運命の奴隷 2
「嘘じゃねぇ、現実だぜ」
「…………」
「おいおい、そんなに驚くことかよ。葵だってスマホ持ってんだから、そりゃツイッターくらいするだろ。まぁ、鍵アカにしてあるし、こっそりやってたのは確かだろうけどな」
「つ、つまり、一樹・直人が葵に接触――いえ、まさか葵から彼に……?」
「馬鹿だな氷雨は。お互いに本名を名乗ってねぇのに、どうやって相手を判断すんだよ。探偵かよ?」
「じゃあ、偶然だっていうの?」
「或いは必然か、運命か。笑えるぜ」
笑えない。
笑いごとではない!
「ジジババ共、特に本家のクソは喋りたがりだからな。イレギュラーの存在は嫌でも葵の耳に入るだろ。名前から外見から、何もかもな」
一樹・直人のアカウント名は――イツキ。
日向が笑みで開いたプロフィールページには、『埼玉/高校一年』の文字がある。
「さぁて、葵はこの符号をどう思うだろうな?」
血の気の引く音がした。
「あ、アカウントを消して、」
「一ヶ月以内だったら復旧出来た筈だぜ」
「だ、だったら葵に、」
「鍵アカの存在がバレたら、アイツはどう思うだろうな?」
「……、……」
「ハハハ、ひでー顔」
「わ、笑いごとじゃない! 御神家の全てが壊れてしまうかもしれないのに!」
「遅かれ早かれだろ。イレギュラー、一樹・直人が執筆者として、この街に生まれた以上はな」
「そんな……」
執筆者は、ただそこにいるだけで神の定める運命に干渉する。それは葵も同様だ。
氷雨達には幸福な人生が約束されているが、しかし巫女の側近という立場から、それは常に狂い続けている。日向が本家の人間を貶しているのが、その証拠だ。
そうした家系なのだ。程度の差はあれど、根本的に傲慢で口が悪い。特に祖母――先代当主は酷かった。一見、誰に対しても優しく人当たりがいいのだが、損得勘定が酷く、裏では周囲を酷く罵っていた。しかも、裏の顔を見せる相手を選ぶ周到さだ。夫である祖父ですら、その本性を知らなかったに違いない。
氷雨は明かされた側であり、その豹変ぶりに涙を流したほどだった。
それが反面教師となったのか、祖母の長女(蓮華の母)と、次女(氷雨と日向の母)は真っ当に育ち――けれど、次の巫女を産むと定められた三女は、最も酷い性格になった。
生まれる前から当主になることが定められ、夫となる男も用意されていて、けれど巫女を産めばそれで用なし、だ。当主とは名ばかりで、立場は低い。その境遇が叔母を歪ませたのだ。
そんな母を持ちながらも、葵は純粋に育っている。氷雨はそう感じていた。
けれど、葵もまた御神の血を引く者だ。『氷雨お姉ちゃんには何でも相談するね』と言っていたのに、ツイッターのことは一言も――
――いや、違う。彼女は高校生だ。隠しごとの一つや二つくらい、あるのが普通だ。
異常なのは、自分達の方だ。
蓮華が御神流を継ぐべくして作られ、育てられてきたように、氷雨達も幼い頃から教育を受けてきた。今では、巫女の側近として護衛部隊の指揮を執り、神の執筆物の管理をも任されているほどだ。そういう意味では、氷雨達は巫女である葵以上に自由がなく、思想を押し付けられてきた立場だといえる。
だが、生まれてくる家は選べない。
かくあれ、と望まれた以上、そうやって生きていくしかない。
それが、氷雨達の運命なのである。
「……それでも、一樹・直人と神の繋がりは切れるわ。そうすれば、全てが元通りになる」
「んで、レンが葵の護衛に加わる訳だ。楽しくなりそうだな?」
「じゃ、じゃあ、蓮華を護衛から……」
外せる訳がない。その為の御神流剣術だ。将来、蓮華は巫女の側近となることが定められている。
日向が自虐的な笑みを浮かべた。
「葵は、家に逆らえるような性格をしてねぇ。けど、レンはどうだ? 不用意にイレギュラーの運命を書き換えりゃ、確実に反発を買う。葵を盾に取られたらどうにもならねぇってこと、クソ共は忘れてんだよ」
「……なら、どうすればいいっていうの」
「レンを地方に飛ばすしかねぇだろ。五、六年隔離してみっちり運命書き換えて、新しい男あてがってよ。子供でも作らせて、イレギュラーへの興味が完全に失せるまで調整すんだよ。でなきゃ、こっちに戻せねぇと思うぜ」
「そんな、酷いこと、」
「いつもやってることだろ。ありがたい『神の道標』だ、クソが」
吐き捨てるように言って、日向がコンソールの下部を蹴る。硬い音がした。
全ては家の為。財の為。故に、今の例え話は、氷雨達にも降りかかって来るかもしれないものだ。それが嫌ならば、家の為に働くしかない。
「……俺は氷雨を手放すつもりはねぇんだよ。その為なら、レンも犠牲にしてやる」
「日向……」
「あー、胸糞わりぃ……。――って、おい、イレギュラー達がなんかしてんぞ」
「抱き合ってる……? 何かするつもりなのかしら」
「いや――ありゃ違げぇだろ。一発ヤリ始めるつもりだな」
「……、……」
一瞬、言われた言葉が理解出来なかった。それでも、ブラウスのボタンを外している白銀・すみれの動きを見て、理解に至る。
真面目な話をしていた矢先に、これだ。やり場のない感情が氷雨の胸に渦巻くが、日向は違ったようだ。彼はコンソールを操作し、監視カメラの映像をいくつか切り替えてから、舌打ちをした。
「チッ、カメラの角度わりーな。つまんねー」
「……見たいの?」
「あのおっぱいは見てぇだろ」
下世話な笑みを浮かべる日向に、氷雨は溜め息を吐く。……例え表面的なものでも、日向に笑みが戻ったことにほっとしながら。
「……でも、意外ね。一樹・直人は、蓮華以外には手を出さないと思っていたわ」
「あのおっぱいを前にしたら、揉みたくなったんじゃねぇの? 男は狼だぜ」
「誠実さなんて、幻想か……」
「少女漫画の読み過ぎだな。でもまぁ、氷雨が脅したからな。縋りたくなったんじゃね?」
「それもそうか」
「んじゃ、俺達も――っと」
「ちょっと、日向」
椅子から立ち上がった日向に横から抱き締められて、氷雨は内心の焦りを押し隠した。
先ほどの話もあり、いつも以上に反発が弱くなる。そんな氷雨の首元に、日向が顔を埋めた。
耳元で声が響く。
「何だよ、俺達もイチャイチャしようぜ」
「……監視中」
「警戒し過ぎなんだよ、氷雨は。アレから出るなんて不可能。つまり俺達は、今夜一晩ヒマってことだ」
「それはそうだけど……んっ、」
言い訳を続けようとした唇を、やや強引に奪われ――
――不意に、それは起きた。
建物を横に揺らす振動と共に、硬質的な破砕音が響き渡ったのだ。
「じ、地震か?」
「違うわ、これは――!」
思わず身を乗り出し、氷雨は食い入るように監視カメラの映像を注視する。乱れたのは、一樹・直人と白銀・すみれを軟禁している部屋の映像と、そこへと続く廊下の映像だ。
何があった。
何が起きた。
そう思う間に、けたたましく警報が鳴り響き始め、耳をつんざくそれに眉をひそめたところで、映像が復活する。
部屋の中から、二人の姿が消えていた。
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