんですか」

「はい。ちょっと真空を発生させてカマイタチを」

「……やっぱその力使うの止めましょう」

 竜巻と津波と噴火――神の力は底知れない。それを攻撃に転じたら、と考えた結果、こうして牢から逃げ出せた訳だけれど、その『どっかーん』の威力が高すぎる。

 いつだって、神の力は僕の予想を超えてくるのだ。これ以上は流石に――と思う僕に、すみれさんが微笑んだ。

「我慢は体によくないですよ?」

「堕落に誘わないでください……」


 神様というのは、みんなこうなのだろうか。……いや、違う。僕の想像が反映されている以上、僕の根底にあるのが堕落なのだ。

 余計に気を引き締めなければ……。ざまぁみろ、とは思うけれど、それを盾に破壊して回るのでは意味がないのだから。


「直人君は立派ですよね」

「まさか。ただのカッコつけ、ですよ。だから先を急ぎましょう。このフロアには、他に牢屋はなさそうですから」


 紙吹雪が落ち着いた向こうに、上へと続く階段がある。僕達はそれを駆け上がった。

 


 恐らくは一階だろうフロアも、地下と同じような作りになっているようだった。ただ、至る場所に白い紙の山が出来ているのが解る。

 それが人の形を取る前に蹴散らし、追ってきた黒服達から逃げながら走り回る。


 そして僕達は、広々としたエレベーターホールへと出た。

 エレベーターの数は三台で、地下一階から地上三階まであるのが解る。そしてここは地上一階だった。

 右手側は壁で行き止まり。左手側は奥に広がっていて、ホテルで見たものに似ている豪華な扉のついた部屋があった。大広間でもあるのかもしれない。


「エレベーターは使えませんし、袋小路ですね。誰か来る前に――」

「――面倒なので、壁に穴を開けちゃいます!」

「ちょお?!」


 止める間もなく突風が放たれ、右手側の壁に、ハンマーで叩き割ったかのような大穴が開いた。そして瓦礫や埃を吹き飛ばす更なる風が吹き抜け――壁の向こうは、外だった。

 既に暗く、駐車場のような広いスペースが広がっている。


「これで逃げ道は確保出来ました。あとは蓮華ちゃんです」

「…………」

「蓮華ちゃんです」

「……はい。問題は、どうやって探すか、なんですよね」

「大丈夫です。結界が緩みましたから、すぐに情報が――って、その前に追っ手が来ちゃいましたね」


 背後から響いてきた足音に、僕達は大穴の方へと距離を取る。

 現れたのは日向、そして数歩遅れて氷雨が入ってきた。荒れた息を吐いている彼等は、一瞬扉の方を確認してから、僕達を見た。


「ぐるぐる走り回りやがって! ようやく追い詰め――って、なんだその穴! 壁まで壊しやがったのか!」

「そりゃ、逃げる為にね」


 堂々と嘘を吐く。けれど、対する日向が不敵に笑う。警戒はあれど、その根底に勝利を確信している顔だった。


「よく言うぜ。テメェのことは全部調べてあるんだ。もう容赦はしねぇ! ――レン! イレギュラーを止めろ!」

「――れん?」


 日向の声に応え、その背後にある両開きの扉がゆっくりと内側から開かれる。

 そこから現れたのは――


 ――木刀を携えた、御神・蓮華だった。




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