パイセン勇者とエルフ嫁にみせつけられる絶望
パイセンの後をついていく。
しばらくすると、周りにあるビルを圧倒するような、ひときわ明るくおおきなマンションに着いた。いわゆる億ションとよばれる類いのものだろう。しなびた団塊といった風情のパイセンには似つかわしくはない、豪華すぎるエントランスを抜けてエレベーターで最上階へ。
こんなところに住めるなんてうらやましい。って、パイセンは仕事なにしてるんだろう? 勇者ってほんとうはもうかるのかな? オレにはなにもないけれど……。
部屋についた。中からでてきたのは丈の長いパーカーにニーソ装備の女の子だ。娘さんかな? いや、下手をするとお孫さんかも? そんな彼女は、目深にフードをかぶっているので顔はみえない。
「ルイユ。ただいまもどりましたよ」
「おかえり。寂しかったんだから! ……って、この人、誰?」
彼女とバチッと目が合った。端正な顔立ちに切れ長のグリーンアイが覗く。
「おっわあ……。めっちゃ可愛い……」おもわず口にでてしまっていた。異世界でたくさんかわいい子をみてきた(だけ<泣)けど、そんなオレでも感嘆してしまうぐらいの、とびきりの美少女だ。
でも、そんな少女は何故か敵意むき出しで、オレをキツく睨んできた。
「もしかして浮気? 浮気だ! いくらボクに生産性がないからって! 酷い酷い酷い!!」
パイセンに飛びかかり、ぐいぐいと首を締め上げる女の子。浮気って……なにをいっているんだろう。オレとパイセンをみて浮気て……。勘違いできる要素がひとつもないんだけど。
あと、生産性ってなんですか?
「ぐ、ぐえ。……か、勘違いしないでください。彼とはなんでもありませんよ。友人……いえ、古い知り合いですよ……ある意味で」
「知り合い? ことばだけじゃ信じられないから! だったら証拠をみせて! はやく! さぁ、はやく!」
「ハイハイ。わかりましたよ」
慣れた様子で、めんどくさそうに応対をするパイセン。証拠ってなにをするんだろう?
そんなことをおもった、次の瞬間。二人はおもいっきりキスしてた。
しかもディープなやつ。激しく舌と舌を絡ませてキスしてる。
「って、孫みたいな女の子相手に、いきなりなにしてるんですかパイセン!」
「ぷあっ……タカユキさん。彼女はルイユ。みたとおりエルフです。って、これじゃわからないですね」そういって女の子のフードを上げるとそこには先端が尖った特徴的な長い耳。
「……エルフ。なんで
「ルイユは嫁でして。こうみえても、わたしより遙かに年上で――いたっ」
「年齢のことはいわない約束! ハイ続き!」
そういって、また舌を絡ませるパイセンとルイユ。ぱっと見た感じ、豪華マンションの一室で少女相手に団塊がキスしてるって危険な香りしかしないけど……相手がエルフだったら仕方が無いよね。すくなくとも年齢の部分はセーフだよね。って、こんな可愛いエルフ嫁て――イラッ。
「パイセン勝ち組ですか! 貴方どんだけの勝ち組なんですか! それをオレにみせつけてるんですか! 異世界で世界を救ったのに、ハーレムはおろか、嫁の一人も持ち帰られなかった『The絶望勇者』のオレに、みせつけてくれてるんすか! そんで夜な夜な地表を見下ろしてエルフ嫁と酒でも飲んでいるんですか! この人類の敵め! 大嫌いだ! 隕石堕ちろ! とりあえず、そのキスやめろ!!」
「おちついてください。これには深い、深い理由があるのですよ……」
「深い理由……?」
「三十分に一回キスしないと。ボクは死ぬんだ……」と、伏せ目がちにルイユがいう。そのシリアスな表情からは相当な事情が想像できた。
キスをしないと死ぬ。マジか……。異世界勇者の俺にはなんとなく理解が出来る。呪いとかそういうものなのかもしれない。パイセンも勇者だし、異世界で過去色々とあったのかもしれない。それなら仕方が無い――
「……という設定」
「設定かよ! ぜんぶ嘘じゃんか! あと、てへぺろやめろ!!」
「嘘じゃない。キスをしないと死んじゃいそう。この気持ちに嘘はないから……」
「気持ちの問題かよ! はいはい勝手にやってろ!」
「言われなくても、そうする。きょうは5回分溜まってるから。ねっ? おにいちゃん。さ、屈んで。はやくはやく」パイセンを壁に押しつけて、貪るように飛びかかるルイユ。
おにいちゃんて……。いい趣味しているよパイセン。
このあと。目の前でむちゃくちゃキスされた。
⭐
パイセンとエルフ嫁のルイユさんは二人暮らしだった。聞くと、もう30年近くいっしょに居るのだという。だだっ広いマンションの部屋は、綺麗だけど、どことなく殺風景に感じる。
「ルイユとの間に子供はできないのです」パイセンはそういった。
「ごめんなさい。ボクに生産性がないばっかりに……」気にしているのだろう。深くうなだれるエルフ。優しくなだめるパイセン。そんでキス。
それはそうかもしれない。エルフはなにせ異種族だ。人間とは外見は似ていても別の生き物だ。それが証拠に寿命がちがう。30年も少女のままのルイユさんを見るまでもなく、成長具合もまるで違う。人間と比べるとエルフはまるで植物。樹木のようだ。
パイセンのマンションの一室には床一面に池のように鏡が敷かれた部屋があった。オレ達はそこにいる。
「この鏡で異世界がみえるでしょう? これで見させてもらってました。
タカユキさんの冒険の一部始終を……。その……。いろいろと、残念でしたね……」
そういいながら、ククッと嗤うパイセン。ぜんぜん残念っておもってないよね! 失敗だとおもっているよね? ええそうですよ。あんたらがキスしまくっている最中にも、オレは勇者をがんばってたんですよ! でも、オレの異世界は大失敗でしたよ!
「あれはないない」と、手をパタパタするルイユさん。
「だって、だって! ……アントワーヌとは、ぜったい……いけると思ってたから! まさか振られるなんて。しかも王子の許嫁て……。あとはパニックで。オレ、頭が真っ白になって……ううっ」
「今はその傷を癒やしましよう。なににせよ、物事を為すにはあせらない事です。またやりなおせばいい」
「やりなおすったって……もう、異世界には戻れないし」
「戻れますよ。異世界には」
「それ、
「ええ。この鏡は異世界と繋がっていますから。ホラ」
そういって鏡に手を突っ込むパイセン。表面がまるで水面のように波打って手が中に消えている。異世界と行き来できるってフツーの勇者じゃない! パイセン、パねぇ!
「やった! じゃあさっそく異世界に戻りましょう! オレやり直します! そうだ! アントワーヌにもういっかい告白してきます!」
「それは止しましょう……。いまはまだ早い。そうですね今は夏です。冬ぐらいまで待ちましようか」
「冬までって……。半年ぐらいありますよ……そんなに何故? なにをするんですか?」
「その間に貴方を鍛え直します。……あれですよ、勇者にはよくある修行フェイズといったところです。大事ですからね修行」
⭐
――半年後。
オレとパイセンは、異世界にもどってきた。ライトール王国の城に。
姫騎士アントワーヌのいる城の一室に。
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