冬の休暇は甘さと辛さを合わせて? 3


◇◆◇


 エイリッシュの知り合いというだけあってラントリー卿はおおらかな人物であった。

 元はフラデニアの子爵家の三男で、この子爵家が裕福なこともあり、ディルディーア大陸の国々をまわり紀行文を雑誌社や新聞社に寄せたり、各地で自領の特産品を売り込んだりと割と自由な生活を謳歌している。


「ま、自由を愛する投資家って肩書らしいわ、お父様的には」

「そうなの?」

「最近は娘の売り込み旅行を兼ねているらしいわ」


 そうあっけらかんと言い放つディルカである。

 プロムリー領の中心都市ソリズベリーの高級ホテルの一室である。

 ディルカの滞在するホテルに遊びに来たコーディアは、彼女とお菓子をつまみつつおしゃべりに興じている。


「わたしもそろそろお相手を見つけないといけない年頃だもの。仕方ないわね」

 という割には彼女の口調はどこか他人事だ。

「きっと素敵な縁が待っているわ」


「そうねえ。形だけでも情熱的な求婚はしてほしいところよね」

「形だけって……。お互いに恋に落ちるかもしれないじゃない」


 コーディアが大真面目に言うとディルカが大きく息を吐いた。

 ついでにテーブルの上に置いてある化粧箱からマカロンを取り出してぽいっと口の中に放り込む。

 咀嚼をして飲み込んだ後、ディルカは口を開いた。


「コーディ、あなたは運がいいのよ。父親が決めた婚約者と恋に落ちるなんて。そんなの、小説の中くらいにしかないわよ、普通」

「そうかしら。わたしの友達のアメリカも旦那様と仲がいいけれど」


「インデルク人って実は情熱家なの?」

「えっと……」

 まじまじと聞かれると首を傾けるしかない。


「それで、そのライル様とはどこまで進んだんだっけ?」

「えっ! もうっ、ディーカったら」

 コーディアは顔を赤くする。


 この質問、実はすでに幾度目か。そのたびにコーディアは頬を赤くする羽目になる。


「真っ赤になって可愛いわね、コーディは」

 くすくすと笑いながら言われるからコーディアは慌てて平静になろうと深呼吸をする。

「もう。ディーカったら。わたしとライル様は、その……。普通だわ」

 コーディアは精一杯の虚勢を張る。


「普通って。じゃあ口づけも済ませた仲ってことなのね」


 今日のディルカはあろうことかそんなことを言いだした。しかも一人でうんうん、と頷いている。

「えぇぇっ! ディ、ディーカったら……そ、そんな……」

 コーディアの頬が瞬時に真っ赤に染まり、答えに窮してわたわたしてしまう。


(えぇぇぇっ! 口付けって……フラデニアではそれが普通なの?)


「コーディったら純情すぎよ。え、ていうか、まさかあなたたち口づけもまだだったりするの?」

 コーディアの純情すぎる反応からディルカは事実を正確に見極める。

「え、だって! そ、その。わたしたちはまだ恋人になって……そんなにも日数だって経っていないし」

 最後は尻すぼみになり、声が小さくなるコーディアだ。


「日数なんて関係ないわよ。こういうのは気持ちと勢いよ」

「そ、そういうものなの?……」


 恋愛初心者のコーディアは、通常の恋人同士の距離感とか、恋人になってどのくらいで最初の口付けを交わすのかなんてわからない。


「あら、フラデニア人は情熱的に恋人に唇を求めるわよ!」

 ディルカが力強くそう断言する。

「えぇ?」

 コーディアの顔がますます赤く涙目になる。


 ライルと口づけをするところを想像しようとして……駄目だった。恥ずかしすぎて想像の中ですら悶え死にしてしまいそうだ。


 コーディアが次の句を言えないでいるとディルカが身を乗り出してきて演説をする。

「だって特別な関係になったのよ? 親同士が決めた許嫁じゃなくって恋人なのよ。そこはもう、超絶ロマンティックな雰囲気の中、流れるような初口づけを交わすのよ」

 ディルカは立ち上がりくるりと回ってそれから自身の両腕で自分を抱きしめる。


「ディーカは恋愛小説の読みすぎよ」

 コーディアはようやく反論をする。


「あら、恋愛小説いいじゃない。わたし、好きよ。あなたも読んでみなさい。色々と参考になるわよ」

「さ、参考?」

 一応読んではみたもののコーディアには刺激が強すぎた。


「そう。初めての口付けの参考に」


 ディルカがにんまりと笑う。

 コーディアはごくりと息を呑みこんだ。


◇◆◇


 インデルクの政治にかかわっているライルは年暮れといえど、そう早くから領地へ戻ることはできない。

 今年、初めて祖国の地を踏んだコーディアは彼女自身の親戚の家に赴くため冬も早い時期からケイヴォンから離れた。


 ようやく自由の身になったライルは列車に飛び乗りプロムリー領へと急いだ。

 もちろん荷物の中にはコーディアへの土産物もたくさん詰まっている。

 アイヴォリー百貨店で買い込んだ菓子や小説本、それからドレスも。


 恋人にドレスを贈る日が来るとは思わなかったライルである。

 少々破廉恥ではと思わなくもなかったが、恋人にドレスを選ぶのがパートナーの特権だとナイジェルに力説をされて、半信半疑ながら従ってしまった。


 はやる気持ちを抑え、侯爵家の屋敷へ到着をする。

 ストリングの出迎えをやり過ごし、上着を従僕に預け、早々にコーディアの部屋を訪ねることにする。


「コーディア様は現在お友達の訪問を受けられております」


 部屋に向かうと出迎えたメイヤーからそう告げられた。

 ライルは眉を顰めた。

 彼女の友人アメリカならいまごろはナイジェルと一緒に帰郷しているだろう。


 ライルの考えを読んだのかメイヤーが流れるように説明を付け加える。


「エイリッシュ様と懇意にされているラントリー卿のご令嬢、ディルカ様でございます。コーディア様とは気が合い、この数日互いの住まいを行き来し合う仲でございます」


「そうか……」

 もともと知らせていた帰郷日より一日早く帰宅をしたのはライルの方だ。

 気合と根性で仕事を早く終わらせてきたのである。


「それで、ラントリー家とはどういう家柄だ?」


 ライルはエイリッシュの交友範囲を詳しく知らない。あの母は昔からやけに顔が広いのである。それも階級構わずに。


「フラデニアの子爵家ゆかりの者とのことです。現在の子爵の三男がディルカ嬢の御父上でございます」

 立場的にはコーディアと似ているということだ。

「それで、どうしてプロムリー領へ?」


「ラントリー卿は旅行がお好きなのだと。ケイヴォンを経由して、最終的には南下をし、カルーニャへ避寒に行くのだと申しておりました」

 カルーニャ王国はフラデニアの南に位置する大国である。

「そうか……」

 ライルは踵を返すことにした。


 もう何度も互いに訪問し合う仲というのなら、気の合う友人ということなのだろう。

 だったら今水を差す必要はない。


 ライルは自身の書斎に向かうことにする。

 書斎に向かうと秘書官がすでにいくつかの封筒を開けており、緊急度に応じた分類をしている最中だった。

 ライルは手紙を読み始め、やるべきことに没頭した。


 外が暗くなったころ、従僕が控えめに扉を叩いた。

 そろそろ夕食の準備が整ったようだ。

 ライルは久しぶりに顔を見る恋人を思い浮かべ、口元に微笑を浮かべた。

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