子の心、親知らず

濱野乱

第1話

裕太がリビングでテレビを観ていると、父親がソファの隣に座った。最初は気にならなかったが、何も言われないので不審に思った。


「何?」


「面白いか、テレビ」


テレビには妖怪の出てくるアニメが放送されている。裕太はそれほど熱心に視聴しているわけではなかったので、父親にリモコンを譲った。


「違うんだ。父さんと、風呂入らないか」


裕太が最後に父親と風呂に入ったのは小学一年の時だった。裕太は今年、四年生になり、親の意見に逆らう回数も目に見えて増えていた。


「やだ……」


父の細い目に悲しみが広がる。裕太は顔を背けた。


台所にいる母が、入っちゃいなさいと目で訴えてくる。裕太は仕方なく父親に翻意を伝えた。


「そうか、よかった〜」


父が安堵すると、裕太も胸のもやもやが晴れていく気がした。


浴室は母のおかけでカビ一つなく清められている。共働きのため、父も休みの日にやると言ってはいるが、口だけだ。母の愚痴を聞かされている裕太は、父は口先だけの男という印象を受け入れつつある。


父の体は細くもなく、余計な贅肉がついているわけでもなかった。昔はサーフィンをやっていたらしい。今でも、週末はジムに通っている。


背中を流しあって、狭い湯船に浸かる。裕太はこの時間が苦手だ。父は五分間浸かれと言って聞かない。裕太が誘いを断りかけたのはそういう理由もある。


「父さん、福岡に単身赴任することになった」


「ふーん」


裕太は顔を真っ赤にし、口に出さず数を数えていた。


「さすが悟り世代は響かないな。リアクション薄」


「メディアの言説素直に受け入れるようになったら、年寄りなんだってさ。ネットに書いてあった」


一本取られたというように父は額を叩いた。


「父親って何のためにいるんだろうな。単なるATMか。お前に何をしてやればいいのか全然わからんよ」


父の真剣な問いを裕太は聞きそびれた。後二分で解放されるのだから必死だ。


「さて、もう出るか」


腰を上げた父の手に裕太が触れた。


「後二分あるよ」


「お、おう……」


父は息子が一刻も早く風呂を上がりたいと考えていると思い込んでいたため、面食らった。


「別に父さんと一緒にいたいわけじゃないんだからね。家の決まりだから」


「そうだな、決まりは守らんといかんな。でものぼせんなよ」


父は少し大きくなった息子の側に再び腰を下ろした。


湯船が狭くなってきた。頑張って働いて大きな風呂を改築するのもいい。今より一回り大きくなった息子と一緒に入る所を想像し、父は口元を綻ばせた。

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