神との遭遇 2
「よかった、出てきてくれましたね」
「……何者ですか、貴女」
半分ほど開いた世界の向こうで、少女が改めて笑う。
怪しさとは裏腹な、春の日差しのような微笑みだった。
「初めまして、一樹・直人君。私は白銀・すみれと言います。その右手、大変なことになっていますよね?」
「……さぁ?」
「おやおや、疑り深い」
「宗教の勧誘よりも怪しいこと言ってる自覚、ありますよね?」
半目で睨んでしまうのもやむなしだ。
だというのに、彼女――すみれさんは笑顔のまま、平然と言ってのけた。
「解ってます。でも私は、その宗教の勧誘よりも凄いことをしに来たんです」
「凄いことって……」
無意識に左右を確認する――と、「私一人です」という返事がきた。
確かに、彼女以外には誰もいない。やや冷たい朝の風が頬を撫でたくらいだ。
その背後、二階から見える駐車場も普段通り。月極契約している車が止まっているだけ。
異物は、すみれさんのみだった。
「…………」
どこの制服だろうか。
黒のブレザーに臙脂色のチェックスカート。薄手の黒いタイツ。
手を前にしているからか、胸が強調されているのが解るけれど、見たら負けだ。
負けた。
「お話、聞いてもらえます?」
「……。……立ち話で済ませてください」
部屋に招くつもりはない。その意図が通じたのか、或いは最初からそのつもりだったのか、すみれさんの微笑みは変わらない。むしろ、僕の言葉に喜びすら浮かべた。
「よかった。では、お話しますね」
人懐っこい笑みだ。初対面なのに、そうと感じさせない雰囲気があって、つい気を許してしまいそうになる。
けれど、扉を支える右手に浮かび上がるアザが、否応なしに現実と危機感を覚えさせるのだ。
「直人君の右手は今、ある種の波長、電波みたいなものを受信出来る状態になっているんです。それはスマホの位置情報みたいなもので、受信すると位置が解ります。だから私は直人君の居場所を探すことが出来て――って、ああ、引かないでください! ドア閉じないで!」
「いや、だって、ねぇ……」
文字通り電波な話がきて、面食らってしまった。それが顔に出てしまうのは仕方ないだろう。
対するすみれさんは慌てた様子を見せつつも、「本当なんです」と念を押すように言った。
「こうして私が直人君の前に現れた。それが証拠です。そして一つ、お願いがあります」
「お願い?」
「私と一緒に来てくれませんか? そのアザが何なのか、何の意味を持つのか、知ってもらいたいんです」
「……。その前に、その電波とやらを発信してるのは、一体誰なんです?」
「あれ、気付いてませんでしたか?」
屈託なく、すみれさんが微笑む。
「神様、です」
「やっぱり勧誘じゃないですか。帰ってください」
「ほ、本当なんですよ! 私と一緒に来てくれれば、それを証明出来ますから! 無理を言ってるのは解ってますけど!」
必死な様子だった。とはいえ、到底信じられるような話ではなく、受け入れるのは難しい。
……扉の隙間に手や足を突っ込んでこないところは好感が持てるが、それだけだ。
そう思ったところで、すみれさんの視線が下がった。
「実を言うと、私も訳が解らないんです。突然、頭の中に知らない情報が次々浮かび上がり始めて……今の話や、この部屋の場所が解ったのも、その情報のお陰なんです」
「へぇー?」
「あ、信じてませんね?」
「信じろっていうのが難しいんですって。……でもまぁ、それで?」
「それで、受信者を探せって言われて。あ、実際に声が響いた訳じゃなくて、メールの文面みたいのが頭に浮かぶんです。その文面が――つまり神様が名指ししたのが、直人君、貴方だったんです」
「……、――ッ?!」
どうしたものだろうな、と思ったところで右腕が跳ね上がって、ズボンの右ポケットに入れていたスマホを引っ張り出した。
そしてメーラーを起動し、勝手に文字を打ち込んでいく。
僕に見せるようにしながら打たれたのは、
『彼女と一緒に来い』
「――!!」
反射的にスマホを投げ捨てようとし、けれど右手はスマホを離さず、結果的に下駄箱に手をぶつけることになった。
強い痛みで、多少恐怖が和らぐ。それでも、これはかなりキツかった。
恐る恐る、もう一度スマホの画面を確認する。
彼女と一緒に来い。
「なんなんだよ、一体……」
「あ、あの、直人君? 何かぶつけたような音がしましたけど、大丈夫ですか?」
「……大丈夫、です」
自由の戻った手でスマホをしまいながら、僕は深く息を吐く。
すみれさんの言葉の真偽はともかく、右手はこうして僕自身に命令するまでになってしまったのだ。何かしらの答えがあるならそれで良し。ないなら病院に駆け込むだけだ。
「……解りました。一緒に行きましょう、その『神様』とやらのところへ」
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