VS 姫騎士アントワーヌ の絶望

 姫騎士アントワーヌ。


 女神フロランに誘われた異世界で、最初に出会った仲間。


 彼女のライトール王国が魔王軍侵攻の前に敗北し、逃亡しているところを救ったのが縁だ。それから共に冒険の日日を過ごして王国を開放したのだけれど……。


 隣国の王子という許嫁がいたんなんて。二年ちかい冒険の間、ひとことも聞かされていなかった。「魔王を倒したら~」って、オレがそこはかとなく想いを伝えたら、だまって微笑んでいたじゃんか!


 オレとパイセンは、そんなアントワーヌの部屋にいる。暗闇に支配されたなか、ランプの灯りがぼんやりと天蓋に覆われたベットを浮かび上がらせていて――


 ベッドが軋んでいる。睦み合う男女の姿。

 アントワーヌと、許嫁だという隣国の王子だろう。


「じ……じょうじ」

「そのようです」


 ……そうか、そうだよな。


 魔王を倒してから半年も経っているんだ……告白をやり直そうとおもったけど。アントワーヌに伝えたい言葉を、いろいろとかんがえてきたけれど……もう、オレの出る幕はなさそうだ。女々しいけど、すこし泣きそうになる。


 ぜんぶ終わったんだね。考えてみれば姫と王子、お似合いのカップルだ。お幸せにアントワーヌ。


 かっての仲間よ。君との冒険はとっても楽しかったよ。勇者とかヒロインとか、そういうのってどうでもいいんじゃないかな? 男女を超えた人間同士の友情もあると思うんだ……。


 素晴らしい思い出だけを胸にしまって、だまって去ろう――


勇者アイツじゃなくてよかったの? 君とライトールを救ってくれたのだろう?」

「フン。タカユキでしょ。魔王をたおしてくれれば用済みよ。だいたい、あんなどこの馬の骨ともしれない、冴えないヤツ嫌」

「たしかに、私もいちど見たけれど、あんなどこの馬の骨かしれない冴えない陰気なヤツが勇者だなんてね」

「そうそう、誉れあるライトールの王族であるわたしが、あんなどこの馬の骨かしれない冴えない地味な陰キャに抱かれるなんて、考えただけでもおぞましい」


「冴えない冴えないうっさいわ! あと、陰キャとかやめろ!!」


 オレはおもわず叫んでしまった。


 いうにことかいて、陰キャて……言っていいことと悪いことがあるだろ! そこは『口下手』とか『朴訥な方』だからとか……もっと優しい表現があるでしょうが! 気にしてるんだぞ! 


 ――って、しまった。


「うん? そこにいるのは誰だ!」


 オレの声に気がついたのだろう。王子の尖った声が部屋に響いた。バッと跳ね起きるアントワーヌと王子。


「ん!? タカユキ? 元の世界に還ったはずじゃなかったの? 何故こんなところにいるの?」

「タカユキ? ああ、こいつが例のか。どうせ未練たらしく君を追ってきたのだろうさ。冴えないうえに、しつこい男とは。それに、もう一人いるようだが?」

「そっちのみずぼらしいらしい年寄りは知らない顔ね。どうせ冴えない勇者サマのお仲間でしょ」

「そうか。ふふ、お似合いの、馬の骨コンビじゃないか」

「冴えないヤツだとはおもってたけれど、ねやにしのびこむとは、ほんと見下げ果てた男ッ! 気色悪いんですけど!」


 敵意むき出しのアントワーヌ。

 かってのパーティメンバーが完全に敵だ。そんなふうにオレのことを思っていたなんてショックだった。聞かなければよかった……。オレなりにがんばって、冴えないかもしれないけどさ、命を賭けて救ったじゃないか。君と君の国を救ったじゃないか。


 なのに……それなのに。


者共ものども! であえ、であえい!」


 ――チリリリン!

 王子がハンドベルを鳴らす。それを合図に、ドッと部屋になだれ込んできたのはフル装備の兵士達。アントワーヌと王子を護るように展開する。後列の兵は槍と剣を構え、前列の兵は弩をオレ達に向ける。さすがは王族といったところか、警備にぬかりがない。


「王子! こいつをってしまって!」


 ……おいおい、マジかよアントワーヌ。そこまで嫌わなくても。


「ははっ、アントワーヌ。いいのかい?」

「ええ、こいつを消していっそのこと、わたしと貴方が世界をすくったことにすればいい。子飼いの歴史学者共にそう書かせましょう」

「ふふ、そいつはいいな。うん。そうしようか……そらよ!!」


 ――ドガッ。とアントワーヌを蹴り飛ばす王子。声をあげる間もなく、不意をつかれた彼女はオレの前に転がる。


「!? アントワーヌ! だいじょうぶか!」


 オレはおもわず手を差し伸べ、彼女にたいして笑顔をうかべる。引きつってしまっているかもしれないけど、精一杯の笑顔を……。

 

 君が酷いやつだと解ってしまったけど……仲間だったんだ。過去なんども、おなじ様なシーンがあったっけ。また同じように手をとってくれ、アントワーヌ!


「その汚らわしい手で、わたしに触るな!」


 オレの救いの手をバシッと跳ねのけるアントワーヌ。

 この瞬間、最後の望みは絶たれた。


「こ、これはどういうことなの隣国の王子? 答えて!」


「隣国の王子! どういうつもりだ!」


 オレは王子に問いかける。


「ふっふふ、式を挙げた今。ライトールは我がものよ。よって、その女はもはや無用の長物。折を見て消すつもりであったが手間が省けたというもの。……そうさなァ、かってライトールの姫は勇者と共に手を携えて世界を救ったが、魔王を倒してほどなく病で死んだ。その意志を受け継ぐのは婚約者である隣国の王子。うん、なかなかに悲劇であるなァ。これは大衆に受けそうだ」


 そういう王子の顔は醜くゆがんでいる。人はここまでの醜い表情をつくることができるのかと、いうほどに。分かり易いなおまえ! 王族の鏡だな!


「そ、そんな嘘でしょ!? 隣国の王子! 嘘だといって!」


「さようならアントワーヌ。君の……、そうだね。身体は嫌いではなかったよ……でも、そろそろ飽きたかな」


 身体だけかよ!!


 たしかにアントワーヌはいい身体をしている。女騎士なだけに、痩せすぎず太りすぎず程よくのった筋肉。形のよい胸。男なら誰しも垂涎の身体だろう。いまも目の前であられも無い姿で……たまらねぇ。


 ……ちゃう! それを好き勝手しやがって、隣国の王子め……しかも飽きたとか。羨ま――おまえだけは、ぜったいに許さんぞ!


「放て! こやつらを消せっ!」


 隣国の王子の号令とともに、兵士達からはおびただしい数の矢が放たれた。


 だが、オレ達に届く前に矢はことごとく力をうしなって床に落ちる。オレとパイセンは自動発動の【遠距離攻撃無効】スキルをもっている。一定距離外からの攻撃は効かないというチート能力のひとつ。パイセンの修行で得た勇者スキルだ。


「なっ、なんだと、矢が効かない……だと」


「知らなかったのですか? わたしたちに遠距離攻撃は効きません」

「ですね。パイセン。遠距離攻撃で死んだ勇者は、過去いない」


 しかし、スキルを持たないアントワーヌは、無数の矢を身体に受けて、ハリネズミのようになって倒れ込んだ。うつくしかった姫騎士は、その身に何が起きたのか理解できないまま死んだのだ。


 不思議とその光景をみても、なんの感情もわかなかった。これも修行の成果なのかもしれない。彼女との関係はすべてが終わっていた。……いや、違う。アントワーヌとの間には、最初からなにもはじまってなどいなかった。オレが勘違いしていただけだ。間抜けだな、オレ……。あれ……涙が。


「タカユキさん。片付けるとしましょう」

「グス……。いえ、ここはオレが、やります。……やらせてください」


「ぐぬぬ、弓が効かぬとも、こちらには、これだけの兵がいるのだ。者共! こやつらは勇者の名を語るふとどきもの! 斬れい! 斬り捨てい! 斬った者には褒美は思うがままよ! うわははは!!」



 ⭐

 


 サクッと隣国の王子を斬り捨てた。


 こんご王国は大混乱だろうけど、いまのオレには、もう関係のないことだ。異世界を救った勇者が二人もいるのだ。フツーの人間達が勝てるわけはない。


 ちなみにパイセンは過去五回ほど異世界を救ったらしい……。もはや異世界を救う常連だ。オレなんかが全く相手にならないほどの強さを持つパイセン。マジパないぜ。


「次ですかね。たしか魔法使いのレフィエさんと、賢者(♂)さん」

「そうですけど……でも、こんなことに何の意味があるのでしょうか?」

「……すべてに」

「すべてに?」


決着ケリを、つけるのですよ」


 そういうパイセンの表情はなにかを思い詰めたようなものだった。このときのオレはなにも知らなかったけど。後になって、この時の言葉の意味を知ることになる。


 かっての仲間だったアントワーヌの亡骸に一瞥いちべつをくれて、オレとパイセンは部屋をあとにした。

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