冬の休暇は甘さと辛さを合わせて? 6
◇◆◇
こういうとき頼りになるのは女友達だ。
コーディアはメイヤーを伴って衝動的にソリズベリーの街の中心にあるホテルへとやってきた。
「あら、コーディ。ライル様にうるうる目線で口づけさせちゃおう作戦はどうだった?」
自分の部屋へと招き入れるやそんなことを言うディルカにコーディアは無言で抱きついた。
「どうしたの、コーディ。もしかして、口づけついでに違うところにも唇押し付けられた? 首筋とか、まさかその先も……」
色々と聞き捨てならない台詞が聞こえてきたが、コーディアは抱きついたまま首を左右に動かした。
コーディアのただならぬ気配を察知したディルカはおふざけを止めて、コーディアを部屋の真ん中に置いてある長椅子へと導いた。
ほどなくして茶器一式が運ばれてくる。
茶請けのお菓子はバタークリームをたっぷりと使ったケーキやマドレーヌ。クッキーもある。コーディアの好きな苺のジャムを使ったものだ。
お茶の良い香りが鼻腔をくすぐり、コーディアもいくらか気分を落ち着かせた。
「それで、どうしたの。急に」
「ごめんなさい。用事があった?」
「ううん。別に。年暮れが近いもの。みんな自分ちのことで精一杯。わたしのような旅行者は気楽なものよ」
ディルカはコーディアの気遣いをはねのけるくらいに明るい声を出す。
その声の調子にいくらか救われる。
コーディアは暖かいお茶で喉を潤しながら、先ほどの出来事を語って聞かせた。
ライルと彼の小さな従妹との間に交わされた約束。
大人たちは他愛もない、ほほえましい出来事だと見守っていたが、小さな従妹にとってのそれはまごうことなき真剣で大切な約束だったことを。
一通り聞き終わったディルカは一度長椅子の背もたれに体重を乗せて、それから「あちゃあ~。従妹はずぅっとその約束を本気にしていたのね」という感想を漏らした。
「わたし、子供の頃親戚づきあいをしたことがないの。従兄弟だって最近初めて会ったし。だから、これがほほえましいのか嘘をついてはいけませんって言うべき案件なのか、いまひとつ分からなくて」
コーディアの父は一家を引き連れて故郷から遠く離れた国へと渡った。親戚付き合いなど発生するわけもなく、しかもコーデディアは小さいころから女ばかりの寄宿学校に身を寄せていた。
お兄様に憧れる、という気持ちを経験してこなかった。
「あー、まあ。わたしも小さいころ従兄相手に同じようなことを言ったことあったわね。将来お兄様のお嫁さんになるーとかなんとか」
「それで」
コーディアは先を促す。
「まあ……お兄様は数年後普通に別の女性と婚約したよね」
ディルカはあっけらかんと言った。特に感傷めいた顔色をしているわけでもない。
「ディーカはやっぱり駄々をこねたの?」
「ううん。ちょっとショックだったけど、まあそんなものか、って感じだったかな」
「失恋をしたのに?」
「小さなころの、一種の憧れのようなものだもの。逆にいまわたしがその従兄の息子に僕のお嫁さんに貰ってやるよ、とか言われたらありがとうって返すかな」
「そうなの?」
「だって、三歳かそこらの男の子にあなたが大きく待っていたらわたしいくつになっているのよとか、男はそんなことを言っててもどうせ若い子の方にいくのよ、とか言ってもしょうがないじゃない」
「う……うーん?」
ディルカの説明はある意味身も蓋もないというか現実的だ。
「で、でも当時メイヴィシア様は五歳だったし」
「五歳くらいでも言うかなぁ。どうせすぐに忘れちゃうでしょうって思って」
そんなものなのだろうか。
大人と子供との間に深すぎる溝がある気がする。それが思いやりだと言われればそうなのかもしれない。幼い子どもの夢を壊すことをいうのも、という気遣いのおかげでメイヴィシアはずっと夢を見続けた。
「コーディは、そのメイヴィシアって子の味方なの? ライバルなのに」
ディルカは不思議そうに首を傾ける。
「わからない。けれど……純粋に好きな人との約束を大切にしてきたのに、それが根底から違っていたって知らされたら……きっとものすごく辛いだろうなって……」
コーディア自身恋を知ったからそう思うのかもしれない。
今が一番幸せで、その幸せがもしも違っていたら。誰かから、自分とライルとの約束を否定されてしまったら。そう思うと胸を刺されたような衝撃を受けるだろう。
「まあ普通は成長過程で恋の相手が変わっていったり、自分を取り巻く環境でなんとなく悟っていったりするものなんだけどねえ。公爵家の箱入りお姫様は逆に出会いが無さ過ぎて矯正できなかったのか」
と、ここでディルカがインデルク王国における現在の公爵家の立ち位置を教えてくれた。
八十年前の政変の折、当時の国王は自分の息子たち三人に公爵の地位と領地を与えた。王家の血筋を絶やさないために、直系筋に何かあったときの場合の保険を改めてかけることにしたのだ。
「そのうちの一つがプリッドモア家ってこと?」
「そう。三つの公爵家は王家の血筋を薄めないために定期的にインデルク王家の姫を後継ぎの妻に娶っているし、そうやって生まれた子供たち、とくに女の子は王家の姫に準じる立場で大陸の王家筋に嫁ぐのよ」
そういえば先ほどもエイリッシュがそのようなことを口にしていた。将来は外国に嫁ぐことになるかもしれない云々と。
「でもエリーおばさまは」
「デインズデール侯爵夫人はある意味特別。お転婆が過ぎてお嫁の貰い手が無かったのって笑っているけどね。デインズデール侯爵が手を尽くしまくったってところでしょうね」
南国の租界育ちのコーディアよりも隣国出身のディルカの方がインデルク王国の内情に詳しい。
「エリーおばさまは公爵家のお姫様だったからあんなにも堂々としていらっしゃるのね」
エイリッシュが時折見せる上の者特有の雰囲気や、やりたいようにやっていると豪語するのに上流社会で煙たがられない理由の一端を知った気がする。
「そりゃあ元が公爵家のお姫様だもの」
ディルカはそう締めくくる。
「でも、コーディがもやもやしている理由ってそういうことでもないんじゃない?」
コーヒーで喉を潤したディルカが話題を変える。
コーディアはよくわからなくてじっとディルカを見つめ返す。
再びディルカが口を開く。
「ええと、だからね。コーディがライル様とお話したくないって思うのは、嫉妬をしているからだと思うのよ」
「嫉妬?」
自分とはまるで結びつかない言葉にコーディアはたじろいだ。
「そう。ライル様が、年端もいかない子供相手とはいえ、自分以外の女の子に求婚をした。たとえライル様的にはごっこ遊びの、幼い子供相手だからと気にも留めないような事柄だとはいえ」
コーディアは目を瞬いた。
自分の胸にうまれたもやもや。
つい可愛くないことを言ってしまった先ほどの自分。普段からは考えられなかった。ライルの言葉に反論するなんてこと。
「だって、ライル様の側にいたくないって思ったんでしょう」
「でも、別に嫌いになったとかそういうのじゃないわ。ただ……今は離れていたほうがいいというか。自分でもどうしてライル様に可愛くない言葉を言ってしまうのかわからなくて。少し頭を冷やしたほうがいいと思ったの」
「可愛くないって自覚しているのに止められないのか。それはもうやきもちというか拗ねているというか」
「拗ねる?」
「うん。コーディはほんとにライル様のことが好きなんだね」
ディルカはにこにこと指摘をする。
彼女の言葉にコーディアの頬が真っ赤に染まる。
「そ、それは……その……」
「それで、作戦のほうはどうだったの? 一緒にお散歩はしたの? わたし的にはそっちのほうが気になるのよ」
「え、あ……あの……それは……途中で従僕が探しに来て……」
今日は衝撃的なことがあって、今の今まで忘れていたが、散歩の途中立ち止まって、ライルのことをじっと見つめた。
いつもは恥ずかしくなって下を見てしまうのに、今日は我慢したのだ。
想い合う男女の始まりは見つめ合うところから、とディルカに教えられて、口づけまでの作戦を考えてくれたのだ。
「ほう……。邪魔が入ったのか。空気の読めない従僕ね。もう一回修業してきなさいって言ってやりたい案件ね」
「だから、なんにもなかったわ……」
いや、あったような気もする。
ライルの顔が近づいてきた。情熱的な視線を受け止めて、微動だにできなかった。そうしたら彼の方から身をかがめてきた。
あのあと、もしも従僕の声が聞こえてこなかったら。
そうしたらライルはコーディアをどうするつもりだったのだろう。
(まさか本当に口づけを……?)
考えた瞬間に心臓がばくばくと騒ぎ始める。
「あ、その顔は何かあった顔ね! ちょっと、わたしにも教えて頂戴」
「え、だからなにもないって」
「いや、嘘ね。コーディ、あなたすぐに顔が赤くなるの自分で気づいている?」
「そんなことないって」
「いいえ。そんなことあるわ。ありすぎよ。とにかく今日は泊っていきなさい。ついでに生意気な公爵家のお姫様をやっつける算段もつけましょう」
「えええっ? で、でも彼女にとってはわたしのほうが悪者で」
「そんなこと関係ないわ。わたしはコーディの友達で、あなたの味方だもの。本妻の強さってやつを思い知らしめるのよ!」
ちょうどドレスの試作品がたんまり届いたのよ、とディルカは手近にあったベルを持ち上げて自身の侍女を呼びだした。
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