お宅潜入
私は笑顔のファメルバ侯爵を見てからカップに入った紅茶に目を落とす。
「どうぞどうぞお飲みください。サラ様の為に特別に取り寄せた大変珍しい紅茶ですぞ」
「・・・それでしたら侯爵様お先にどうぞ」
「い、いや!サ、サラ様に用意した紅茶ですので!お先に飲んで感想をお聞かせ願いたい!」
侯爵は私の言葉に明らかに動揺していた。
・・・十中八九特製毒入り紅茶だろうね。
私はここまで分かりやすい悪巧みに心の中で苦笑しながらカップを持ち上げる。
「・・・ではお言葉に甘えまして頂かせていただきます」
そうしてカップを口元の持っていき一口その中身を飲んだ。
「・・・とても美味しいです」
「なっ!?」
私がカップを手に持ったまま笑顔で侯爵に感想を言うと侯爵は驚愕の表情を見せた。しかし、すぐに気を取り直しさらに飲むように勧めてくる。私はその言葉に同意しゴクゴクと紅茶を飲んでいく。
最初はなんとか冷静な振りをしていた侯爵も、私が紅茶を飲み進める毎に段々驚きに目が見開いていってるのがカップ越しに見えていた。
実は侯爵に見えないように飲む振りをしながら、カップの持ち手から水と風の魔法を送りカップの中で紅茶と毒をそれぞれ分離させ、毒の抜けた紅茶だけを飲んでいたのだ。
そして紅茶を少しだけ残し、カップをソーサーに戻す振りをしてわざとカップを倒し紅茶だけを溢して見せた。
「あ!ごめんなさい」
「い、いや気にしなくて良い・・・今人を呼んで片付けさせよう」
侯爵が怪訝な表情のまま人を呼ぶ為席を立つ。私はその隙を見て、密かに風の魔法で侯爵の方のカップも倒し中身を全部溢れさせると、その溢れた紅茶が侯爵の上着の裾に少し掛かる。
「っ!!す、すまない!サラ様、服に紅茶が掛かってしまい、すぐ着替えねばいけない為これにて失礼させて頂きます!片付けに人は呼んでおきますので!」
そう言って侯爵は焦った様子で部屋を出ていったのだった。
私は完全に出ていった事を確認し、アンナさん特製の胸元ポケットから蓋付きの空の小瓶を取り出し、カップに残っていた毒の液体を小瓶に詰める。そして、ポットや侯爵の溢れた紅茶からも全て毒を分離させ取り出し、全部小瓶に詰めてしっかり蓋を締めたあと再び胸元に仕舞い人が来るのを大人しく待っていたのだ。
そして慌てて部屋に来た侍女さんに後の片付けをお願いし、服が汚れてしまったのでと言ってそのままお城に帰って行ったのだった。
────三日月が真上で淡い光を放つ深夜。
静かにファメルバ侯爵邸の屋根に降り立つ。
私の今の格好は黒いズボンに黒い長袖の上着。髪の毛も目立たないように黒い布で巻いて隠してある。
最初この格好をアンナさんにお願いしたら、とても呆れられその後大きなため息を吐いてから諦めたように用意してくれたのだった。
アンナさん本当にいつもいつもありがとう!今度お菓子でも作ってお礼するね!!
私は眼下を見下ろしてから目を閉じる。屋敷に侵入者探知の魔法が掛かっているかどうか確かめる為だ。
そしてゆっくり目を開け、どこにも魔法が掛かって無かった事を確認すると静かに屋敷に潜入した。
そうして今私は目的の扉の前に立っている。そこはファメルバ侯爵の書斎。ジルに侯爵がこの部屋で怪しい黒装束の男と会っていた事と、何か小瓶を受け取っていた所をたまたま見たと言っていたので早速それを探しに来たのだ。
私はゆっくり扉を開け念のためここも侵入者探知の魔法が掛かってないか確認したが、特に問題無かったのでスルリと部屋の中に入る。
・・・なんか私・・・この国でこんな事ばかりやってるような・・・。
そう思い自分の行動に乾いた笑いが口から漏れ出た。
しかしすぐに気を取り直し部屋の中を探し回る。暫く色んな場所を探し回り、一応本棚の本を調べ引き抜いてみたがさすがに今回は隠し扉は無かった。
そうして探している内に、書斎机の一番下の引き出しに違和感を覚えそこを重点的に調べる。すると底が二重底になっていて、一枚板をどかすとそこには鍵つきの蓋が付いていたのだ。
私はその鍵に手をかざし鍵を外して中を確認する。
するとそこには透明な液体の入った小瓶と一枚の書類が入っていた。
私はその書類を手に取り内容を確認する。それは黒装束集団との契約書だった。その内容は私の暗殺依頼。そしてその契約書の下の方に侯爵の手書きのサインと血判が押してあり、その下にもいくつか貴族の名前と血判が押されていたのだ。
・・・これは十分な証拠になるね。
そう思いその書類を懐に仕舞いズボンのポケットから空の小瓶を取り出す。
次に液体の入ってた小瓶を取り出し、中身を全部持ってきた小瓶に移し替え空になった小瓶を魔法で洗浄し、そして水の魔法でその中に普通の水を入れてもとの場所に戻す。その時にちょっと闇魔法でそこに書類があるかのように見せかけておく。毒の入った瓶はポケットに入れ、そうしてまた引き出しの蓋を締め鍵を閉め直して全てもとの状態にしてから闇に紛れて屋敷を抜け出していったのだった。
お城の自分の部屋に戻った私は、寝間着に着替えベッドの上に座ってさっき手に入れた毒の瓶と契約書を並べて置き見つめている。
・・・これは朝になったらジークに渡そう。だけど・・・これでほぼ証拠が揃ったからもうすぐこの件は解決する。だから、そろそろ私は今後どうするか答えを出さなくては・・・。
そう思い私は腕を組んで真剣に考え始めた。
そう言えば私どうしてそこまで庶民にこだわっていたんだっけ?・・・ああ、そもそもユリウス殿下に婚約破棄された時、あの煩わしい貴族生活と貴族同士の腹の探り合いをしていたくなくて庶民になったんだ・・・あれ?じゃあ、今私がしている事は何?侯爵と腹の探り合いをしたり、ジークと一緒に舞踏会に出て貴族の振舞いをしたり・・・あれあれ?よくよく考えるとあのお家騒動の時から結局腹の探り合いや貴族の振舞いをしてた!
私はその事実に気付き一人驚きに固まる。
確かに庶民としてお店を経営し働く事は凄く楽しかった・・・だけど今、ジークが他の人と婚約するかもしれないのを阻止しようと必死になっていて、正直庶民の生活に戻りたいとちっとも思っていなかったのだ。それにもしこの件が片付いても次に同じような事が起こり、今度はジークがその人と婚約し将来その人と結婚するような事があった場合、私はそれを我慢して見てる事が出来るの?・・・いや絶対出来ない!!
仮説で考えただけでも嫉妬心がお腹の辺りで燻ったのだ。そこで私はハッと自分の気持ちに気が付いた。
・・・ああそうか・・・とっくの前から私、庶民でいる事よりジークの側に婚約者になりたいと思っていたんだ!!
私がそう結論付けると、スッと気持ちが軽くなり自然と顔に笑みが溢れたのだ。
そうしてもう一度目の前の証拠品を見て考える。
そうなると私にはさらにする事がある!
私は窓から見える月を見つめながら、そう心の中で決意を固めていたのだった。
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