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 一階の応接間は続き間も含めてすべて解放され、色とりどりのドレスを身にまとった婦人で溢れていた。

 寄宿学校でのレポート発表会の日もこんな風に心拍数が高かったことを思い出す。

 これからの段取りを頭の中で何度も福証をして、それから気取られないように息を深く吸ってゆっくりと吐き出した。


 なにしろ今日のお茶会はコーディア主催なのだ。もちろん表向きはエイリッシュだが、お茶の選定も食べ物も内装もコーディアが見立てた。


 コーディアは主催の娘らしく、派手になりすぎない、落ち着いたえんじ色のドレスを選んだ。味気ない色だが、その分スカート部分にはいくつか切り返しが入っていて、切り返し部分にはレエスがあしらわれている。レエスと同じ色のリボンで髪の毛をまとめている。華美ではないが品よくまとまっている。


「こんにちは、エリー。あなたが大掛かりなお茶会を開くなんて、なんの気まぐれかしら。いつもはもっとこじんまりとした小さな集まりばかりだったのに」

「まあ。わたくしだってたまには本気を出しますのよ……と言いたいところですけれどね。今日はコーディアが色々とアイディアを出しましたの。わたくしは見守り隊ってところですわ」

 エイリッシュは挨拶に訪れた友人にころころと笑った。

 気心の知れた者同士、間に漂うのは気安い空気だ。


「こんにちは。コーディア・マックギニス嬢、ケイヴォンにはもう慣れて?」

 エイリッシュの友人の優しい眼差しを受けコーディアは優雅に腰を折った。

 今日まで何回も練習をした。優雅に、品よく、そして凛と。アメリカのようになりたいと鏡を見ながら何度も何度も。

「はい。毎日がとても新鮮ですわメアリー様。エリー叔母様にもライル様にもよくしていただいております」

「まあま、エリーに振り回されている、の間違いではなくって」

「もう、メアリーったらひどいわ」

 メアリーは「ああこわい」とおどけてその場から去っていった。


 今日招待したのはコーディアがケイヴォンに来て知り合った婦人や令嬢たちである。令嬢たちの姿もちらほら見える。

 令嬢たちは主催者であるエイリッシュの元に順番に訪れる。

 皆美しく着飾っている。矯正下着で腰回りを細く見せ、スカートはふんわりと。

 昼間なので宝石は少なめでその分レースのたっぷりと着いた髪飾りを着けている。

 少女たちはエイリッシュに美しい所作を披露し、隣のコーディアにも見せつけるように同じ動作を繰り返す。


 コーディアも口元に清楚な笑みを保ち彼女たちに相対した。久しぶりに近くで言葉を交わしたが、隣にエイリッシュがいるからか、令嬢たちはしおらしく挨拶をするにとどまっている。

 コーディアは人が途切れたところでふうっと息を吐いた。知らずにお腹に力が入っていたようだ。


 何度も同じ所作で挨拶を繰り返していると、凛とした美しい婦人が現れた。

 透き通った白い肌に輝く金色の髪の毛を丁寧に結い上げたアメリカである。彼女の瞳の色よりも少し陰りのある青色のドレスを優雅にさばいてコーディアの前に進み出た。


「こんにちは。コーディア。今日を楽しみにしていましたわ」

「こんにちは、アメリカさま。ぜひ楽しんでいってください」

 アメリカは顔に微笑を浮かべた。

「ありがとう。そうさせていただくわ。エイリッシュさま、素敵なお茶会になりそうですわね」

「そうね。今日は珍しいお菓子もたくさん用意してあるのよ。楽しんで頂戴な」


 エイリッシュは少女のように微笑んだ。

 アメリカは長話はせずにすぐにその場から離れた。彼女の後ろで待っていた婦人と挨拶を交わし、もう何人かと会話をしてからコーディアとエイリッシュはその場を離れた。


 そろそろお茶会の始まりである。

 とはいえ別に始まりの合図があるわけではない。皆それぞれ席に座り話に花を咲かせている。


「さあさ、皆さま。今日はいつもとは趣向を変えて、ジュナーガル風のお茶の飲み方を提案しますわ。わたくしの可愛い未来の義娘コーディアはかの国で生活をしていましたでしょう。今日はその飲み方に倣ってみましょうと思いますの」

 エイリッシュがよく通る声でしゃべると話声が一斉に止んだ。


「まあジュナーガル風の?」

「まあ、珍しい趣向だこと」

「あなた、飲んだことはあって?」

「わたくし、一度飲んだことありましてよ」

 婦人たちはそれぞれ近くの者同士でさざめいた。


 コーディアが合図をすると、すでに用意されている茶とは別の大きな茶入れポットが運ばれてくる。と、同時にシナモンの香りがあたりに漂う。


「あ、あの。わたしの暮らしていたジュナーガル帝国では、まず水の中に香辛料を入れて徐々に温めていきます。香りが立ったら茶葉を入れ煮だし、それから牛乳を入れます。現地ではチャータと呼ばれていて、とても親しまれています。もちろん租界でも。香辛料の種類は各家庭によってさまざまです」


 コーディアはゆっくりと丁寧に説明をする。味のベースはコーディアが乳母のマーサに作ってもらっていたもの。幼いころに母を亡くしたコーディアは、物心ついたころからマーサ特性のジュナーガル風の菓子や飲み物を食べさせてもらっていた。

 この味が大好きでコーディアはマーサからレシピを聞き出し、寄宿学校の料理番に頼んで同じものを淹れてもらっていた。


「香辛料はわたしの父が経営するマックギニス商会より、一番良い物を取り揃えてもらいました」

 コーディアはそれから今日チャータの中に入れた香辛料の名前をいくつかあげていった。

 婦人たちは時折頷いたり、横の人同士で小さな声で話し合っていた。

「とっても美味しいんですのよ。わたくしが太鼓判を押しますわ」

「コーディアはともかく、エリーの太鼓判はあんまり信用成らなくてよ。あなた昔、紅茶に砂糖を入れようとして間違ってお塩を入れたことがあったでしょう」

 わたくし、ちゃんと覚えていてよ、とずいっとエイリッシュの前に進み出たのはメアリーだった。


「ひどいわ、メアリー。大昔のことを持ち出すことないじゃない」

 エイリッシュは拗ねた声を出すが、まわりの同世代の婦人たちは忍び笑いを漏らした。中には「そんなこともあったわねえ」などとしみじみ頷く人もいて、あたりに和やかな空気が生まれていく。


 メアリーがまず最初にお茶を受け取って一口、口をつけた。

 コーディアは息をするのも忘れて彼女の仕草に見入った。試飲の段階でエイリッシュもおいしいと言ってくれた。

 屋敷の使用人たちにも飲んでもらった。初めて飲む味だが、香りがよく気持ちが和むという言葉をもらった。初めての人でも飲みやすいように香辛料は若干抑えめにしている。


「おいしいわね。牛乳を入れたお茶はよく飲むのよ。でも、こういう飲み方は初めてだわ」


 メアリーはコーディアに向かって笑顔を作った。ちゃんと、心のこもった笑顔だった。

 コーディアは彼女の優しい眼差しを受けて止めていた息を吐き出した。

 メアリーの後に続いたのは彼女の友人たちだった。

 彼女たちが美味しそうにお茶を口にするのを見たコーディアと同世代の令嬢たちがしぶしぶ、その空気に当てられてチャータの入ったカップに手を伸ばし始める。


「今日はジュナーガル風のお菓子もいくつか用意してみました。また、香辛料入りの焼き菓子もあります。よければご賞味ください」

「面白い趣向ね」

「わたくし、あちらのことをあまり知らないのよ。お茶と宝石の取れる国だってことくらいね、知っているのは」

「ねえ、コーディア。こちらはなんていうお菓子なの?」

 最初の一杯を飲み干した夫人らからコーディアは質問を受けて、丁寧に説明を始める。


 今日のために材料や作り方をちゃんと頭の中に入れてきた。父は不在だったが、ケイヴォンのマックギニス商会の人間がケイヴォンに住むジュナーガル人の料理人を紹介してくれ、彼らから色々と学んだのだ。

 もちろんエイリッシュも一緒だった。

 カシューナッツと砂糖、それから香辛料でつくる菓子や、ひよこ豆を粉上にして丸めて揚げたもの、米を牛乳でとろとろに煮込み砂糖とナッツを加えたもの、またディルディーア大陸で親しまれている焼き菓子にジュナーガル特有の材料を加えてアレンジした菓子などを並べてある。


「今日のお部屋の内装も素敵だわ。これはあちらの織物なのかしら」

「はい。ジュナーガルの動物たちが織られた敷物やクッションカバーなどをそろえました。さすがに、本物は持っては来られませんでしたので」

「それもそうねえ」


 婦人はころころと笑った。

 コーディアもつられて微笑む。

 南の帝国にはこちらでは珍しい動植物もたくさんある。コーディアは少しでも知ってもらいたかった。今まで自分が住んでいたジュナーガルの素敵なところを。

 自分なりのやり方でジュナーガルの素敵なところを紹介したいと言ったらエイリッシュが素敵ね、と背中を押してくれた。

 コーディアは求められるままジュナーガルでの生活について話した。


「今日のお茶会は面白い趣向ね、コーディア」


 ほっと一息ついたときアメリカが話しかけてきた。

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