冬の休暇は甘さと辛さを合わせて? 11


◇◆◇


 翌日の昼下がり。

 冬場にしては珍しく気温があがったため、コーディアは外套を着込んで屋敷の裏に広がる自然豊かな庭を散策することにした。


 というのも今朝、図書室で本を見繕っていたらメイヴィシア付きの侍女がコーディアへ手紙を持ってきたからだ。


 手紙には、今日は天気も良いし庭園で会いたいと書かれていた。詳しいことは後程、と書かれた簡素な手紙だったが、メイヴィシアの侍女が詳しい場所を教えてくれた。

 コーディアもメイヴィシアに改めて話したいことがある。

 自分の気持ちをきちんと伝えるべきだと思った。昨日、ライルとの待ち合わせ場所に行く前にバッタリ会ったときに、コーディアはつい曖昧な返答をしてしまった。


(婚約を決めたのはお父様だったけれど、今はわたしの意思でライル様と結婚したいと思っている)


 だから、言葉を濁すことをしてはいけなかった。


 コーディアはあたりを見渡しながら庭の奥へと進んで行く。

 庭とは名ばかりで実質は森である。

 下草が丁寧に駆られており、細い道が四方へ続いているため人の手が入っていることは分かるが、あたりには小動物も多く生息しているという。


 ずいぶんと奥の方で待ち合わせなのだなと思っていると、コーディアの前方左側の細い道から少女が一人歩いてくるのが確認できた。

 薄茶の髪の毛を左右二つに分けてりぼんで結んでおり、華美ではない外套を身にまとったメイヴィシアである。


「ごきげんよう。コーディア」

 メイヴィシアはコーディアの近くまでやってきて口の端を持ち上げた。

「こんにちは。メイヴィシア様」

 コーディアは発音に気をつけながら丁寧にお辞儀をした。


「ふふ。きちんと来てくれたのね。嬉しいわ」

 先日のつんけんした態度ではなく、友好的な顔つきにコーディアは内心ほっとする。


「お手紙をいただきましたので」

「正直なところ、確率は半分くらいかしらって思っていたの」

 メイヴィシアはそう言ってくるりと身を翻す。

「こっちよ。歩きながらお話しましょう」


 メイヴィシアに促され、コーディアも足を進めることにする。

 歩き始めて少しばかり経過したとき、メイヴィシアの方から再び口を開いた。


「わたくしだって年端も行かない子供ではないわ。だから……悲しいけれど、ライルお兄様のことは、あきらめることにしたの」

「え……」

 突然の告白にコーディアは息を呑んだ。


「あなたにとってはいいこと、でしょう」

「え、ええと……」


 コーディアが反応に困っていると、メイヴィシアは再び口を開く。

「それでね、わたくしライルお兄様とも仲直りがしたくって。昔、うちのお兄様とライルお兄様とわたくしとで宝箱を埋めたの」

 突然話題が変わった。


「宝箱、ですか?」

「ええ。小さな箱よ。何年かしたら掘り起こそうって、古井戸の下にね、降りて。それを一緒に掘り起こしたいなって。せっかくだからあなたも一緒に。ライルお兄様が何を埋めたか、知りたいでしょう?」


 今よりも若いライルが埋めた品物。知りたくないと言えばうそになる。

 けれど部外者なのに、そんな大切な思い出の場面に立ち会ってもよいものか。

 コーディアが逡巡しているとメイヴィシアが「あら、いいじゃない。お兄様だってきっとあなたに一緒にいてほしいと思うわ」と言って、コーディアの腕を掴む。


「ね、行きましょう。ライルお兄様のことは、侍女が呼びに行っているの」

「え、ええ。わかりました」

 メイヴィシアはコーディアの腕をしっかりとつかんだまま。仲良く手を繋ぐ、というにはまだ互いの心にわだかまりがある。


「それにしても……大きな森ですね」

 何か、話題をと思いコーディアは上を見上げて当たり障りのないことを言う。


「そうねえ。わたくしにとっては自分の屋敷の庭も同じね。小さいころから何度も遊びに来ていたもの」

「そうなのですか」

「ええ。狩り小屋も馬小屋も、森番たちの畑の位置もしっているし、うさぎの巣だっていくつも知っているわ」


 メイヴィシアは当然のような口調だ。

 きっと物心ついたころからプロムリー領へ訪れていたのだろう。その頃のライルはどんな風だったのか。一緒に散歩をしたのだろうか、年下の従妹と一緒に何を箱に入れたのだろう。

 コーディアの知らないライルを知っている、そんな態度をとられると知らずに胸の中が痛みだす。


「……でも、お兄様は変わってしまったわ」


 自分の思いに耽っていたのでコーディアはメイヴィシアのつぶやいた声を聞き取ることができなかった。


 途中いくつかの道を曲がり、森の奥へ歩いていくと、石で囲まれた円い古井戸が姿を現した。井戸とは言っても滑車もついていない簡素なもの。

 大人三人くらいが両手を広げて円を描けるくらいの大きさである。


「大きいのですね」

「プロムリー領が古い土地だもの。昔は色々な用途に使っていたのではないかしら。お水はとっくに枯れているけれど」


 メイヴィシアも元の用途までは知らないらしい。

 メイヴィシアは井戸の淵に両手のひらをのせて中を覗き込む。

 コーディアもつられて井戸へと近づく。

 コーディアの腰の辺りまで石が積まれており、思ったより中は深くない。


「案外、浅いのですね」

「そうね。でも、はしごが無いと登れないくらいには深いわよ」

「はい。場所にもよると思うのですが、もっと深いものだと思っていましたので」


 ご丁寧に井戸の内側にははしごが掛けられている。

 太い木で作られた丈夫そうなはしごだが、コーディアは少し意外だった。

 公爵家のお姫様でもはしごを使って井戸の中へ降りるものなのだろうか。


「あら、わたくしだって小さいころは案外お転婆だったのよ。だって、シオリックお兄様はいつもライルお兄様を森へ連れ出すんですもの。きみは小さいからついてきちゃ駄目、なんて言って。わたくし悔しくていつも意地でもついていってやったわ」


 柔らかそうな白い頬を膨らませながら昔の思い出を語るメイヴィシアの様子にコーディアはふっと笑みをこぼした。


「なにを笑っているの」

「いえ……」

 睨まれたコーディアはすぐに緩んだ頬を引き締める。


「ライルお兄様はまだ来ないわね。……そうだわ。わたくしたちが再起に井戸の中に入っていて、お兄様を驚かせましょう!」

 メイヴィシアはいいことを思いついたとばかりに笑顔を弾けさせる。


「驚かせる、のですか?」

「そう。わたくしたち二人が一緒に井戸の中に隠れていたらお兄様きっとびっくりするわ。ライルお兄様の驚いた顔、見たくなくって?」

「そ、それは……」


 少し興味はある。

 いつも冷静沈着なライルが驚いた顔とはどんなものだろう。

 ライルに切羽詰まった顔なら何度もさせているコーディアではあるが、本人不在のときばかりなので知らぬはコーディアだけなのである。


「じゃああなた、先に入ってくれる?」

「わたしから、ですか?」

「ええ。駄目かしら?」

 メイヴィシアはこっくりと首を傾ける。


「いえ。大丈夫です」


 コーディアはドレスの裾を持ち上げて踏み台の上に乗った。

 色々と準備は万全のようだ。

 手袋をはめているから、万が一はしごの木にとげがあっても大丈夫だろう。コーディアはゆっくりと慎重にはしごを使って下へと降りていく。


(なんだかこういうの久しぶり)


 ムナガル時代は親友ディークシャーナにそれなりに振り回されてきたコーディアである。こういうことを促されて嫌だと言わないあたりがかなりディークシャーナに影響されているな、とくすりと笑みを忍ばせた。


(こっちでも少しお転婆を発揮しちゃった、なんて手紙に書いたらシャーナはどう思うかしら)


 とん、っと足を地面につけると安堵が胸に広がる。


「メイヴィシア様、下へ降りました」


 コーディアは上を向いて声を出す。

 下から見上げると浅い井戸とはいえ、それなりの深さがある。ライルの背丈よりもまだ高いだろう、井戸の底は葉っぱが積もっており、ところどころ草が生えている。


「あら、そう」


 メイヴィシアは井戸の中を覗き込む。

 彼女の隣には男が一人いた。

 身なりからすると下男のようだ。コーディアの知らない顔だった。


「じゃあもういいわ」

 メイヴィシアが言い放つと下男は井戸の中に立てかけられたはしごをひょいと持ち上げた。

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