絶望と絶望の間 その1

 場末の異世界酒場にオレはいた。


 パイセンに置いてきぼりを食らったオレの足は、しぜんとそんな場所に向かっていた。さすがのオレも共に冒険をしたパーティメンバーとの再会の酷さに精神的に参っていた。飲まないとやっていられない。とにかく酔いたい。そんな気持ちに陥っていた。


「アントワーヌ……。レフィエ……」


 とりとめもなく思い出されるとの記憶。

 異世界での出会い。冒険をした過程。そして……別れ。


「みんな居なくなってしまった」


 目を瞑れば彼女たちの姿が鮮明に思い出される。まだ生きているという感覚にとらわれる。きっと幸せに生きているんだ。平和がもどった異世界で……平穏に。


 でも、げんじつは……。現実は、信じたくない。


 酒杯がすすむ。


 どれだけ飲んだのだろう……。酒場特有の喧噪に包まれながら、アントワーヌとレフィエの声や姿を思い浮かべていると、なにが現実なのか溶けてわからなくなってくる。そもそもここは異世界で、オレがいた世界とは別の世界で……。もしかしたら夢なんじゃないだろうか。いままでのこと、ぜんぶ。


 次第にいろんな境界線がおぼろげになってきた。それでいい。ぜんぶ混ざりあって溶けて無くなってしまえばいいんだ……。


「もしゃもしゃ。鶏の唐揚げはうっまいのう……もうなくなってしまった。魔王城から持ち出したわずかな金では週に一度の贅沢。これがせいぜい。そろそろ余の寝床に帰るとしようかの……。ん? そなたは」


 そんな声がしたのでふりむいてみると、テーブルを挟んだ向こう側で食事をとっている異様に美しい少女がいた。服装こそ普通の町娘風だが、紅眼に長い黒髪。際立つ白肌に人間離れした美貌……。

 魔王ドヴァリエールだ。一度見たらわすれないぞ! 可愛いから!


「魔王! こんなところで何をしている! うらぁ!」


 オレは立ち上がり、彼女のテーブル上のものを剣でなぎ払って刃を突きつけた。

 女どもの叫声が酒場にあがり、男どもは喧嘩だとはやし立てる。


「やはりそなたは勇者か……。ちょっと見ぬ間に、ずいぶんと荒んだ目をしておるのう……。それにしても、街中で挨拶もなしに剣を突きつけるとは如何なものか?」


「う、うるさい! どうせ、おまえもビッチで! クソビッチなんだろが!」


「びっち? なんのことじゃ?」


「問答無用ォ! オレにはすべてお見通しなんだ! あと、どうせ世界征服でも企んでいるんだろうが! ぜったいそうだ!」


 オレは剣をブンブンと振り回すが、ちっともあたらない。


「よせ勇者! 何があったのか知らぬが、ここでは人目がある。酒場じゃぞ!」


「どうせおまえも……どうせ男が! 男ェ……お、お……ォ。うぷ!? うオロオロオロオロオロオロオロオロオロオロ!!」


 盛大にキラッキラをぶちまけたオレの視界は歪んで、そこで記憶がとぎれた。

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