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「私に手伝えることはありますか?」

「あら。あなたがそんなことを言いだすなんて」


 エイリッシュは目を丸くする。

 普通茶会の手伝いの申し出など男性はしないし、女主人は家の執事や家政頭と相談しつつ段取りを決めていく。


「あなたの出番はないわよ」

「しかし、コーディアの相談相手くらいにはなれます」

「あら。食い下がるわねえ」

 エイリッシュは目じりに皺を寄せ、面白そうにライルを注視する。


「こういうときの男なんて大した役には立たないわよ。エイブラムしかり。そうねえ、もしもコーディアから何か相談されたら、背中をそっと押してあげて頂戴な」

「背中を、ですか」

「お茶会の悩みなんてね、本人の中では割と答えって出ているものなのよ。ちょっと自分の意見を肯定してもらいたくて話しているだけなんだから。それに、本当に大事な相談はわたくしとするから、男性の出番はありません」

「……」


 それは相談といえるのだろうか。ライルがいまいち納得できかねる顔を作っているとエイリッシュが爆弾発言をした。


「あっ。そうだわ。すっかり言い忘れていたのだけれど、わたくしあの子に一カ月ライルと一緒にいてどうしてもだめだったら婚約解消してもいいって伝えたの」

「なんですって?」

 ライルはらしからぬ大きな声を出す。

 人の知らぬ間になんていう約束を交わしていたのか。

「だって、あなたがちっともコーディアに優しくなかったんだもの。わたくし、コーディアのことが好きなのよ。あの子に変な男と結婚してもらいたくないじゃない」


 エイリッシュの言葉はライルの胸にぐさりと突き刺さった。打ち解ける前の自身の行動については反省するべきところだらけだったと自覚があるだけに辛い。

 最近コーディアはライルに笑顔を見せてくれるようになっていたし、友人のように接してくれている。


(そうか……友人か……それなら納得できるな)

 思い至った考えにライルは打ちのめされる。


「どうしてそういうことを忘れていたんですか」

 もっと早く聞かされていれば、対処の使用もあったというものを。

「だあって。あなたたち最近仲良くなったから、わたくしもほのぼのして。今の今まで忘れていたのよ」

「それで。私は駄目で、ローガンなら良いというんですか?」

「あれは駄目よ。そこもヘンリーと相談しないとなのよね。事態がややこしくなったわ。一番いいのはあなたがコーディアに選ばれればいいのよ。精進なさい」

「母上、言うのは簡単ですけどね」

 ライルはつい弱気な発言をしてしまう。


(大体、事態をややこしくしたのは母のうっかり発言のせいだろう)

 ライルは心の中だけで突っ込みを入れた。


「コーディアにはつい格好つけてあんなこと言っちゃったけれど、わたくしやっぱりコーディアのことお嫁さんにほしいわ」

 エイリッシュは駄々っ子のように宣言した。思えばこの母には振り回されてばかりの人生だ。

「だったら引っ掻き回さないでください。大体母上はいつもその場で適当なことを言いすぎるんですよ。もっと侯爵夫人としての自覚を持って……」


 ちょうどいいからとライルが貴族夫人としての心得を母に敏そうとすると、エイリッシュはその言葉を遮るように幾分声量を上げて畳みかける。


「今はわたくしのことはいいのよ、どうでも。ライルあなた頑張りなさいな。いいこと、人間当たって砕けてもしつこく食い下がればなんとかなるものなのよ。わたくしだってサイラスらから六回目に求婚されたとき、なんだかもう面倒になって……いえ、彼の情熱にほだされて彼の求婚を承諾したのよ。だからね、六回目までは折れては駄目よ。男はね、六回目からが勝負どころなのよ。あなた、サイラスの息子でしょう。そのくらい根性と粘りを見せなさいな」


 母のとんでも理論と両親のとんでもなれそめを聞かされたライルは、とりあえず母の中での自分の評価がかなり低いことに少しばかり傷ついた。


◇◇◇


 エイリッシュは息子にしたのと同じ説明をコーディアにも話して聞かせた。

 コーディアが不安そうに尋ねてきたからだ。確かに婚約者が自称とはいえ突然もう一人現れたら驚くだろう。

 しかも相手は初対面とはいえ己の従兄にあたるのだ。自称婚約者とその家族はコーディアがいずれ手に入れるであろう財産を狙っている。初めて会った親せきがあれではコーディアが不憫というものだ。ヘンリーと彼の兄との確執は一応知っているのだ。何しろ彼はミューリーンの夫だから。


 二人はお茶会の準備に追われていた。

 エイリッシュは不思議に思う。それこそ子供の頃はこういう女性同士の付き合いとか貴族夫人の嗜みとか、そういうものとは無縁の生活を送りたいと思っていたのに、今はお茶会を取り仕切る立場になっている。


「招待客からの返事は大体出そろったわね」

「はい奥様。こちら、リストでございます」


 執事の持ってきたリストにざっと目を走らせる。テーブルの上には当日お茶会で出す茶菓子の試作品が所狭しに並んでいる。どれも今回初めて提供するものばかりで、エイリッシュとコーディアが味を見て屋敷の使用人たちにも同じものを食べてもらう。忌憚のない味への感想を貰うためだ。


(ふうん……まあ、予想していたものと変わりないわね)


 エイリッシュはそれをそのままコーディアへ見せた。

 コーディアは渡された紙の上に書かれている名前をゆっくりと読んでいる。エイリッシュとコーディアの連名で書かれた招待状を送ったため、年若い娘たちはどう反応するだろうと読めないところもあったが、欠席の返事を寄越してきた者はあまりいなかった。


 どうやら年頃の令嬢たちがコーディアとあまり親しくなりたがらないのは、彼女らがライルとの結婚を狙っていたからのようだった。友人から聞いた話である。

 コーディアにとっては初めての企画から携わるお茶会で、ライルと正式に結婚をしたらこういうことを自分で取り仕切らないといけない。エイリッシュもここのところ茶会に招かれてばかりだったからそろそろ何か集まりを主催しないとな、と考えていた頃合いだったので、コーディアから招いてもらってばかりだったのでお返しをしたいと相談されたのは渡りに船だった。


 貴族の夫人というのもなかなかにやることが多くて面倒なものである、とエイリッシュは時折、いやかなり頻繁にため息をつきたくなる。

 面倒な付き合いだとか、お世辞だとか、その他もろもろ。自由奔放を愛するエイリッシュは、本当は貴族の嫡男と結婚などする予定もなかったのに、熱烈に求婚された相手がたまたま今の夫だった。

 相手にしなかったのに、彼はめげずにかなりしつこくエイリッシュに付きまとった。つきまとい方が陰湿だったらたぶんエイリッシュはキレていたが、サイラスは明るくかつ開き直っていた。

 だからなんというかほだされてしまったのだ。


(ほーんと人生って何が起こるかわからないものなのよねぇ……)


 目の前のコーディアを見ていてもそれをしみじみと感じてしまう。運命の糸っていうものはたくさんあるのだ。いろいろな場所に繋がっているそれを、偶然や他者からの介入によって、一点へ行くように示される。エイリッシュもコーディアの運命の糸を引き寄せた。元々ヘンリーは娘をインデルク人に嫁がせるつもりはなかったようで彼女を隣国フラデニア系の寄宿学校に入れていたし、彼は当初フラデニアの貴族たちに自分の娘を売り込んでいた。


 エイリッシュは大好きな親友ミューリーンの娘なら自分とも気が合いそうだし、たまたま彼の求めていたコーディアの夫の条件に息子が当てはまったから立候補したのだ。

 最初ヘンリーはしぶったが、サイラスも巻き込んで彼にライルとデインズデール侯爵家を売り込んだ。


 エイリッシュは手近な菓子をつまんで口の中に放り込む。

「前回の試作品よりも味がまろやかになったわね。こちらのほうが初めての人には食べやすいかもしれないわ」

 エイリッシュはにこりと微笑んだ。

「そうですね。こちらの粥もあんまりにも甘すぎると最初はびっくりしてしまうかもしれませんし」


 どれもすでに何回か試作を重ねていて、エイリッシュもすっかりなじみになった異国の食べ物である。

 お茶会の準備に追われるコーディアは疲れがたまってそうなものなのに、その顔はすがすがしく、楽しそうだ。こういうのを一つずつ積み重ねて行って実績を作っていくのだ。


「今日はこれから商人が訪問予定でございます」

「ええ、わかっているわ。コーディア、あなたが対応なさい」

「はい。エリーおばさま」


 コーディアはエイリッシュの言葉にはきはきと返事をした。彼女は彼女なりに努力しようと動き始めたのだ。

 異国へ連れてこられて塞ぎがちだったコーディアだったがアメリカと話して何か感じることがあったらしい。


(コーディアはうちのライルのこと少しは気に入ってくれたのかしら。だったらいいわねえ、ライル)


 一応愛息の応援もしつつエイリッシュは二人のことを見守ることにした。彼女に提案したひと月の猶予は……どうしよう。とりあえず黙っておこうか。最近はライルの様子も変化してきていることだし。


 こういうのは大人が横槍を入れるとまとまるものもまとまらなくなるのだ。

 最初に盛大な横やりを入れてまとめ上げたからこそ、この先の時間は二人ではぐくんでほしいと思うのは、一応の親心というものだ。

 これでも息子のことも可愛がっているエイリッシュなのである。

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