神との遭遇 4


「蓮華ちゃんは、直人君からどこまで聞きましたか?」

「恐らく、全てを」

「では、話が早いですね。信じられないと思いますが、神様は実在するんです。ただ、私もお逢いしたことはなくて、直人君を連れてきて欲しい、という指示をもらっているだけなんです」

「そういうことでしたか」

「……あれ? 怪しまないんですか?」

「当然です。お姉様のような可憐な方が、嘘を吐くとは思えません」


 真っ直ぐな蓮華の笑みに、すみれさんが恥ずかしそうに照れた。

 全面的な信用を表にされると、人は多少なりともたじろぐものだが、すみれさんにはそれがないようだ。素直な人なのだろう。


「それで、僕達はどこに向かってるんです?」

「駅の近くにあるホテルです。そこに神様がいらっしゃいます」

「ホテル? 神社なら未だしも、ホテルですか?」


 残念ながら、僕は蓮華ほどポーカーフェイスが上手くないので、疑いを隠さない。

 ただ、疑われるのは想定内なのか、すみれさんは苦笑を浮かべた。


「私も何度も確認したんですけど、そこが一番力の集まりやすい場所らしくて。あと、私は直人君よりも色々知ってるんですが、喋っちゃダメって指示されてるんです。その理由も、ホテルに着いたら解ると思います」

「へぇー」

「し、信じてください!」

「だったら、その色々を喋ってくださいよ」

「それは出来ません」


 意外にも頑なだった。神の使徒としての自覚がそうさせるのかもしれない。

 ますます怪しい――が、すみれさんの持つ穏やかな雰囲気が、僕の警戒を薄れさせるのだ。調子の狂う相手だった。


「……で、そうやって指示が来るってことは、すみれさんの体にもアザがあるんですか?」

「ありますよ。……見せられませんけど」

「「見せられない?」」


 蓮華とハモった。そんな僕達に対し、すみれさんは困ったように笑い、


「その……内股にあるので」


 照れる姿が可愛らしい。心からそう思ってしまうのだから、食えない人だった。






 すみれさんと話をしながら住宅地を抜け、大通りを進んで駅に続く通りへ。

 そこから一本曲がったところが、目的地のようだった。


「ホテルって、ここですか」


 僕達の前に建っているのは、見上げるほど背の高いホテル、になるはずだった廃ビルだった。

 しかもその裏手側である。


「……立ち入り禁止って書いてありますけど」


 ホテルの予定で建設され、家具類の設置まで終わり、後は開業を待つだけ――のところで運営会社が倒産し、そのまま売りに出されている物件だ。

 叔父さんから聞いた話では、ホテルになる以前から、出来た店舗が潰れやすい、立地はいいのに人が立ち寄らない場所なのだという。

 更に、叔父さんの知り合いの風水師曰く、ここは気の流れの集まる龍穴ではあるものの、その濃度が高過ぎて、パワースポットを通り越して人々を苦しめる魔の土地になっている――らしい。

 小説のネタにでもしようかな、と思ってメモを取ったから、よく覚えている。言ってしまえば街中にある廃墟だから、興味深かったのだ。


 廃墟の情報を集めたり、ネットで画像を見たりするのは結構好きだ。

 でも、実際に立ち入るかと言われたら、話は別だ。幼い頃ならともかく、今は『不法侵入』の四文字が頭に浮かぶ。

 だというのに、すみれさんはきりっとした表情で僕達の前に立ち、立ち入り禁止と書かれた背の高いフェンスの隙間を指差したのだ。


「大丈夫です。裏口があります」

「いやいやいやいや……」


 不法侵入で捕まってしまう。売りに出されているということは、見た目が廃墟のようでも管理されている訳で、監視カメラなどが設置されているケースもあるのだ。

 だというのに、すみれさんは「大丈夫です」の一点張りで、先に行ってしまった。

 唖然とするしかない。


「なんなんだろう、あの自信……」

「神託を疑う教徒はいない、ということだろう。自分の頭の中で響くだけなら、それは狂人とさほど変わらないが、すみれお姉様の場合は直人が実在したんだ。強気になってしまうのも仕方がない」

「あー、それもそっか」


 すみれさんも僕と同じ状況だったのだ。突然頭にメッセージが届いて、不安を感じていただろうし、彼女からしたら僕の存在は希望だったのかもしれない。

 それこそ、僕が蓮華と顔を合わせて、余裕を持てたように。

 少しは警戒レベルを下げるべきだろうか。そう思ったところで、


「直人くーん、蓮華ちゃーん。こっちですよー」


 という声が聞こえてきて、思わず苦笑してしまう。


「行こうか、蓮華」

「そうだな」

 周囲を――監視カメラがないことを確認してから、僕達もフェンスの向こう側へ。

 喧騒から切り離されたそこは、不気味なほど静まり返っていた。

 ……なんだか既視感を覚える静けさだ。それに疑問と不安を感じながらすみれさんの姿を探すと、彼女はホテルの裏口だろう扉の前に立っていた。


「この扉から、中に入れるそうです」

「……中に入ったらヤンキーとこんにちは、とか嫌ですよ」


 撃退出来る自信はあるけれど、揉め事になるのは避けたい。


「大丈夫です。それに、もしここが溜まり場だったとしたら、壁にペイントとかあると思いません?」

「それは、そうかもしれませんけど」


 周囲の壁や、裏口の扉には落書き一つない。そもそも人気がないのだ。

 段々と不安が高まり始めるのを感じつつも、扉を詳しく確認してみると、丸いドアノブには土ぼこりが綺麗に付いていた。

 すみれさんが自慢げに言う。


「ほら、誰も開けていません」

「…………」

「神様曰く、こんなに大きなホテルですが、意識の死角に入りやすいんだそうです。土地そのものがそういう風に変化してしまっていて、道端に落ちている小石のように、見えているけれど認識されない状態になっています。でも、それは書類上のデータには現れないので、こうしてホテルやお店が建ってしまう……と」


 店が潰れるのはそれが原因か。といっても、それがこの場所の安全を保障する訳ではないのだが、すみれさん的にはセーフらしい。

 土ぼこりを払ってから、すみれさんがドアノブを握り締めた。


「では、行きましょう。鍵は――神様が開けてくれたみたいですね」


 錆びているのか、或いは泥が詰まっているのか、ざりっとした音と共にノブが回り――扉が押し開かれた。

 埃っぽく、ひんやりとした空気が隙間から流れ出てくる。

 扉の向こうには、薄暗い廊下が真っ直ぐに広がっていた。


「ほら、誰もいません」


 ドヤァ、と効果音が響いてきそうな顔だった。可愛い――が、そんなすみれさんを悠長に見ていられないほど、僕は嫌な緊張が高まってきていた。


 廃ホテルとはいえ、売りに出ている物件だ。鍵は掛かっていただろう。

 でも、すみれさんは鍵を持っておらず――扉の周囲や、埃で白くなった廊下には、足跡一つ付いていない。

 つまり、外からも内からも、鍵を開けた形跡がないのだ。


 それなのに――扉が開いた。


「……、……」 

 ……本当に、神が実在するとでもいうのだろうか。

 嫌でも警戒レベルが上がる中、すみれさんが扉を開けきり、楽しげな様子で中へと入っていく。



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