冬の休暇は甘さと辛さを合わせて? 4
◇◆◇
翌日、ライルとコーディアは広大な屋敷の敷地の中をゆっくりと散策していた。
屋敷の裏手にある幾何学模様の現代風庭園を抜け、奥へ進むとやがて森へ行きつく。
森番が下草や枯れ木などを取り除いた人工的に手入れのされた侯爵家の敷地の一部である。
午後の日の高い時間の少しの間ならば、そこまで体を冷やすこともない。
「ライル様がリス用の罠を仕掛けたのはこの辺りなのですか?」
コーディアは背の高い木々を左右見ながらライルに質問をする。
「いや。もう少し屋敷に近いところだったはずだ。すぐに乳母に見つかったから」
二人は暖かな外套を着込み、気の向くままに足を進める。
先にプロムリー領に到着をしていたコーディアはエイリッシュと共に庭園を散策したというが、ライルが散歩にさそうと口元をほころばせて承諾してくれた。
「この先の森では夏になると狩りが行われる。狩り小屋もいくつかある」
「猟犬の子犬たちも見せてもらいました」
「怖くなかったか?」
女性の中には犬が怖いと感じる者もいるという。
ライルが尋ねるとコーディアは少しだけ間を置いた。
「みんなきれいな目をしたかわいい子たちでした。といってもまだ猟の訓練をしていない子犬だったから怖くないって思ったのかもしれませんが」
コーディアは可愛かったです、と続けた。
二人はのんびりと小道を歩く。馬車道ではない、散歩用の小道だ。
「子犬たちの見分けがなかなかつかなくって……っとと……」
話をしているとコーディアの足がよろめいた。
「大丈夫か?」
「あ、はい……」
このあたりは自然にあまり手を加えていないため木の根がむき出しになっている個所もある。どうやら足が根に取られたようだ。
ライルがとっさにコーディアの腕を掴んだのだ。
「ありがとうございます。注意力散漫でしたね……。こんなところメンデス学長に見られたら怒られてしまいます」
「私の方こそ、もう少し気にかければよかった」
「い、いえ。わたしのほうが気を付けなければいけなかったのです」
ライルの言葉にコーディアは恐縮そうに両手を振る。
「これからはお互いに気を付けよう」
「はい」
ライルがそう提案するとコーディアが目元を緩めた。すみれのようなつつましやかな笑顔だ。ライルがずっと眺めていたいと思う、素朴だが惹き付けられる可愛らしい表情。
二人は庭園散策を再開する。
特に目的もなく歩いているだけだが、隣を歩くのがコーディアだと思うとそれだけでライルの胸は満たされる。
「このあたりも足元が悪いから私の腕に捕まるといい」
「は……い。ライル様」
遠慮がちにコーディアがライルの腕に手を添える。柔らかな重みに胸の奥がちりちりと疼く。
「そういえば友人ができたと聞いた。ラントリー嬢という名だと」
「はい。ディルカ・ラントリーです。ラントリー家はフラデニアの子爵家だと聞いています」
まだディルディーア大陸の貴族の家名には詳しくはないのですが、とコーディアは前置きをしてディルカと仲良くなった経緯を話す。
「ディーカは明るくて話していて楽しいです」
「この時期に旅行とは珍しいな」
「毎年の里帰りはそろそろ飽きたからと言っていました」
コーディアは苦笑を漏らした。
「まあ確かに生まれた時から領地と王都を行ったり来たりしていると飽きるかもしれないな。しかし、大事な領地でもあるし、故郷だ」
「はい」
「ここが、これからはコーディアの故郷にもなる」
「プロムリー領が」
「そうだ」
ライルはコーディアと向き合う形で足を止める。領地を拝領する貴族にとって、治める土地というものは特別だ。
この地を治めることがライルの義務でもあるし誇りでもある。
「わたしにも、色々なことを教えてください」
「もちろんだ」
ライルは頷いた。
いずれは侯爵夫人になるコーディアである。少しずつ領地について知っていってもらいたい。
「ありがとうございます、ライル様」
コーディアの声は小さかったけれど、はっきりとした発音で発せられた声はライルの耳にしっかり届いた。
彼女は上を向き、ライルと視線を絡め合う。
今日のコーディアはいつものようにすぐに下を向くことなくライルのことを見つめ続けている。
普段のコーディアは恥ずかしがり屋でこうして見つめ合うとすぐに下を向いてしまう。
しかし、今はただじっとライルの瞳を眺めている。
「コーディア?」
「はい……」
ライルは思わず彼女の名をつぶやいた。
じっとこちらを見つめる深い青色の瞳が少し潤んでいるようにも見える。
ライルは知らずに一歩足を前に出す。
踏み込んだ分だけ二人の距離が縮まる。
コーディアはまだ逃げない。ただライルを視界に入れている。
ライルもコーディアの深青の瞳から逃れることができない。吸い込まれそうな美しい瞳に引き寄せられるように顔を近づける。
このまま近づいたらコーディアに嫌われるだろうかという思いが一瞬だけ脳裏をかすめる。
しかし抗いがたい欲求が、体を支配する。
このまま彼女に触れたいという欲がライルから思考を奪いとる。
ライルは身をかがめた。
コーディアはまだ逃げない。
ライルがコーディアの背に片腕を回し、引き寄せようとしたとき遠くの方からこちらを探す声が聞こえた。
ライルの眉がぴくりと動いた。
それと同じくしてコーディアの肩も少し震えた。
ライルの頭に理性が戻る。
「誰か呼んでいるようだ。そんなに時間は経っていないはずだが……」
ライルは背筋を伸ばした。
「緊急の用事でしょうか? 街で何かがおこったのでしょうか」
コーディアが心配そうにライルを覗き込む。その瞳には憂いの色が浮かんでいる。
「一度戻ろう」
ライルの言葉で二人は元来た道を歩き始めた。
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