第34話

「どうしてなの」


「別にこの子に恨みはないわ。この子の妹が少し度の過ぎた悪戯をしてたからちょっと痛い目に遭ってもらったのよ。そうしたらこの子がやって来て」


「そんなこと言ってんじゃないの!」


「ごめんなさいねハルヒ。それには答えられないわ。自分で考えて答えを見つけて。まあもっとも」


 と言って森さんはニコッと微笑んだ。


「ここから無事帰ることができたら、の話だけれども」


 その瞬間、ハルヒは下ろしかけていた銃の照準を森さんに再度定めた。


「ねえ。あなたは私を誰だと思ってる?」


 森さんは急に話を変えた。森さんは森さんだろう。ホームズの世界でいえば、兄であるマイクロフト・ホームズの役のはずだ。


「せっかくこの偽名もヒントにしてあげていたのに」


 名前。森園生さん。森さん。もりさん。


「あ」


 この世界がシャーロックホームズの世界観だとすれば。


「モリアーティー教授!」


「ご名答」


「じゃあ次の質問。私の忠実なるモランは今何処で何をしようとしていると思う?」


「どうせ計画通り事が運ぶと思って油断してるんじゃないかしら。ルパンが勝てばあたしたちが死に、あたしたちが勝てばルパンが死んで、次の機会に残った方を片づけようとでも考えてたんじゃない?」


「うふふ、残念。モランはそこまで愚かじゃないわよ。あたしが手塩にかけて育てたんだから。まだ甘いところはあるんだけれど、十分実戦に堪え得るんじゃないかと思っているわ。きっとハルヒ達も驚くと思うわよ」


 そう言うと森さんは左手をすっと持ち上げた。ハルヒが油断なく銃を構えなおす。


「そんなに怖い顔しないで。キョン君に嫌われちゃうわよ」


 そう言って森さんは指をパチン、と鳴らした。ただ鳴らしただけ。何も変わったことはなかった。


 俺とハルヒは森さんしか見ていなかった。というより森さん以外目に入れようとしなかった。だから、ハルヒの横に人影が映った時俺たちは心底驚いてしまった。


 その人影はハルヒの真横で膝をがくんとつき、さっきの長門のように前のめりに倒れ込んだ。一昨日鶴屋さんによって防がれたであろう状況そのまま、つまりナイフがドレス越しに背中に突き刺さった状態で。


「み…みくるちゃん?」


 ハルヒの銃口が森さんから外れた。次の瞬間森さんが自分の銃を拾い上げようと動いた。だが俺の方がほんの僅かに早かった。


 俺は銃を森さんに向けたまま朝比奈さんのそばへ寄った。ハルヒは朝比奈さんの名前をずっと呼び続けながら揺すっている。だが朝比奈さんはピクリともしない。


 ここで森さんがふうっとため息をついた。


「銃は取れなかったわね…もう少し有利な状況を作りたかったんだけれどまあいいわ。お手柄よモラン大佐。それともSebastian Moranと呼んだ方が良かったかしら」


 森さんの視線の先で俺は見た。右手に銃を構え、顔面蒼白になっている古泉一樹を。

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