続編
冬の休暇は甘さと辛さを合わせて?
ケイヴォン市内の貸本屋の書架の前。コーディアはじぃっと背表紙とにらめっこをしている。
かれこれもう十分以上はこの場に立ち止まっている。
フラデニアの小説コーナーである。
(うーん……どれがいいのかしら。普段読まないジャンルだから、わからないわ)
コーディアが好んで読んでいるのは探偵小説だ。
しかしいま立ち止まっているのは恋愛小説の書棚の前である。
ディルディーア大陸の中でも自由な気風で知られるフラデニアは文化けん引役を担っている。貴族、大衆に関わらず流行の発信地だし、インデルクでは眉を顰められる恋愛小説もフラデニアでは市民権を得ている。
コーディアは試しに一冊目に留まった本を抜き取った。
ぱらぱらと項をめくっていく。
タイトルは『コルドヴァン草原で愛を叫ぶ』。草原で愛を叫ぶとは青春ものだろうかなどと考えながら斜め読みをしていったところで、ぱたんと勢いよく本を閉じた。
顔が赤くなって、鼓動も早くなる。
(ど、どうして口づけをした後に騎士は主人公のドレスの胸元をはだけさせるの!)
刺激が強すぎてコーディアは心臓がばくばくいうのを必死でなだめる。
口づけまではよかった。
恋愛小説だから口づけくらいはするだろう。インデルクの小説だったらたぶん無いだろうけど、フラデニアの小説だし。
なのに、この本はコーディアの想像をもう一歩も二歩も先を行っていた。
(そ、それにしても……口づけもなんていうか濃厚というか……あんなにも描写説明って必要なの? だだだって……あんな……)
文章を目で追っていくうちに身体が熱くなっていって、それから騎士の行動に目を剥いて本を閉じた。それはもう勢いよく。
そもそもコーディアが恋愛小説なるものに興味を持ったのは自身の身に起きた環境の変化が一番の理由だ。
南の異国の租界で生まれ育ったコーディアは今年、両親の祖国に本帰国をした。
コーディアにしてみたら帰国というか移住である。
この地で婚約者をあてがわれ、色々とあって婚約者として紹介をされたライル・デインズデールと互いに想い合う仲になった。
だから、ちょっと気になったのだ。
世間の恋人っていうのはどういうことをするのだろうとか、他の人たちの恋愛事情とかいろいろと。
しかし、コーディアはまだケイヴォンに親しい友人が少ない。
既婚者のアメリカに聞いてみたい気もするが、たぶん彼女はそういう恋の話は好きではないと思うし、友人の相手を知っているだけにそういう話をするのは別の意味でも恥ずかしい。
ということで書物に頼ろうと思って貸本屋に来てみた。
(え、フラデニアの恋愛小説ってみんなこんななの? そりゃあメンデス学長がいい顔しないはずだし没収するはずだわ)
しかし、せっかく貸本屋に来たのだから何かしらの成果は持って帰りたい。
コーディアはもう一度書架を丁寧に視線で追っていく。
二段目の左側の本を手に取った。
タイトルは『姫君と二人の騎士』。
今度はもう少し子供向けの、ふわふわとした綿に包んだような表現までにしてほしいと、恐る恐る項を開きかけたところでエイリッシュから声を掛けられた。
「コーディア、何かいい本は見つかったかしら?」
「ひゃぁぁ」
コーディアはばたんと本を閉じて背中に隠した。
「あら、どうしたの? フラデニアの小説も素敵ね」
エイリッシュは他意なく微笑む。
「え、ええ。そうですねエリーおばさま」
コーディアもつられて微笑んだが、頬が若干引きつってしまった。
「いい本は見つかったかしら?」
「え、ええ、まあ……」
「それじゃあ、貸出手続きをしましょうか」
コーディアはエイリッシュについて行こうとする最中、フラデニア小説の書架から適当に三冊探偵小説を引き抜いた。
(こ、これならまだ……言い訳も立つはず)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます