冬の休暇は甘さと辛さを合わせて? 10


◇◆◇


 コーディアが屋敷内を歩いているとメイヴィシアとばったり出くわした。

 お互いが存在に気が付き、どちらともなく足を止める。


「こんにちは、メイヴィシア様」

 にこりと笑いかけたがメイヴィシアの顔は硬いまま。


 彼女とは一度もちゃんと話せていない。

 ライルの従妹でもあるのだからできれば打ち解けたいと思う。しかし、彼女にとってコーディアは邪魔者でしかない。


「こういう場合、目上の者から話しかけるものよ。礼儀ってものをしらないの?」


 少なくない沈黙の後発せられたのはコーディアを小ばかにしたような台詞だった。

 公爵令嬢とコーディアとでは、たしかに彼女の方が身分は上である。


「申し訳ございません」

 コーディアは素直に謝った。


「それって何に対して謝っているのかしら」

「なに、とは」

「謝ったからライルお兄様との仲を認めろって、そういうこと?」

「いえ。あ……の」

 コーディアは口ごもる。


「こんなはっきりしない女のどこがいいのかしら」

「わたしは、メイヴィシア様とも仲良くしたいのです」


 正直な気持ちを言うとメイヴィシアは鼻で笑った。

 当たり前だ。誰が自分の好きな人を盗っていった女と仲良くしたがるのか。

 けれど、それでもと思うコーディアは甘いのだろうか。


「ひどい冗談ね。仲良くしたいなら、わたくしにライルお兄様をちょうだい。それで許してあげるわ」


 案の定、彼女はそんなことを言う。

 さすがにコーディアの一存では決められない。


「それは……その……わたしが決めることでは……」

「なあに、その言い方。最っ低」

 コーディアの言葉にメイヴィシアの眼差しに厳しさが増す。

「どいて頂戴。わたくし、あなたと慣れ合うつもりはないもの」


 メイヴィシアは堅い声のままコーディアとすれ違う。

 コーディアはメイヴィシアを見送る形になる。


 結局、コーディアは自分の荷を軽くしたいだけなのだ。

 コーディアはため息をついて階下へと降りていった。


◇◆◇


 コーディアは馬車の隣に座るライルのことを意識する。

 ライルから街へ出かけようと誘われて、街へと向かう馬車の中。


(不思議。一番最初に一緒に出掛けたときは息苦しくてかなわなかったのに)


 あのときは、お互いに相手の出方を伺っていた。目の前の人物がどのような人となりなのか、慎重に観察をしていた。

 馬車は街中に入り速度を落とした。

 昔の城塞都市の面影を残した街には所々城壁が残っているという。


「コーディア、元気がないようだが……。まだ、その……怒っているのか?」

 さっきから沈黙していたのを別の理由からだと感じたらしいライルがふいにそんなことを言いだす。

「え、いえ……べつにそれはもういいのです」

 コーディアは慌てる。

 少し感慨に耽っていただけであり、別に先日の求婚エピソードを思い返していたわけではない。


「べつにいいというのはどういうことだ?」

 なぜだかライルの声に悲壮感が増した。


「えっと……。ライル様は子供の夢を壊さないように配慮をなさっただけですから」

 今こうしてすらりと言葉が出るのはあれから時間が経過したからだろう。

「しかし、一度はきみを失望させてしまった。本当にすまない。これからは不用意にメイにも近づかない」

「そんな、あの。わたしのほうこそライル様に可愛くない態度をとってしまったのに」


 コーディアは慌てた。

 ディルカの住まうホテルへ逃げ込んだ翌日、お互いに話し合って今日のお出かけなのだがライルはまだ言い足りないことがあったようだ。


「私はきみ以外の女性と結婚するなどと考えられない。メイヴィシアにもそう伝えた。彼女には嫌われた。当然だと思う」

「嫌いにはなっていないと思いますが」

「いや、嫌いだから出て行ってと言われた」

 ライルは大まじめに言うけれど、たぶんそれは癇癪を起しただけではないのだろうか。


「たぶん、それは一時的に感情を持て余しただけかと……」

 だから正直に自分の所感を伝えてみる。


「メイヴィシアに嫌われることは別にそこまで重要ではない。今一番の問題はきみの心だ」

「わたしの?」


 馬車はゆったりと街中を走る。

 溝に車輪がとられるのか、時折揺れが強くなる。


「婚約を取りやめるとかメイヴィシアと結婚したほうがいいなどと、そんなことは万が一にでも考えないでほしい」

「で、でも……あとから出てきたわたしがライル様と結婚をしてしまうだなんて」


 コーディアは正直わからない。

 メイヴィシアの立場になって考えてみるとどうみても自分は悪者だ。後からでてきてちゃっかりライルの結婚相手に収まった不届き者。


「メイヴィシアのことは私の不徳の致すところだ。私がなんとかする。だから、コーディア、きみは彼女に遠慮をすることはない」

「……」


 二人は見つめ合う。ライルの灰茶の瞳がまっすぐにコーディアに注がれている。

 コーディアは不思議と彼に触れたくなる。

 目を逸らすことができない。


 狭い馬車の中で、静寂が支配する。互いの呼吸と、車輪の音。

 まるで世界からライルとコーディアの二人が切り離されたかのよう。


 先にその世界から抜け出したのはライルの方だった。


「きみの瞳は不思議だ。美しい青い海の色に私はいつも引き込まれそうになる」


 口元をほんの少し緩ませて、視線を絡ませながら彼はそんなことを言う。


「わたしも、不思議です」

 気が付くとそんなことを漏らしていた。

 ライルは先を促すような視線にコーディアは心の内を口に乗せようとする。


「初めて写真であなたにお目にかかったときは……怖いなって思ったのに……今は全然怖くないんです。もっと、あなたに近づきたいって思うんです」

 それが不思議なんです、コーディアは小さく付け足す。


「わたしもだ」

「え……?」


「毎日、きみへの愛おしさが増していく。こんな風に自分が変わっていくのが信じられないくらいだが、きみのことをもっと好きになるというのなら、変化することが嬉しいくらいだ」


 情熱的な言葉にコーディアの鼓動が一層早くなる。

 ライルの手のひらがコーディアの頬を滑る。二人きりの、互いの鼓動までが聞こえてしまうような近しさにコーディアはめまいを起こしそうになる。


 いっそこのまま気を失えば。

 そうしたら彼はコーディアを抱きしめてくれるだろうか。


(ごめんなさい……)


 コーディアは心の中で自分よりも年下の少女に謝った。


 彼のことが好き。

 触れられれば心の奥が震える。

 騒ぎ出す。もっとこの先へ行ってみたいと欲が沸いてしまう。


「コーディア」


「ライル様……好き」

 小さな声だが、きっと彼には届いた。


 このまま時が止まればいいのに。

 そんな風に思ってしまうのは馬車が停車したからだろう。


 ライルと二人なら街の散策よりも人目のない馬車の中の方が嬉しい、などとふしだならことを考えてしまうくらい、コーディアの胸の中は一人の男で占められていた。


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