『絶望勇者とパイセン勇者』~異世界アデショナルタイム外伝

北乃ガラナ

異世界アデショナルタイム外伝

異世界帰り勇者の絶望

「ううっ……こんなことって。こんなことがあるのかよ……なんのために勇者をしていたんだよ。なんのために……異世界を救ったんだよ!」


 失意の俺が飛ばされたのは深夜の公園。

 なまあたたかく湿度をおびた空気が『地球』げんじつに戻ってきたのだと実感させてくれた。夢遊病者のようにフラフラと、視界にはいってたブランコのひとつに腰をかける。


「はは……俺は戦いに勝って、異世界試合にまけた……」


 もはや俺にはなにもない。異世界の勇者というのは職歴にすらならない。つまりは、限りなく透明に近い存在の無職カラーレス。そんな自分に優しく出来ているほど、この世界はあまくできちゃいない。この国は豊かなので、のたれ死にするなんてことはないだろうが、厳しく希望のない懲役のような未来が延々と待ち受けていることだろう。そのような生活が嫌で異世界でがんばったのに……。


「異世界か……さっきまでいたのに、もう懐かしいや……」


 いろんな感情がとめどなく溢れて泣きそうになる。異世界ならば、ここでヒロイン美少女が声をかけてきてくれたりして、イベント発生するのだろうが、現実ではこんな澱んだ街角で出会ってしまうことはない。金輪際ない。


「こんなことなら……異世界で死んでおけばよかった」


 希望をもちながらの死と、絶望を負いながらの生。はたしでどちらが生で死か……。いまの俺には、前者こそが生におもえた。ならばいっそ……。俺の視線は公園の敷地外を走る車に釘付けになった。ヘッドライトの明るさがまばゆい。


「もういちど……もしかしたら、また転生できるかも」


 そんな最悪の感情が頭をよぎる。それほどまでに絶望してしまっていた。


「(ブンブン!)……いいや、よそう」


 ギリギリのところで、われに返った。ホントにギリギリ。あっぶな……。


「……はぁ、どこで間違ったんだろ。俺、ちゃんと勇者してたのに」


「そうですね。君には賢者(♂)を起用してしまったなど、パーティメンバーの起用に難がありました。なぜ、せめて賢者(♀)にしておかなかったのですか? いまはそれが常套でしょう? 自分いがいのパーティメンバーを全員(♀)で固めるのは定石です。そもそも……ほんとうに魔王との対決までに出来ることはなかったのでしょうか? 隣国の王子に魔王軍をけしかけておいて災いの芽を摘んでおく。そのタイミングで許嫁を失った姫騎士の心の隙につけ込むなど、日頃からの努力が足りなかったと言わざるをえませんね。そもそも許嫁の存在を知っていなかったなど事前の情報収集に難があった。そのことが試合結果に繋がったのだとおもいます。魔王を倒した後の、いわば『異世界アディショナルタイム』で頑張るのではなく、その前にやれることは全てやっておく。そのような姿勢が勝利につながるのだと思いますよ。また、重要なのは目的意識ですね。異世界で大事なことはなにか? 魔王を倒すことか? 否。でしょう。で、あるならば、目的を見失ってはならないわけです。必要ならば魔王を倒さずに時間を稼ぐ。全体の異世界試合運びを計算してVS魔王軍四天王戦などで過去のトラウマ回で時間を稼ぐ。合間をみて、弱さをさらけ出してヒロインの母性本能に訴えかける。必要ならば戦力を温存してわざと敗北をする。そのような冷静な判断も異世界の勇者には求められるんです。そうしてヒロイン達との絆を時間をかけてしっかり築いていく。ヒロイン達1人1人を堅城と見立てて包囲攻略していくような慎重さが求められるんです」


「え……!?」


 いつのまにか俺のとなりには初老の男性がいた。おそらく団塊世代だと思われた。おなじく、ブランコに腰かけている。それなり以上に死線をくぐってきた異世界勇者である俺に、気配をまったく感じさせなかった。何者なんだこの男。……かなり、


「そうですね、貴方には参考文献として、山岡双八『徳川家康』(全26巻 )をお薦めします。特に終盤の大阪の陣における家康公の立ち居振る舞いは白眉です。なぜ対陣を冬と夏の二度にわけたのか? そのことを、いまの若い人達にはじっくりと噛みしめて欲しい」


「っうか、おまえ誰だよ!!!!」


 俺の異世界をみてきたかのように、好き勝手いいやがって!


 !? ……い、いや。っうか、ぜったい見たよね! なんで知ってるの俺のこと? 迷いや疑いの隙のないぐらい、完全に言い当てられている。このじいさん何者なんだ……。


「ふふっ……わたしはね……いえ。いまは止しておきましょう」


 オレの問いには答えず独りごちるじいさん。


「わたしはかって異世界の勇者でした。貴方とおなじく……ね」そういって遠い目をする。


先輩パイセン勇者……」


如何いかにも、左様さよう


先輩パイセン。でも……もう遅いです。俺はもどってきてしまった。この暗く世知辛い現実リアルに。凡人に厳しく残酷で、おそろしくつまらない世界に」


「……そうでもないですよ。こちらの世界リアルにもよいことはあるのですがね。なににせよ、人生はやり直しができる。さえ、あれば」


「とあるもの?」


「それはね……。君がもっているものです」


「俺がもっているもの」


 そんなものは、なにもないけれど。


「それはね。若さですよ……」


「若さ……」


「わたしについてきてください」


 行く当てもない、異世界帰りの俺は、初老の男性についていくしかなかった。

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