お風呂 2


「……神様の話です。世界で信仰されている神々ではなく、水月のような力について」


 水月と出逢い、説明を受けた時からずっと考えていたことだ。


「水月のような神は、他にも存在しますよね?」

「恐らく、な。だが、断言は出来ん。儂は、ナオトの知識以上のことを知らんのだ」

「僕の? どういうことです?」


 視線を下げる。僅かに水月が体を上げて、細いうなじにお湯が流れていった。


「儂には、己が何者であるのか、という知識がある。これはナオトがどんな神を想像したとしても変わらなかっただろう。だが、それ以外の知識が欠落していてな。神は自然そのものだ。本来であれば、この星が生まれてから今日までの全てを知り、情報を引き出すことが出来たはずだ。だが……」


 水月が、両手でお湯を救い上げる。


「……今の儂が保有している知識は、ほんの僅かなものなのだ。ナオトの問い掛けから、こうなのではないか、と想像は出来るが、断言が出来ん。これも不完全な接続の影響なのだろう」

「なのに、人々の運命を書き換えられるんですか」

「知識に欠落はあれど、力そのものに不備はないからな。自動車を作る知識はないが、アクセルを踏めば前に進むと知っている。そういうことだ」

「理不尽な……。じゃあ、僕は勝手に走り出すスポーツカーの運転手ですか」

「乗りこなせば、これほど便利なものはないぞ?」


 ふふ、と水月が笑う。僕が返せたのは溜め息だった。


「安全運転が一番ですよ」

「それは解っているさ。儂はナオトが想像した神だぞ?」

「……つまり、『お前にはスピード狂の気があるから注意しろ』、と?」

「なんだ、自覚があるじゃないか。なら問題ないな」

「…………」


 黙り込む僕に、ははは、と水月が声に出して笑う。頭が痛くなる状況だった。


「……話、戻しますけど」

「ああ、そうだったな。他の神についてだ」


 水月が改めて体重を預けてくる。

 その重さも、思い出の中の彼女――蓮華のそれとそっくりだった。


「『気』という、万物に宿るとされる力があるが、儂の本質はそれに近い。世界を巡る力が一ヶ所に集まり、生まれたもの――それが神だ。風呂に湯を張るようなものだな。一杯になったところで神が生まれる。まぁ、家によって風呂の大きさは違うが、それは津波と噴火のどちらがマシか、という程度の差だろう。因みに儂は竜巻だ」

「……じゃあ、竜巻と津波と噴火が同時に起きることもあると?」

「可能性は低いが、ないとは言い切れん。つまるところ、儂のような神は今までも存在していたし、これからも存在し続けるということだ」


 であるなら、世界に存在する信仰の中には、水月のような神を起因としているものがあり――執筆者が神を自称し、王として振舞っていた国もあったのかもしれない。

 どんな預言も、あらゆる奇跡も、神の力を使えば容易いのだから。

 そして、時の施政者の中にも執筆者は紛れ込み……そうした人達が、意のままに歴史を作ってきたのかもしれない。


「なら、どうして執筆者を選ぶんです? 人間に力を与える理由なんて……」


 ……いや、待て。相手は竜巻と津波と噴火だ。である以上、これは与えられた力ではなく、竜巻が起こす突風、津波の余波、みたいなものなのだろう。

 そして、人間の寿命は長くても百年くらい。その間に執筆者が何をしようと、起こせる変化は些細なものだ。例え核戦争を引き起こそうと、地球を破壊するには至らない。その結果、例え人類が滅ぼうと関係ないのだ。

『神』は、人間だけのものではない。人類が滅べば、今度は別の種の変化を促すだけの話――


「……次はナメクジが執筆者ですか」

「さてな。そうした変化に至ったのならば、そうなる未来もあるだろうさ。神は――変化を促す力は、どんなものにも平等に与えられるものだからな」

「……、……」

「だが、やり過ぎれば歪みは起きるものだ。例え完璧を求めたとしても、同じ時代に別の神が存在すれば、それだけで全てが狂う。そうして、利用してきたつもりで翻弄されてきたのだろうさ、いつの世の執筆者もな」


 小さく水月が笑い、その紅い瞳が僕を見上げた。


「――過ぎた力は身を滅ぼす。ナオトは長生きしてくれよ」

「……百まで生きますよ。蓮華と一緒に」

「うむ、ならば儂も安心だ。……ああ、あとな、儂という存在は一過性のものでしかない。ナオトが死ねば、『水月』も消える。そして再び物言わぬ力となり、世界を循環する訳だ」

「執筆者の想像に依存するからこそ、ですか」

「そういうことだ。故に儂は、ナオトの味方をする。ナオトだけの神であり続ける。それが儂の幸せだ」


 水月が立ち上がる。

 目の前に迫った薄いお尻から目を逸らしつつ、何をするのか、と彼女を横目で見ていると、

「よっと」

 その場で回れ右。あろうことか、僕の腰の上に跨った。




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