VS 女神フロラン の絶望 その2

「タカユキさん。気をたしかに。これをのんでください」


 パイセンがオレを抱きかかえると、ちいさなカプセルを3つ口に含ませてくれた。それを水筒の水で流し込む。すると、霧が晴れるように意識がはっきりしてきた。

あれだけの致死攻撃をうけたのにすごい回復効果だ。


「うっ、うう。……パイセン。これは?」


「貴重な不死鳥フェニックスを生け捕りにして、最高の環境下で飼育して生ませた卵からとりだした不死鳥エキス配合の『いきいき不死鳥フェニックス卵黄』です」


「ええー! なにそのスペシャルな配合。めっちゃ効きそうなんですけど!」


「わたしのビジネスなんです。健康で異世界に貢献する企業ギルドをめざしているんですよ」


「って、やめて資本主義!」パイセン。どうりで景気がいいわけだ。


「3ヶ月飲んで効果を実感できなかったら返金します」


 飲んでも実感できなかったら返金してもらえるんだ。なんて良心的な……。


「マジすかパイセン。あとでオレにも売ってください。勇者割引とかありますかね?」 


「もちろんです。冒険者割引が適用されます。冒険者は身体が資本ですからね。しかも代金は分割払のうえ金利手数料は無料。クエスト報酬から天引きされますから、すぐにお申し込みいただけます」


「ほうほう……って、パイセンちゃう! とちゅうからさりげなく健康食品の通販番組みたくなってる! 商売上手かっ!」



 ☆



 気をとりなおして、フロランに向き直る。


「こら! いうにこと欠いて地味顔陰キャて! 端的に言い過ぎでしょうが! そこは『主人公顔』とか『年齢相応でよくみる顔』みたいな感じで、うまく濁しなさいよ! 女神でしょうが!」


「あんたが端的にっていったんじゃ……」


「身体の傷は癒えても、心に負った傷は癒えないんだぞ! ……そう、けっして癒えることはない!」


「ふーん……」興味がなさそうに生返事をするフロラン。


 『でも、人は乗り越えることができるの!』拳をつよく握って、サスペンス劇場の女優沢口〇子ばりにオレが続けようとしたところ。


「じゃあ、試してみる? その言葉がほんとうかたしかめよう」気味の悪い笑みをうかべるフロラン。その邪悪な表情に背筋がぞくりとした。


「な、なんだよきゅうに」


「癒えない身体の傷をあげるね。さようならタカユキ。また転生できるといいわね!!」


 フロランがオレに向けて両手を突き出すと、爪先から稲妻を放ってきた。亀裂のように空中を奔る無数の電撃がオレの身体を貫く。


「!? おぐっ、うぐぁあああああああああ!!」


「女神であるこのわたしに逆らった愚かさを悔いるがいい!」


 意識を集中して魔法抵抗を試みるが。威力が違いすぎる。これが女神の力……。さすがは神というだけのことはあった。勇者であるオレも稲妻系魔法を得意とするが桁違い。まとわりつくような、むしばむような粘りのある電撃。

 頼みの綱のパイセン仕込み『勇者スキル』も、真正面から堂々と攻撃されては発動しない。


「異世界は女神であるわたしを中心にまわっている。否、わたし自身が異世界なのよ。この素晴らしい世界にあんたみたいな異物は要らない!」


 フロランが稲妻を放ちながら一歩二歩と前に進む。オレとの距離が近づいた分ダメージが増える。全身の力が入らず、かまえていた両腕もストンと落ちてしまった。かろうじて立ってはいるけど、まったくの無防備。これは本気でダメかもしれない。女神の力がこれほどだったとは……。


「ぐっ……フロラン。おまえさっき……力をうしなってしまったって」


「は? そんなの嘘にきまってんでしょうが! バカじゃないの? そう言えば燃えるでしょうが! 童貞君にはわからないでしょうがね!」


「ど、童貞じゃないし!」


「あはは、笑える。こんな状況になっても見栄を張るとはね。パーティメンバー全員から振られたあんたが、誰とくっつくっていうんだ!」


 女神の稲妻の威力を上げるフロラン。


「ぐああ……ッ。パーティメンバーじゃ……ない」


「ふーん。どうせオークかゴブリンみたいな女なんでしょ! しょぼいあんたにはお似合いの!」


「ぐ……残念だったなフロラン。リエルは……リエルは! おまえなんかよりぜんぜん可愛いね! おまえたちのようなビッチと違ってな!!」


「!? う、嘘だ!」


「本当、さ……」


 視界がすうっと極端に狭くなる。意識が遠のいてきた。……どうやらここまでのようだ。


 リエル。オレが帰ったら……ごめん。帰れそうにないけど。そうしたら、またいっしょに飯くおうな。君の話。その日、君が図書館で読んだ本の話を聞くの……すきなんだ。話に熱中して、身振り手振りして……なんどもコップをこぼしたよね。そんな風にすごした君との時間が、たまらなくすきだ。リエル……。君のこと、リエ……。


「そ、そんな言葉にだまされないから! ……でも、なんていうさわやかな笑顔なんだ。死を前にして、そんな笑顔ができるはずが……!? え、まさか? マジ? マジ話なの? だっ誰? いったい誰と……」


 目を泳がせ、あきらかに動揺するフロラン。その心の動きに反応するように、放っている女神の稲妻の威力が弱まった。


 ――瞬間。駆けだした人影。


「いまです!」


「……えっ、パイセン?」


 パイセンが電撃を全身に受けながらも、勢いよくフロランに抱きついた。

 女神は反射的にパイセンを自身の身体から引き剥がそうとするが、とうぜん爪先からは稲妻を放ったままだ。そうして抱き合う形になった二人は、もろに稲妻を受けることになり、バチバチとショートしたような神の電撃に包まれ――


「「うぐキャぁあああああああああああ!!!!」」


 言葉にならない二人の絶叫が、まざりあって響いた。

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