(2)


 恐る恐る眼を開けると、タザルがハッキリとした怒りの形相で、ソリスの後ろを睨み付けていた。

 一体後ろに何が……? と考えて、ソリスはハッと思い出す。

 慌てて後ろを振り返れば、レインコートのフードを目深に被ったままのイオラインがゆっくりとした足取りで歩いて来るところだった。

今の今まで蔑ろにしていたイオライン。ずっと事の成り行きを見守っていたイオラインが、沈黙を破って介入して来たのだと知り、ソリスは心の底から安堵した。

 それこそ、半身をごっそりと持っていかれた空白を埋め尽くすほどの安心感と温かさ。

 だが、それも一瞬のこと。自分の背後でタザルが立ち上がる気配と同時に、タザルが低い声音で問い掛けた。

「お前、誰だ。人の感動の再会に水を差す真似しやがって。いつまでここにいるつもりかと思っていたが、黙っているなら構わないと思って無視していれば、何口出ししてやがる」

「こっちだって、感動の再会だったらわざわざ口出しなんてしなかったさ。ただ、余りにも余りだったのでね。これ以上二人の心を傷つけるようなら黙ってはいない」

「ふん。どうしようって言うんだ? お前もこいつらに惚れた口か?」

「僕はその子達の『保護者』だよ」

「はあっ? 保護者だ? 何馬鹿なこと言ってやがる。保護者は俺だ!」

「一緒にするな」

 ハッキリとした侮蔑の声。タザルの顔が怒りに引き攣る。

「僕は君との約束を果たすためにここに来たんだ」

「約束だ? 知らねぇな!」

「そうか。この声を聞いても思い出さないか……」

「声? 声がどうした。何わけのわかんねぇこと言ってんだ? いい加減名乗れ! お前は誰だ!」

「僕かい? 僕は、君だよ……」

『っ?!』刹那、フードを取ったイオラインの顔を見て、タザルの眼が大きく見開かれた。

「た、タザル!」

「お、俺がもう一人!」

 同じことがゴウラにも言えた。露骨な動揺は、タザルとゴウラを後ずらせた。

「な、何なんだ、お前。どうして俺と同じ顔をしている?!」

「そんな馬鹿な……タザルはここにいるのに、これは何かの間違いだ」

「どうして? 自分と同じ顔を見るのは初めてかい?」

 イオラインが近付いた分、タザルが下がる。その顔にはハッキリと怯えの色があった。

「僕は昔、君と会っているんだけどね。覚えていないのかい?」

「知るか! 俺はお前なんか知らない! タザルは俺だけだ!」

「そうだよ。タザルは君だけだ。だから僕には君の代わりにはなれない。どれだけ同じだとしても、君と僕とは別物だから。だからこそ、君は僕に頼んだんだ。自分に万が一のことがあったら、自分を慕う女の子達の面倒を見て欲しいって。その子達の願いを叶えて欲しいって。頼めた義理じゃなが、助けてやって欲しいって。だから今回僕はここに来た。君達がディアナを攫ったから。ソリスがディアナに会いたいと望んだから。まさか君に会えるなんて思っても見なかったけど、声や顔は同じでも、どうやら中身は別人のようだね」

「う、うるさい!」

「ごめんね、ソリスにディアナ」

 タザルから自分達を隠すかのように間に立ち、申し訳なさそうな声でイオラインが謝って来る。何故謝って来るのかと見上げれば、イオラインは背中を向けたまま続けて来た。

「本当なら、もっと早くに口を挟むべきだった。そうすれば余計なことを聞かずに済んだかもしれない。今のように綺麗な思い出や楽しい思い出を踏み躙られずに済んだかもしれないし、傷つかなくて良かったかもしれない。でも、確かめたかったんだ」

「何を……確かめたかったの?」

「あのタザルが本物かどうかだよ」

「え?」それは思い掛けない言葉だった。本物かどうかと言うことは、裏を返せば偽物である可能性もあるということ。だとすれば、目の前にいたタザルは幻影と同じような存在だということになる。

 暗闇の中の一つの光明。もしかしたらという期待が膨らむ一方で、タザルが声を荒げた。

「何勝手なこと言っていやがる! 俺は本物だ! 本物のタザルだ!」

「いいや。君は偽物だよ」

「なっ、何を根拠に……」

と、訊ねて来たのはゴウラの方。対してイオラインは淡々と答えた。

「まず一つ。君達のやり取りは不自然だ」

「何?」

「確かに、君達が結託して『銀の鬣』を乗っ取ろうとした……という部分の真偽は置いて置くとして、それを二人に聞かせる意味がない。君はその理由を、『ディアナに二人でいるところを見られたら、バレてしまった。その話をディアナの口からソリスに伝わるのは可哀想だから』と言っていたけど、君は一体いつ、ディアナに二人でいるところを見られたんだい?」

「そ、それは……」

「もしもそれが、この籠の中にディアナを閉じ込めた後の話だとしたら、それは確信犯的に見せびらかせたとしか思えない。まぁ、この場合、閉じ込めた後か前かはさほど問題にはならないんだけどね。どっちにしろ、ディアナがいる場所でわざわざ二人揃って現われなければいいだけの話なんだから。それぐらいのことは誰でも考え付くと思うし。それなのにあえて二人で現われたなら、勘繰ってくれと言っているのと同じだよ。

 その上で、黙っていればいいことを散々暴露して、二人がタザル――君の事を好きでいる保証はない。もし、効果的に惚れさせようとするのなら、それこそ、その鳥籠の中からディアナを救い出し、ゴウラを倒せば確実に君はディアナの心を掴めたはずだよ。その後に、自分が捕まっていたときの事を話して、どれだけ二人の事を心配していたかを切々と語れば、二人の信用は確実に得られたはずだ。なのに、それをしなかった。

 僕から見れば、あえて自分のことを嫌ってくれ。憎んでくれ、嫌悪して軽蔑してくれと言っているようなものだよ。もしかして、本当にそれが目的だったのかい?」

「な、んで、わざわざそんな自分を貶めるようなこと……」

「だから、それが解らない。解らないと言えばもう一つ。僕の顔を見ても何も思い出さないこと。それが二つ目の理由」

「何?」

「考えても見たらどうかな。自分と瓜二つの人間。自分と全く同じ声を持つ人間。そんなものと出逢ったなら、普通何年たっても忘れられないことだと思うけどね」

「知るか! そんなのお前の作り話だろうが!」

「まぁ、そう言われてしまえば証明する手段は何もないんだけどね。

 でも、だったらどうして赤の他人の僕がソリスの願いを聞き入れてここにいるんだい?」

「それこそ知るか! その女に誑かされたんだろ!」

「だから、そういう傷つける言葉をそれ以上言うなと言っただろ!」

『!』

 突然の大声に、誰もがビクリと首を竦めた。

「いいか。あのとき、僕の目の前に現われたタザルは、本当にソリスとディアナの事を心配していた! 泣き虫なソリスと、心に壁を作って自分を守っているディアナの事を!

 いつか陽の当たる世界に出て行くとき、自分のような陰の人間が傍にいたらマズイことになるかもしれない。だから、同じ顔のよしみだ。助けを求められたら助けてやって欲しい。そう言っていた。彼は本当に彼女達の事を心配して大切にしていたんだ!

 それを、そんな立派な人間を、同じ姿で貶めるな!」



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