僕は夢の中で

ケンジロウ3代目

短編小説 僕は夢の中で


ある真冬の朝方

僕の家の前には、とある一匹の子犬の姿があった

子犬はひどく弱っていて

家の玄関の前でうずくまっていて

いまにも凍え死にそうで


「おい、大丈夫か・・・?」


無論、日本語の返事はない


「・・・よし、わかった。」


僕はその場にうずくまる子犬を抱えて

玄関のドアを閉めて風呂場へ向かって

風呂場でバケツに丁度いい加減のお湯を注ぐと

そのバケツの中に、そっと犬を置いた


最初はびっくりした感じの反応をしていたが、しだいに顔に安堵の表情が出てきた

寒さで震えていた身体も、お湯の中でゆっくりと和らいでいき

何だか嬉しそうで

そんな子犬を見ていると、ふと誰かを思い出して

そしてふとこんなことを言ってみたりして


「・・・ちょっと待ってな、今暖かいスープを入れてくるから。」


子犬を湯舟から上げ、身体を丁寧に拭いてあげると

そのまま抱えて居間の暖炉の前にそっと置いてあげた

子犬の眼がゆっくりと閉じるのを見届けると、僕は隣のコンビニに行く準備を始める

少し厚手のコートを羽織り

そのまま玄関を出て、コンビニへと向かう




家に戻ってきた

買ってきたのはペット用のミルク

それを子犬が飲みやすい温度と味に調整して、それを居間の方へと持っていく


「・・・ほら起きて、暖かいミルクだぞ。」


僕は子犬の目の前にミルクを差し出した

子犬は恐る恐るミルクに近づき、少し眺めていた後、美味しそうにミルクを飲み始めた


「・・・おかわりいっぱいあるからな」


子犬はミルクを勢いよく飲んでいる

それは本当に美味しそうで

僕はそっと子犬を撫でてあげた

雪のような白い体毛

そして伝わる、子犬の体温


「美味しそうでなによりだ・・・」


僕はそれからずっと子犬を眺めていた






この子はどこから来たのだろう

首輪はないが、野良でもなさそうだ


「さて、どうしようか・・・」


子犬は今は僕の膝の上ですやすやと眠っている

先程の弱った感じとは違って、とても気持ちよさそうだ

そんな子犬を見ていると、少しばかり愛情が湧いてくる


「もうすこしここで預かっておくか・・・」


僕は押入れからかつて使っていたお手製のゆりかごを取り出して

その中に毛布などを敷いてベットを作り

子犬をその中に置いてあげた


「・・・おやすみ」







そして翌日

昨日で大体は回復したと思うが、玄関で凍えていた姿をふと思い出したので、しばらくは家で休ませておくことにした

今はお手製ゆりかごベットで快眠中だ

僕は今の時期はしばらく休みを取っているので、その間はこの子の世話をしてあげられる

だからそれまでには飼い主のもとへ返してあげたい


「・・・そろそろご飯あげないとだな」


子犬の胃に優しいドッグフードと、昨日通りに作ったミルクを用意して

丁度目が覚めた子犬の目の前に二つを置いて


「ほらご飯だよ、めしあがれ。」


子犬はゆりかごからひょいっと出てきて、ドッグフードを食べ始めた

結構ガツガツめに頬張っている

やっぱり美味しそうに食べるな


子犬が食べ終わるのを、自然にできた微笑みで見届ける


「・・・おそまつさま」







あれから3か月が経った

もう子犬も完全に元気になったようで、今はうちの庭でモンシロチョウを追いかけまわしている

少しは大きくなったかな

少し見てると、あの時よりかは一回り大きくなっているような気がしなくもないような・・・

まぁどっちでもいいか

まだ子犬だしな


ワンワンッ! ワンワンッ!


子犬が僕を呼びかける


「ん?どうしたシロ?」


結局飼い主は現れなかった

だから僕がこれから先も面倒を見ていこうと思って

そして名前まで付けちゃったりして


僕はシロのもとへと歩み寄る




『シロ』という名前は二つの意味で名付けたものだ

一つはその純白な体毛から

そしてもう一つは ―――





♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

今からおよそ10年前


「ほらシロ、おいで。」


その呼びかけとほぼ同時に、一匹の白い子犬が駆け寄ってくる

その子犬は飼い主のもとに来ると、飼い主の手に身体をすりつけて甘えてきた


「ほんとお前にすごくなついてるな、シロは。」


「ホント!かわいいでしょ!」


優しくなでながらまるで我が子のようにかわいがるのは、僕の妻の雪ヶ谷 白那しろな

白那は犬がとても大好きで

本当に犬が好きすぎて


「・・・おい、大丈夫か白那?」


「うん・・・ゴホッゴホッ!・・・大丈夫・・・」


「・・・ったく、寒い中散歩に行くからだ。俺が代わりにって言ったのに・・・」


風邪を引いてしまった時があった

どんだけ犬が大好きなんだよまったく・・・


「ゴホッ・・・ゴホゴホッ・・・」


ベットに横になっている白那はとても寒そうで、苦しそうで

何とか元気になってほしくて


「・・・ちょっと待ってな、今暖かいスープを入れてくるから。」


「うん・・・ありがとね、こうちゃん・・・」


僕は一階の台所で白那が大好きなたまごスープを作り

出来立てを2階の部屋に急いで持っていった


「・・・ほれ、産地直送たまごスープだ。」


「わぁ!ありがと~!」


それは本当にうれしそうで

勢いよくベットから起き上がると

白那はスープを手に取ってペロリと完食


「ぷはーッ!美味しかった~!」


「・・・それはなにより。早く元気にな。」


「うん、ありがと」


その後も白那が寝付くまでそばにいてやり、それからは夕食の準備などをしていた



でも白那を僕と同じくらい心配していたのはシロだった

シロは白那が寝付いた後も傍を離れず一緒に寝ていて

白那が元気になった時はとても嬉しそうで

それを見てたら何だかこっちも嬉しくなって、楽しくなって



「うちら今、とても幸せだね・・・」


「・・・あぁ、そうだな。」




♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



そしてもう一つは



あの時間をもう一度味わいたくて



白那はもう病気で亡くなってしまっていないけど


それでも




――― それでも







その夜、僕はとある夢を見た


夢の中で、僕は泣いていて

そんな僕に、白那に似た一人の少女が来てくれて

僕の頬を滴る涙を、そっと拭ってくれて

元気出そうよ

少女は僕にそう言ってくれて

僕も自分の涙を拭って

そして彼女に笑顔を向けて

ありがとう

そう返事をして、彼女もまた笑顔を見せた所で夢が途切れた







「んんッ・・・」


目を覚ませばもう九時を回ったところだ

いつもは七時に起きていたが、今日だけは寝坊してしまった

ふと横を見ると、そこにはシロがいた

シロは僕の顔をずっと見つめていて

長い間見つめていて

そっと僕の頬に触れた


「・・・どうしたシロ・・・?」


シロは今度は僕の顔に自分の顔をすりつけてきた

揺れた衝撃で、僕は頬を滴る涙の感触を感じた


僕は夢を見て、泣いていたんだ

シロはそれをなぐさめようとしていたのかな


気づくとシロはまた僕の顔を見つめていた

その表情は、何だか優しそうで

そして


僕に白那のあの笑顔をよぎらせて







僕はそれから支度をして、シロに散歩に連れて行くことにした

周りは全て田んぼという風景の中で

一本のリードをつけながら


「・・・」


僕は今朝見た夢のことを思い出していた

なぜ今にあの夢を見たのか

どうして涙を流していたのか





僕はふと手にリードの感触がないことを思い出す


「わッ!!シロを離しちゃったッ!」


ワンワン・・・ ワンワン・・・


子犬の鳴き声が目の先にある林から聞こえる


僕はその鳴き声を頼りにシロを探し回った

林の中に入ってもシロは見つけられず

でもシロの鳴き声は時々聞こえて

僕はそれだけを頼りにシロを探す


ワンワン・・・


あ、今こっちから聞こえた!


ワンワン!


今度はこっちか!


シロの声は何だか僕を呼んでいるみたいで

しだいに追いかけるスピードも速くなっていって




「ハァハァハァ・・・・・あッ!」


あれから30分が経ち、ついにシロのような面影を見つけた

僕は急いでその方向にダッシュで向かう


「あれ、この方向って・・・」





林の中で上が大きく開けていて、太陽の光で輝いている場所にシロはいた


「ハァハァ・・・やっぱりか・・・」


シロの真後ろにあるのは、『雪ヶ谷 白那』と書かれた小さなお墓

そのお墓は僕が毎回綺麗に掃除している、大事な人のお墓

仏壇の左右には昨日新しくお供えした百合の花と、白那が大好きだった『シロ』の写真


シロは僕をじっと見つめている


「シロ、お前・・・」



僕はふと考える

もしシロが僕をここに連れてきたくて、林の中に駆け込んだのなら

もしシロが白那のことを知っていたなら

そして


もしシロが



白那の生まれ変わりであったなら ―――




「・・・」


僕はそっとお墓の前の子犬に視線をずらす


すると、シロと呼んでいたその子犬は優しい笑顔で





「いつもありがとう」




子犬の口は動いていないのに、何故かその言葉が脳裏に響いた



そしてその子犬は、お墓の奥深くの林へ走り去っていった





再び林に静寂が帰ってくる



僕は春の空を仰ぎ見る




「今まで夢を見ていた気がするよ・・・・・なぁ、白那・・・」







それから白い子犬を見ることは、なかった






あの時脳裏に響いたあの言葉は、今も忘れずに残っている


だからいつまでも、心の奥に大事に閉まっておこう




それは天国の白那からのメッセージ


そう、信じて







おわり





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僕は夢の中で ケンジロウ3代目 @kenjirou3

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