神との対話 5
「何ででしょう? ふと頭に浮かんだんですけど……。あ、私も神様を介して直人君と繋がっていますし、その結果かもしれません。もしかしたら、直人君も私のことが解ったりするんじゃないですか?」
「すみれさんのこと……」
「じゃあ問題! 私の好きなものは何でしょう!」
「えぇー……。……ビスケットとチョコレート?」
「正解! やっぱりですねー」
なんとなく頭に浮かんだものが正解だったらしい。ちなみに僕の好物でもある。ビスケットは蓮華が好きで、もらって食べていたら好きになったものだった。
そんな思い出もある『親友』は、部屋の隅にざっと積んだままの紙の山を見つめていた。
「蓮華?」
「……砂糖とミルクをたっぷりで」
「知ってる。けど、そうじゃなくて」
「解っている。……あれが、そうなのだろう?」
「そうだよ。水月曰く、予言書。気になる?」
「気になるな。正直に言うと読んでみたい。……私は、そういう誘惑に強い方だと思っていたんだが」
見なかったことにしよう。そう苦笑して、蓮華が紙の山に背を向けて正座する。その隣に、すみれさんが座った。
ただ、すみれさんは予言書よりも、背後のベッドに座る水月が気になっているようだった。ちらりと水月を振り返ってから、苦笑気味に笑い、
「それにしても、神様の姿には驚きました。私は、髭の生えたお爺ちゃんみたいな神様を想像してたんです。ほら、この前公開された映画の」
「あー、ゼウスが出てくるヤツですか」
カウンターキッチンの向こうへ入りながら、僕は返事を返す。
そう言われると、ギリシャ神話のゼウス神は、『神様』で思い浮かべる存在の筆頭に思えた。ゲームや映画の題材になることが多く、父さんが子供の頃に集めていたという四角いシールの顔役もゼウスだった。
「でも、直人君は違ったと」
「うぐっ」
電子ケトルに入れていた水が、シンクに少し零れた。
その分を足して、僕はケトルの蓋を閉め、濡れたところを布巾で拭いた。
「ホテルでも言いましたけど、僕は小説を書いてるので、そのネタに各国の神話を調べることが多いんです。それに、最近のゲームって女神様をモチーフにしたキャラが多く出てくるじゃないですか。そのイメージもあったんだと思います」
「あ、言われてみるとそうですね」
そっちかぁ、と納得してくれているのは本心なのか、或いは演技なのか。確かめることなど出来ないまま、僕はケトルをコンセントに繋いでスイッチを入れた。
「「手伝……」」
と、蓮華とすみれさんが同時に言葉を発して、顔を見合わせている。
それに思わず笑いつつ、僕は食器棚から自分用のマグカップと、コーヒーカップを二客取り出した。これも両親が置いていったものだ。
「大丈夫です。お客さんは座っていてください。――水月は飲むんですか?」
「飲むぞ」
「飲むんだ……」神様なのに。
いや、神様だから、か。神前に食物やお神酒を奉納するのと同じことなのだろう。むしろ、僕の中にそうした知識があるから、水月もそういうものとして振舞うのかもしれない。
神棚でも作るべきなんだろうか。なんて頭の隅で考えつつ、僕は予備のマグカップを取り出す。蓮華にはこれで飲んでもらおう。
にしても、凄い状況だ。招くことはないだろうと思っていた蓮華が部屋にいて、隣には今朝逢ったばかりのすみれさん、そしてベッドの上には銀髪の神様がいるのだから。
水月が銀髪、それも白に近い髪色をしているのは、僕の中にあるお稲荷様のイメージが反映されたからなのだろう。直前に思い浮かんだ古びた神社の風景は、実体験に起因するものだ。
それは七年ほど前。御神流の合宿先で、僕は蓮華と共に廃墟となった神社を見付けたのだ。……そういえば、蓮華から従妹の話を聞いたのもその時だった気がする。懐かしい話だった。
ケトルが鳴いた。残り少ないインスタントコーヒーを使ってコーヒーを淹れると、僕は盆を持ってみんなのところへ。ローテーブルの上にカップを置き、蓮華の対面に腰掛けた。
一息吐いた後、僕は水月を見る。
彼女は僕の隣に腰掛け直していた。
「そういえば、肝心なことを聞き忘れてました。――どうして、予言を行うんです?」
「ナオトは、呼吸をするのに理由が要るのか?」
「なっ……」
文字通り、人生が書き換わるのだ。何かしらの事情があると思っていたのに――事情があって欲しかったのに、水月はそれを否定する。
そして、水月が平然と言葉を続けた。
「言ったろう、自然災害だと。こうして対話しているから、何か目的があるように考えてしまうのだろうが、それは違う。ある日突然地震が起き、火山が噴火し、台風が猛威を降るうように、儂もまた力を使う。『そういうもの』、なのだ」
圧倒的な理不尽。
あまりのことに言葉を失うけれど――でも、それこそが神であるのだろう。
そういうもの、だ。だから人々は翻弄され、怒り、悲しみ――けれど、ひとたび恵みが与えられれば、その幸福に感謝し、掌を返す。
そして今度は、自分の味方であれと願い、祈る。
それが信仰というものだ。
関わりたくなかった、というのが正直なところだった。
「……だとしても、僕は誰かの運命を変えるつもりはありませんから。書いたら書きっぱなし。それに文句は言わないでくださいよ」
「言わぬよ。儂はただ書かせるだけだ。その結果をどうするのかは、全てナオトに委ねられているのだからな」
微笑んで、水月がカップに手をつける。彼女に用意したのは、砂糖とミルクたっぷりのカフェオレ。味の好みが蓮華と似ていた。
「あの、神様。私からも質問があるんです」
「何だ、すみれ」
「既に執筆された予言――あれって、私が触れても大丈夫なんですか?」
「問題ない。すみれに執筆者としての力はないからな。ただ、ナオトを介して儂と繋がりがあるのは確かだ。ナオトが運命改変を望まぬ以上、すみれも安易に目を通さぬ方がいいだろう」
「そうですね……。直人君を困らせたくはないですし」
「なら、すみれさんだけに何か頼んだりしないでくださいよ。僕だってすみれさんを困らせたくないですから」
「解っておるよ。ナオトに嫌われるような真似はせん。戸惑わせることはあるかもしれんがな」
楽しげに水月が笑ったところで、蓮華が鋭く彼女を見つめた。
「――自由なのですね、貴女は」
「誰かさんに似たようだ。それだけ印象強かったということだろう」
「……」
何かを察した様子で、蓮華が黙り込む。……え、どういうことだろう? 僕の中に、水月のモチーフになる人物が存在したのだろうか?
そんなの、蓮華くらいしかいない――と思ったところで、水月がカフェオレを飲み干し、カップを置いて立ち上がった。
十歳くらいの、髪の長い美少女。
頭の中で何かが合致した。
「――さて。ナオトを出迎えるつもりが、余計に困惑させてしまったようだしな。儂は今度こそ退散しよう」
笑みと共に、水月に頭を撫でられた。
優しい撫で方だった。
「一度ホテルに戻っておるよ。何かあったら呼ぶといい。すぐに駆けつけよう」
ではな、と水月が微笑んだ直後、締め切った室内に風が拭き抜け――ふっとその姿が消え失せる。
そういう去り方まで、僕好みだった。
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