お風呂 1
そんなこんなで色々あって、夜の十時。
僕はお風呂に入ろうと、洗面所で服を脱いでいた。
夕飯はありあわせの食材で鍋にした。ちょっと薄味だったけれど、美味しく出来たと思う。久しぶりに、ご飯を食べる蓮華の姿が見られて幸せだった。
ただ、この三日間は買い物に行ける状況ではなかったから、冷蔵庫はすかすかだ。明日こそ買い出しに行かなければ。
あとは、布団。実家から、お客様用のを一セット借りておこう。二人とも泊まることに抵抗がなかった以上、今後もお泊り会が開かれる可能性が高そうだし。
とりあえず今日は、蓮華達には僕のベッドで眠ってもらうことにして、僕は二人がお風呂に入っている間に書斎のDVD棚を移動。そこに夏物の布団を敷いた。少し寒いが、一晩くらいは我慢だ。
そして今更ながら、蓮華が自然な流れで、すみれさんと一緒にお風呂に入っていたことに気付く。色々ありつつも、すみれさんを好ましく思っているのは確かなのだろう。
どんな武術でも、相手の視線を読むのは重要だ。その動きで相手の心理を読み取り、次の一手を予測することが勝利に繋がるからだ。それを日常生活に落とし込めば、相手の心が読めるようになる――と、蓮華は言う。心理学にも通じる考えだ。
その上で、蓮華は相手との距離の取り方が巧みで、喋りも上手い。そりゃあ人気者になるというものだ。
「天は二物を与えない訳じゃないよなぁ……。相応の努力をすれば、二つ、三つと手に入るってだけだ」
それを知らなかった幼少時、蓮華のそういうところに嫉妬して、ケンカになったこともあった。懐かしい。
浴室の扉を開ける。洗面所に入った時も感じたけれど、自分の使っているボディーソープやシャンプーの匂いが残っているだけなのに、やけにいい匂いに感じるのは何故なのだろう。
妙にドキドキするのを感じつつ、僕は浴室へと入った。
そういえば、この部屋で一人暮らしを始めてから、誰かの後に入浴するのは初めてだ。色々な意味で変な気分だった。
「あー……」
体を洗って、お湯の中へ。目を瞑ると、そのまま蓮華とすみれさんの裸体を思い描いてしまいそうで、危険が危ない。なので僕は、風呂板の上に置いていたスマホを手に取った。
防水ケースの水滴を払ってから、とりあえずツイッター、とアプリを起動。
開くのは、創作用のアカウントだ。日常用とは別のもので、リアルの知り合いでこのアカウントのことを知っているのは、蓮華だけだった。
「あれ、ダイレクトメッセージ来てる。三つ葉さんかな」
三つ葉さんは、二年くらい前、ツイッターを始めて少しした頃に知り合ったフォロワーさんだ。ハッシュタグ付きで映画の実況をしていたら、フォローとリプライをもらって、そこからの付き合いだった。
僕と同い年の女子高生で、漫画や映画の趣味が近く、何より彼女も小説を書いているから、創作の話をすることが多かった。ただ、最近はスランプだと零していたから、その話題かもしれない。
そう思いながらダイレクトメッセージを確認し――僕は息を呑んだ。
『他人の人生を操れる力を得たら、みたいなネタってありきたりでしょうか』
まさに今、僕がその状況にある。偶然だろうけれど、嫌な符合だった。
創作において、三つ葉さんは物悲しいバッドエンドを好む人だ。ハッピーエンドを好む僕とは対極的で、だからこそ、彼女の退廃的な空気漂う作品に魅了される。
多くを失い、孤独に打ちのめされ、それでも生きていかねばならない苦痛に喘ぐ主人公達は、とても悲しく――とても強いから。
そんな三つ葉さんから出た言葉だ。どうしても、何もかもを失う自分を想像してしまう。
一瞬前までのドキドキは完全に消え失せていた。
ちょっと迷ってから、返事を打ち込む。僕だったらどう書くか、と考えながら。
『料理の仕方によると思います。力に制約があるかないか、で盛り上げ方も変わってくると思いますから』
送信。返事はすぐに来た。
『ですよね……。例えばイツキさんだったら、そういう力が手に入ったら使いますか?』
『使えないと思います。「死を招くボタンゲーム」じゃないですけど、巡り回って身近な人に被害が出そうですから。例えそれが神様の与えてくれた万能の力だったとしても、僕は使えません』
僕の行った運命改変が、結果的に蓮華の運命を歪めてしまうかもしれない。僕には、それが一番恐ろしい。
水月を前にした今でも、僕は無神論者だ。といっても、『神様』という概念を否定している訳ではなく、お正月には初詣に行くし、お盆にはご先祖様の霊魂を迎えるし、ハロウィンには仮装して騒ぐし、クリスマスも祝っている。
ただ、信仰はしていない。
神社を見て心を打たれるのは、文化遺産の素晴らしさに触れたからに過ぎない。
廃墟の神社に『何か』を感じるのは、想像力によるものに過ぎない。
その想像力から神は生まれ、信仰が発生するのだ。だから世界中でアニミズム信仰が生まれたのだろう、と僕は考えている。
でも、『神』と呼べる存在が実在した以上、その意味合いは変わる。
「そうでしょう、水月」
「そうだな、ナオト」
ふわっとした風と共に現れた水月が、ペタペタと浴室を歩き、許可も取らずに浴槽に入ってくる。
スクール水着を着ていて、髪はシニヨンに結い上げてあった。
何故、という疑問が吹っ飛ぶ、あまりにも自然な動きだった。
「好きだろう?」
「好きですけど!」
楽しげな笑みに顔が赤くなってしまう。
「言ったろう、呼べば応えると」
「だからってこれは予想外ですよ!」
「安心しろ、外に声は漏れないようにしてある」
「用意周到なのが余計に悪い……!」
「儂には、ナオトの用心深さが反映されておるからなぁ」
「むううぅ……」
「で、何か聞きたいことがあるのだろう?」
立ったままだった水月が、僕に背を向けてお湯につかり、体重を預けてくる。
少しだけ、お湯が溢れた。
腕の中に納まってしまう小さな体に、鼓動が高まり出すのを感じる。
それは懐かしい過去を想起させるもので、僕はドキドキから物理的に目を逸らし、天井を見上げた。
水月に問いかける。
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