冬の休暇は甘さと辛さを合わせて? 2


◇◆◇


 コーディアはエイリッシュの後に続いて列車から降りた。

 迎えに来た侯爵家の人間に案内をされ、馬車に乗せられてたどり着いたのはプロムリー領のデインズデール侯爵の屋敷である。


 最初の門から屋敷まで馬車でゆうに十五分はかかった。

 徐々に近づいてくる石造りの瀟洒な建物に、コーディアは目を丸くするしかない。


 エイリッシュはそんなに大きなお屋敷じゃないわよ宮殿とは違うもの、とか言っていたけれどお城のように大きな建物だ。


 というか、この間まで滞在をしていたコーディアの母ミューリーンの実家のお屋敷よりかは確実に大きい。部屋数だって何倍もあるだろう。


「今日から年が明けて、そうねえ一月中頃までくらいかしら。こっちで生活することになるわね。あなたのおうち、ということにもなるから気兼ねなく過ごしてちょうだいね」

「は、はい……」

 エイリッシュは朗らかに言うけれど、そんなにも早く慣れるとは思えない。


(とういうか、ここがわたしの家とか思える気がしない……)


 コーディアは心の中で乾いた笑みを浮かべた。

 貴族の生活にはまだ足を踏み入れたばかりなのだ。


「あら、緊張しているの? 大丈夫よ。そうだわ、荷物整理をしたら今年生まれた猟犬の子どもたちを見に行きましょうか。可愛いのよ」

「犬……ですか」

 それはちょっと楽しみかもしれない。


「あ、あと乗馬もいいわね。街へ散策も楽しいわ。コーディアとやりたいことがたくさんあるの。おばさん、楽しみで夜も眠れなかったのよ」


 心の底から楽しみにしていることが伝わってきてコーディアの強張った体もいくらかほぐれてくるようだ。

 エイリッシュの明るさがあればきっと大丈夫。そう思わせてくれる態度に心が温まる。


 もちろん、侯爵家の本拠地という場所なのだからこちらの使用人たちにも気に入ってもらえるよう気を引き締めないといけないということも分かっている。


 馬車は屋敷の前で停車をし、二人が降り立つとそろいの仕着せに身を包んだ使用人たちに出迎えられた。


「おかえりなさいませ、奥様。それからコーディア様」

「久しぶりね。ストリング」

「奥様も変わらずの健勝ぶり、聞き及んでおります」


 ストリングと呼ばれた男は年の頃はコーディアの父と同じか少し上といったところで、白いものの混じった黒髪を丁寧に後ろへなでつけている。丁寧でゆっくりときれいなインデルク語を発音した。

 体格もよいため、コーディアは緊張から体に力が入る。


「まあ。それってわたくしのやんちゃが過ぎるってことじゃあないわよね?」

「お心あたりがございましょうか」

「まさか」


 エイリッシュはふふっと肩を揺らして、それからコーディアの方へ顔を向ける。


「ライルの婚約者のコーディア・マックギニスよ。手紙で知らせておいたわよね。部屋の準備はきちんとできていて?」

「もちろんでございます。奥様」


「そう。あなたが言うのなら抜かりはないわね。彼女はね、わたくしの大親友の忘れ形見でもあるの。ライルのことは抜きにしても最大限の敬意を払って接しなさい」

「かしこまりました」

 ストリングはもう一度深く頭を下げる。


 それから二人は屋敷の中に入り、コーディアは今日から寝泊まりをする部屋へと連れて行かれた。

 後ろにはメイヤーが付き従う。


 案内された部屋はケイヴォンのデインズデール家の街屋敷以上に重厚で歴史あるものだった。


「この一角をご自由にお使いください。ご結婚後は夫婦専用の続き部屋を使用することになりますので今年限りになりますが、なにか不足のものがあればお知らせください」


 メイヤーの説明も話半分、コーディアはぽかんと口を開いて通された部屋を見渡す。


 天蓋付きの寝台は美しい細工が彫られているし、天井画も壁紙も女性らしい色彩で整えられている。燭台はぴかぴかに磨かれ、暖炉の上には年代物の陶器製の飾り時計が置かれている。

 寝室のほかにも応接間や控えの間、衣裳部屋に専用の風呂場もある。

 それぞれが広く、また調度品も一目で高級品だとわかるレベルの物ばかり。


 コーディアはくらくらとした。

 なんだか博物館の中で暮らしていくみたいだ。これは割ったら大変なことになる。


 人知れず冷や汗をかいたコーディアであるが、侍女たちから外出着から部屋着へと着替えさせられ、エイリッシュのお茶の席につきあうことになり、そこで出されたカップもまた遠い東の国由来の陶磁器で、聞いたら百五十年前くらいのものかしら、古くさくてごめんないね、と言われて卒倒しそうになったコーディアだった。


◇◆◇


 プロムリー領での生活はコーディアが考えていたほど厳格なものではなかった。

 今の時分、皆領地へと帰っている頃で積極的な社交は行われていない。


 コーディアはケイヴォンから持ってきた本を読み、屋敷の敷地を散策したり、エイリッシュとお茶を楽しんだりして過ごしている。


「コーディア、お客様がいらしているの。フラデニアの子爵家にゆかりのある方で、お嬢様も一緒なのよ」


 午後のお茶の時間にエイリッシュから来客を告げられたコーディアはメイヤー達によって華美ではないが気品ある赤茶色のドレスに着替えさせてもらい、階下へと向かった。


 フラデニア人の親子ということだが、どんな人だろう。

 応接間に入ると、客人と思わしき壮年の紳士とコーディアと同じ頃合の赤みがかった茶色の髪の少女が長椅子に腰かけていた。


 エイリッシュが振り返り、笑顔でコーディアを招き入れる。


「こちらディルカ・ラントリー嬢よ。あなたよりも一つ年上の十八歳。あ、あなたもそろそろ十八よね。話が合うと思うの」


 エイリッシュは歌うようにフランデール語で二人を紹介する。

 コーディアは久しぶりのフランデール語に頭の中を切り替える。


「はじめまして。コーディア・マックギニスと申します」

 コーディアはドレスをつまんで礼をした。


「はじめまして。ディルカと申しますわ。わたしにかしこまった口調は結構です。あんまり好きじゃないの、そういうの」

 ディルカはにっこりとコーディアの瞳を見て微笑んだ。夏の花のように艶やかな笑みに見惚れてしまう。笑うと少し幼く見える。


「はい。わかりました……いえ、わかったわ」

「わたしのことはディルカって呼んで頂戴」

「わたしのことも、えっと……コーディアで」


「普段は何て呼ばれているの?」

「……寄宿学校時代はコーディって」

「わたしは寄宿学校時代にディーカって呼ばれていたの」


 目の前のディルカも寄宿学校に通っていたということでコーディアは親近感を持った。

 それからお互いに探りながら会話を進めていく。


 お茶とケーキと年頃の少女が二人。

 互いに寄宿学校育ちで共通する話題も多く、打ち解けるのは早かった。


 コーディアはディルカを私室へと誘った。

 二人きりになった途端に会話を再開させる。


「ねえ、やっぱりフラデニアではそのくらいの髪の毛の長さの人は多いの?」

「これのこと?」

「うん」


 コーディアの問いにディルカは自身の髪の毛を一房つまむ。


 ディルカの髪の毛は肩につくかつかないかという短い長さで、くるんと内巻きにカールされている。

 目鼻立ちのくっきりしているディルカにはよく似合っている。


「そうね。インデルクとかデイゲルンではビックリされることの方が多いけど。フラデニアでは……まあそこまで何かを言われるわけでもないわね。街中を歩いていると多くもないけれどほかにも同じ髪型の子いるし」


「わたしの通っていた学校はフラデニア系だったのだけれど、学長がとても厳しいお方で、髪の毛の長さも決まっていたの」


 自由な気質で知られるフラデニアだが、全員が同じ考え方ではない。保守層も確かに存在し、メンデス学長はその典型だった。


「寄宿学校の先生なんてこっちだってそうよ。私の通っていた学校はフラデニアでも一、二位を争うくらい厳しくってね。塀とかあるし、髪の毛の長さも決まっていたの」

「やっぱり寄宿学校ってそうなのね」


「規則をどうやってかいくぐって学生生活を楽しむかってところで燃えていたくらいだし」

「あ、それわかるわ」


 ふたりは互いに見つめ合い、どちらからともなく笑い合う。


 互いの学生生活を一通り披露しあい、お茶をお代わりしたころにはすっかり打ち解け合い互いにディーカ、コーディと呼び合うようになっていた。

 久しぶりにフランデール語を使っての会話も楽しい。まるであの頃に戻ったかのよう。


「でもよかった。夫人から遊びに来ないかって言われたとき、未来の侯爵夫人なんてどんなお高くとまったお嬢様かと思ったけど、コーディみたいに気さくな人で」

「わたしのほうこそ。南国育ちって馬鹿にされないか内心ドキドキしたのよ」


「え、楽しそうじゃない、ジュナーガル帝国の租界なんて。船旅もいいな。コーディは私の知らない世界をたくさん知っているのよね。羨ましいわ」


 そこでまたくすくすと笑い合う。

 気が付けばすっかり外は暗くなっていた。


 メイヤーが部屋を訪れるまで二人はしゃべり続け、コーディアはディルカに「ぜひ泊まりに来て頂戴」と言い、ディルカは「あら、あなたもわたしの泊まっているホテルにいらっしゃい。カフェのケーキなかなかにおいしかったわよ」と約束を交わし合った。

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