輝・3
*****
眠っていると、かたかたと音がする。
輝が、自由を求めてもがいているのか……。
私は、その音に耐えきれずに飛び起きた。
「流緒?」
暗がりの中、声がした。
隣で眠っていた紗羅を起こしてしまったらしい。
「すまぬ。音が……」
紗羅は、やや寝乱れた黒髪を、手で梳きながら身を起こした。
やや甘ったるい香りの温い空気を肌に感じる。それだけで、私は少し安心できる。
「欄窓が少し開いていました。いたずらな風が、戸板を揺すっているようです」
紗羅は、すくっと立ち上がると、窓をしめようと背伸びした。
風でなければ通り抜けられぬ隙間だというのに、まるで紗羅がそこから逃げ出してしまいそうで……。
私は切なさに耐えきれなくなり、紗羅の細い体を後ろから抱きしめた。
絞め殺してしまいそうな力に、紗羅はかすかにうめき声をあげ、少しだけ体を堅くした。
そして、苦しいと言うかわりに。
「……ただ……窓をしめるだけですから」
紗羅は、私の不安をよく知っている。
「すまぬ」
謝りつつも、私は抱き寄せる力を緩められずにいる。
孤独な岩屋から私を救い出してくれたのは、紗羅だった。
膝を抱え、自らの白い髪に包まれるようにして、泣き続けていた私の前に、突然現れた美しき少女。
『おまえに、何がわかるのだ?』
『何もわからない。でも、わかりたいのです』
その時以来、紗羅が私の生きる意味となった。
だが、同時に、喜びであり、苦しみともなった。
「大丈夫。もう風はこない。安心してお眠りになって」
紗羅の手が、堅く握りしめている私の手を、ぽんぽんと軽く叩く。それで、やっと、彼女が楽に呼吸できるほど、手を緩めることができる。
私と紗羅は、おそらく語るべき物語のまっただ中にいる。
紗羅は沙地の国の女王。私は、建前上紗羅の兄であり、実際は夫婦の約束を交わし合った仲である。
明日をも知れぬ不安の中で、お互いを半身とし、寄り添い合い、運命に翻弄されながら、日々を過ごしている。
もしも、輝が本当に存在していて、私との約束を守り、この世界を去るときに、語るべき物語を語って去るのだとしたら……。
願わくば、その物語が紗羅の幸せを語るものであるよう――
私は、そのために生きている。
=了=
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます