冬の休暇は甘さと辛さを合わせて? 8
◇◆◇
「なかなかにいい性格をしているじゃないの、あのお嬢様」
「まあまあ落ち着いて」
コーディアの自室にたどり着くなり、眉間をぴくぴくさせたディルカである。なだめるのはコーディアだ。
「あれが落ち着いていられますか! なによ、泥棒猫って! 失礼しちゃうわね。コーディは正真正銘ライル・デインズデールの婚約者よ。そっちこそ、子供の頃の他愛もない言葉を言質にとっていつまでもわがままをいうだなんて!」
「う、うーん……。でも、それはほら、幼いころの思い出って美化されるものでしょう?」
「なあに、あなた。あの子供の味方なの?」
「いえ、違うわ。ただ、同じ恋をする者として、自分の身に置き換えると心がしくしくと痛むというか」
「わかったわ。わたし、フラデニアに帰ったら甥っ子にちゃんと変な夢は見るなって釘を刺しに行く」
そういうからには、ディルカも甥っ子の夢を壊さないような発言をしたことがあるらしい。
十以上も離れた親せきの子供相手だと、こういうことはよくあるのだろうか。
ディルカは勝手知ったるとばかりにコーディアの使っている私室の一部屋の長椅子に腰を下ろす。
一緒についてきたメイヤーがお茶の支度を整えていく最中、ディルカ付きの侍女がファッションプレートをテーブルの上に置いていく。
「これが最新版のファッションプレート?」
「そうよぉ。まだ発売されていない最新版なの。プロムリー領はフラデニアからも近いし、届けてもらっちゃった」
春の新作を乗せたというファッションプレートを開けば自然と二人の顔に笑みが浮かぶ。
「ディーカってすごいのね」
発売前のファッションプレートを手に入れることができるだなんて、どんな伝手があるのだろう。
「ふふ。ラントリー家の領地はね、羊毛の取引が盛んなの。織物工場もいくつかあって、そういうところには服飾関係者も集まってくるのよ。わたしの父はいくつかのドレス店のオーナーをしているの。これはその副産物ってわけ」
コーディアが今日着せてもらった『アン・レイ』のドレスもディルカの父が買い取ったフラデニアの人気店とのことだ。
「ラントリー卿は色々なことをしているのね」
各地を旅行するのが好きだと聞いていた。
「そうよぉ。旅行をしがてらわたしに最新のドレスを着せて自分のドレス店の宣伝をしているのよ」
「なるほど」
「今回ここに立ち寄ったのも、あなたに似合うドレスを探したいっていうデインズデール侯爵夫人の思し召しがあったからなの」
「エリーおばさまが?」
「そう。あなたとならディルカも気があうのではないかしらって手紙を寄越されて。最初はちょっと警戒しちゃったけど、その通りになったわね」
にっこり笑顔で言われたコーディアはつられて笑みを深めた。
エイリッシュの気遣いが嬉しい。
二人は微笑みあってファッションプレートの項をめくっていく。
色とりどりの華やかな画面を見ていると春がすぐそこに来たように感じられる。
「これなんかディーカに似合いそうね」
「最近だと短い髪の毛に合わせたドレスのスタイルも多くなってきているのよ。髪飾りもそんな感じ」
「冬場だと寒くない?」
「それほどでもないわ」
ただ、襟巻をしていると、少し首回りがもっさりするのよね、とそれだけが不満だとディルカは漏らす。
「この中だとコーディはどれが好き? 『アン・レイ』のドレスはね、とっても人気なのよ。今から春物の予約をしておいてあげるわ」
「え、いいの?」
『アン・レイ』の最新ドレスの図案をどこからともなく取り出したディルカである。
「もちろんよ。わたし用の枠をね、ちゃんと押さえてあるもの」
「でもそれだとディーカが困るんじゃ」
「わたしは試作品をたくさん着れるからいいの。試作品を着て、みんなの前にでて反応をみて報告するのよ」
ちゃんとメモだってとってあるんだから、とディルカは自慢げに胸を反らす。
父親がオーナーをしているというだけではなくディルカ自身がこの仕事を楽しんでいるのだろう。ドレスについて語る表情は生き生きとしている。
女同士の話に花を咲かせているとメイヤーが入室をしてきた。
どうやらライルがコーディアの帰宅を知ったらしい。
「あら、ちょうどいいじゃない。わたしもちゃんと挨拶をしておかないと、って思っていたし。可愛い今日の装いを見てもらいましょうよ」
嬉々として返事をしたのはディルカだ。
「あ、でも……」
まだなんとなくもやもやが残るコーディアの返事は煮え切らない。
「こういうのは長引かせると折れどころが分からなくなるものよ。とりあえず会って話せばそのままスムーズに話せるものよ」
「う、うん」
コーディアが頷けばメイヤーがライルを呼ぶために部屋を辞した。
二人はライルを待つ間、散らかったテーブルを片付けることにする。
つい勢いに任されてしまったが、大丈夫だろうか。また可愛くないことを言ってしまったらどうしようと不安になる。
「ディーカ」
「なあに?」
「もしも、わたしが可愛くない態度を取ったら、足を蹴飛ばしてね」
「やあね、未来の侯爵夫人にそんなことしないわよ」
ディルカはくすくすと笑う。
「で、でも」
「大丈夫。ちゃんとフォローするから」
「お願いよ」
最後にしっかりと念押ししたコーディアだった。
◇◆◇
メイヴィシアは頬を膨らませたままライルと向き合っている。
「メイ、私のことを責めるのはかまわないが、コーディアに対してのあの態度は改めてほしい」
大好きなライルから出るのはコーディアを庇う言葉ばかり。
「あらわたくしはいたって普通に接しているつもりよ」
「そんなことはないだろう。食事の際も母上と私には笑顔で応じるのにコーディアが話しかけても無視をしている」
メイヴィシアは面白くなくてそっぽを向いた。
デインズデール侯爵家滞在三日目のことである。
プロムリー領のデインズデール家の大きな屋敷の客間を与えられたメイヴィシアだが内心面白くない。自分は客室ばかりが集まる区画で、あの女、コーディアの部屋があるのはデインズデールの家族用の区画なのだ。
婚約者なのだから当然というエイリッシュの言葉にも腹が立つ。
「メイ」
「ライルお兄様の嘘つき」
そっぽを向いたままメイヴィシアはそれだけを言った。
実際に嘘つきだ。
だって、あの時ライルは自分をお嫁さんにすると言ってくれたのに。
「幼いメイにはどれが本物の言葉かなんてわかるはずもないと叱られた。きみが信じ込んでいたことを責める気はない。だが、私たちはもう大人だ」
「こういうときばかり大人って言葉を強調しないでよ。ライルお兄様の馬鹿」
叱られたって、一体誰にだ。
面白くなくてメイヴィシアの腹は沸騰寸前に煮えくり返っている。
「きみはプリッドモア公爵家のただ一人の娘だ。きみの結婚相手として、私が認められることはない。それくらいわかっているだろう」
ライルの声はどこまでも冷静だ。
それが幼いころは素敵に思えた。いつでも冷静沈着で、ふざけた実の兄よりも自分のことを淑女扱いしれくれる年上の従兄。自分の言うことなら大抵のことはかなえてくれたのに。
(そんなこと……)
今は彼のこの冷静さが厭わしい。
大体、この事態に冷静ということは、ライルはメイヴィシアのことを本当にただの従妹としか思っていないという証拠ではないか。
メイヴィシアの頭の中で、冷静な部分と感情の部分が激しくせめぎ合う。
「そこをどうにかするのがライルお兄様の役割でしょう。サイラス叔父様は根回しの限りを尽くしてエリー叔母様をお嫁さんに迎え入れたわ」
だから、自分だってどうにかなるはず。
それがメイヴィシアの希望の光でもある。エイリッシュという前例があるのだから、自分だって恋愛結婚ができるはずだと。
「あれは……。私の両親ことは引き合いに出すな。あれは想定外の出来事、いや、母上の破天荒に磨きがかかりすぎていて各国の主要な家から揃って断り状が届いたのが実のところだ」
「じゃあわたくしも破天荒に磨きをかけるわ」
「メイには無理だろう」
ライルはメイヴィシアの性格を見透かしている。
確かに、自分にはまねできない。
メイヴィシアにはプリッドモア公爵家に生まれたという誇りがある。自分は王家に連なる高貴な家に生まれたのだ。
自分からその名誉を貶めるような、要するにお転婆の限りをつくして周りから眉を顰められるような行為なんてできるはずもない。
高貴な家の娘として、周囲の人間に傅かれることに慣れきっているのである。
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