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「だから、きみのさっきの話だが、別にそう急がなくてもいいんだ。貴族の義務とか、私の仕事については時間をかけて知っていけばいいと思う。母上も同じ気持ちだったんだろう。だからあえて話をしなかったんだと思う」
ライルの瞳は穏やかだった。
コーディアを見つめるまなざしは暖かい。この顔をされるとコーディアは自分の心臓が忙しくなることを自覚している。
「で、でも……わたし知りたいと思ったんです」
コーディアは赤くなった顔を隠すよう下を向いた。隠れるのも言い訳をするのもやめようと思ったのだ。
アメリカにあそこまで言われて、逃げていたらそれこそ彼女はもうコーディアに見向きもしなくなる。
それは嫌だと思ったし、ライルが可哀そうなんて言われたくない。彼の隣に、コーディアは並んでみたいと今感じている。
「そうか。私でよければ話し相手になる」
「本当ですか?」
ライルから約束を取り付けてコーディアは嬉しくなった。
コーディアがぱあっと華やいだ顔をライルに見せたから、今度はライルの方が押し黙る番だった。
「……今度、演奏会があるんだ。私も出席するか迷っていたが。もしも、コーディアさえよければ、一緒に出席しないか?」
「えっ……」
思いもかけない誘いだ。
彼と一緒に公の場に姿を現す。きっと、コーディアに意地悪をした令嬢たちも出席をするのだろう。衆人環視の中ライルと歩くことを考えると緊張するし、人の目のあるところが怖くもある。それでもコーディアはこの人と一緒に歩いてみたいと思った。
「別に無理をする必要はない。あまり大げさな催し物ではないが、ケイヴォンに居残ってる上流層の大半は出席するだろう。けれど、もし出席するのなら、きみの経験にもなると思う」
「……はい。わたしでよければ……」
コーディアはおずおずと答えた。
◇◇◇
ライルときちんと話をしたコーディアはその翌日、エイリッシュの元を訪れた。
「あら、どうしたの?」
エイリッシュは読みかけの本にしおりを挟んでコーディアを迎え入れてくれた。
「そうだわ、美味しいチョコレートをいただいたの。あなたもどうかしら?」
エイリッシュはコーディアを本当の娘のようにかわいがってくれる。
「ありがとうございます。あの、エリーおばさま、わたし今日はお願いがあるんです」
コーディアは意を決した。
「あら、なあに?」
エイリッシュは小首をかしげた。
「あの。わたし、いくつかのお茶会に参加させていただきました。だから、その……招いてもらったお礼に、わたしも同じような会を開きたいのです」
エイリッシュはコーディアの話を聞き終えると目をまんまるに見開いた。
相当予想外の言葉だったらしい。
「ど、どうしたの、急に」
「はい。わたし、考えました。逃げていたら駄目なんだって。アメリカさまに見抜かれて、呆れらえて、わかりました。わたし、ずいぶんと甘い考えだったなって。だから、わたしのほうからわかってもらえるように努力しようと思ったんです」
コーディアは自分の考えたことを一生懸命に伝えた。
コーディアの言葉にエイリッシュは見開いていた瞳を細めて行った。
「わかったわ。わたくしもね、そろそろ何かしようと思っていたの。最近お呼ばればかりだったから。ちょうどいいわね、まだあなた一人の名前で、というわけにはいかないからわたくしと連名で。でも、あなたがやりたいように考えて実行してみて頂戴な」
「いいのですか?」
「ええ。わたくし、嬉しいわ。コーディアが元気になってくれて。この調子で今度領地に行ったら乗馬とかしましょうね。わたくし体を動かす方が好きなのよ」
エイリッシュはふふふと肩を揺らした。
お茶会と乗馬を同列に並べるエイリッシュもある意味変わっている。けれどコーディアはどちらのエイリッシュも素敵だと思うし、自分もいろんなことに挑戦したいと思えるくらいには開き直った。
「はい。わたし、インデルクの良いところをたくさん見つけてみせます」
「あら、頼もしいわね」
「だから、あの。わたしムナガルの、ううん、ジュナーガル帝国のことを皆さんにもっとわかってもらいたいなって思っていて」
と、そこでコーディアは自分の考えたお茶会の計画をエイリッシュに伝えた。
聞き終わったエイリッシュは瞳をきらりと輝かせた。
「あら、いいじゃない。いつもと趣向を変えるのは大賛成よ、わたくし」
「ありがとうございます」
自分の意見が通ってコーディアはいきおいよく頭を下げた。ここで駄目だと言われたらやる意味が無くなってしまう。
「けれど、大変よ? 準備に追われる日が続くかも」
「望むところです」
コーディアは明るく言い切った。
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