18◆丘の上の公園で

 トリビー星人たちが言うところの、『地球見学ツアー』最終日。

 みのるの家に一泊させたあと、ヤツらをそれぞれのバッグやリュックに詰め直して、丘の上の公園に向かう。

 朝飯さっさとかき込んで、俺たちは慌てて稔の家に集合した。『最後くらい、外で遊ばせてやらないか』という、つかさの一言が原因だった。


「ずっと、家の中ってわけにもいかないだろ? そりゃ、少しは外気浴させたけどさ」


 この日の最低気温は、久々に二〇度台前半、ちょっと肌寒いくらいだ。空には雲一つなかった。丘の上まで、自転車を引っ張って上がっていくと、少しずつ街の景色がくっきりと浮かび上がってくる。

 俺は自転車の前かごに乗せたリュックサックのチャックを少しだけ開けて、トリビーに合図した。


「もう少しだぜ」


「うん」


 今まで、止めろというのも構わず、飛び出していたことを考えると、トリビーはお泊まり会で、すっかり大人しくなってしまった印象だ。心境の変化なのかと思うと、何だか複雑だ。

 ところで、早朝の自転車の列は、何だかちょっと滑稽だった。中学生になってまで公園に何しに行くんだよと、どこからか突っ込みが入りそうなくらい、俺たちのテンションは高くて、覚えたての曲を口ずさんだり、冗談言い合ったり、気分はそう、遠足だ。

 コンビニのビニル袋の中は、おやつとペットボトル、昼飯用の総菜パン。稔のビニル袋は、みんなのより一回り大きい。お菓子の量が倍だからだ。

 まだ、午前八時、肌寒いのも手伝って、公園は人っ子一人いない、貸し切り状態だ。


「朝のウチなら、うるさいおばさんたちも、子供の姿もないだろ。だから、朝、まだ暖かくならないうちに、公園に行くんだよ」


 正解だ、司。お前の勘は、間違いなく冴えてる。



 *



 自転車を駐輪場にとめて、荷物を持ち、ジャングルジムの先の木陰まで行く。絵理が持ってきたレジャーシートを広げ、バッグやリュックのチャックを開けると、緑のぬいぐるみたちは、やっと解放されたと口々に言いながら、飛び出してきた。


「ふぁ~。くたびれますなぁ。この星で暮らしていくというのは、思ったよりも大変そうですじゃ」


 緑ローマ人のじいさまは、大きく両手足を伸ばして、首をグルッと回した。


「でも、空気はおいしいですわ。酸素と窒素のバランスがよいのかしら。二酸化炭素も、この木々のおかげで中和されていく。このような景色は、トリビー星にはありませんもの」


 トリビーの母ちゃん、緑ドレスは、そう言って、ジャングルジムの、一番上に乗った。


「私たちの星は、なぜ、あのように赤くなってしまったのかしら。この星のように、かつては緑が多かったはずなのに。運命は残酷ですわ」


「運命などという言葉で片付けたくはないがな。我々は、それでも生きてきたじゃないか。そして、これからも」


 キングの言葉には、哀愁がこもっていた。緑の連中は、皆寂しげに、街を見下ろしている。

 星に住めなくなったってのは、恐らくホント。住む星を探しているってのも、たぶん、ホント。

 あわよくば、この星に住み着きたいと、思っているのかも知れない。でも、現実的に考えて、それはちょっと、難しそうだ。この、非常識な一族がこの星で生きて行くには、壁が多すぎるんだ。


「ね、タカシ君。今、ボクらがここに住み着きたいと思ってるんじゃって、考えてたでしょ」


「え?」


 俺の右肩に、トリビーはヒョイと飛び乗った。


「大丈夫、そんなこと、考えてないよ。ボクらは、思い知らされたんだ。やっぱり、ここに居続けるべきじゃない。『見学』ぐらいが限界だよ」


「な、なんだよいきなり。まさか、俺の心を」


 心を、読んだのか? そんな能力も、あったのか? ……言いかけて、止めた。

 聞かない方が良いような気がしたからだ。


「自分たちの立場は、わきまえてるよ。大丈夫、心配しないで。ボクらは、あくまでこの星に遊びに来ただけ。そして、君たちは、ボクらをもてなしているだけ。そのくらいの関係が、一番、いいんじゃないかなぁ」


 緑のダミ声が、心に引っかかった。

 ずいぶん、トゲのある、変な言い方をする。

『だけ』……か。なるほど、お前は、そういう風に考えていたんだな。俺がどう思おうと、お前はそういう風にしか、考えていなかったんだな。


「ああ、そうだと思うぜ。俺たちは、それ『だけ』の関係だ」


 言ったあとで、胸がちくりと痛んだ。

 この痛みは、しばらく、消えなかった。


 様子がおかしい。

 何か、隠し事をしている。


 トリビーは、ずっと遠くばかり見ているし、自由に公園飛び回っても良いんだって言っても、緑の連中は遠慮して、俺の周囲をうろうろする程度。せっかく持ってきたおやつをあげても、ほとんど減らない。

 司は秀生しゅうせいと、俺から離れてタイヤの跳び箱に座り、話し込んでいる。

 絵理と壮太も……どこか、俺に気を遣っているようなそぶりで、妙に距離をとろうとする。

 稔は相変わらず、好き勝手お菓子を口に運んでは、緑のヤツらにもお菓子を分け与え、反応を楽しんでいて……。

 一番おかしいのは、勇大ゆうだいだ。そわそわしながら、トイレに行ってみたり、地面にしゃがんでみたり、かと思えば、ブランコに乗ってみたり。緑軍団と俺を、あからさまに避けようとしているような気がする。

 この五日間、司たちは、トリビーたちのことを細かく報告してくれた。

 自分の部屋の中の、何に興味を持っていたか、どんな食べ物を食べただの、宇宙のどんな秘密を教えてくれただの。俺はそれを聞いて、ずっと安心してた。俺の手元から離れても、ヤツらはずっとヤツらのままで、いつか俺のそばから完全にいなくなったとしても、あのままのテンションで旅を続けるんだろうって。

 だけど、今日のこのギスギスした感じは一体何だ?

 まさか……考えたくはないけど、何か、あったんじゃないのか?

 緑の連中に直接聞くのは気が引ける。

 俺は、レジャーシートから立ち上がって、シーソーに腰掛けた絵理と壮太のとこまで行った。びくっと、壮太が反応したのを見て、やっぱり何かがあったんだと、確信する。


「おい、なんか、隠してるだろ」


 一瞬、絵理の顔が強張ったのを、俺は見逃さなかった。


「ホントは何か、あったんだろ。俺に、隠し事、してんじゃないのか」


「な……なんで、あんたに、隠し事、しなきゃならないのよ」


 いつものアニメ声に、切れがない。こういうときは大抵、嘘をついてる。お見通しだ。ずっと見てきたんだからな。


「嘘だな。賭けてもいい。みんなでトリビーたちを預かってる間、絶対に、なんかあった。だから、そうやって目を逸らすんだろ」


 絵理の目線までかがんで、無理矢理視線を合わせたが、やっぱり絵理は更に視線を逸らした。


「あ、あったよ。ボク、知ってるもん」


「――壮太!」


 均衡を保っていたシーソーが、ぐらっと揺れる。

 壮太は立ち上がり、覚悟を決めたような顔で、俺を見据えた。


「姉ちゃんの友達の、勇大君の兄ちゃんが、トリビーたちを見つけて、『喋るぬいぐるみ』『ぬいぐるみ型宇宙人』とかいうタイトルで、ネットオークションに出品しちゃったの、知ってるんだからね!」


「な、なんだよ、ソレ」


「落札前に、出品されてるのを秀生君が気づいて、取り下げさせたって。姉ちゃんも言ってたじゃん、『売るなよ』って。なのに、ホントに」


 寝耳に、……水だ。

 なんだよ、なんだよなんだよなんだよ。どういうことだよ。


「孝史には言わない約束だったのに! 壮太、なんで喋っちゃうの?!」


 ツインテールが大きく揺れる。

 待てよ。そういう、そういう問題じゃない。


「ほぼ未遂に終わったようなもんじゃない。秀生が二十四時間体制で見張っててくれたおかげで、入札前になんとか出来たんだから。――その話は、言わない約束じゃないの!」


 絵理の声に、司と秀生、稔も気づいていた。

 勇大は聞こえないふりして背中を向けた。


「どうして言わないんだよ! そんな大切なこと、どうして隠してたんだよ! 俺が預けたのに、頼んだのに、どうして俺だけ、知らされなかったんだよ。そんなのおかしいだろ? どうして? 俺だって、仲間じゃ、友達じゃないのかよ!」


 絵理は目を合わせなかった。

 司たちも何も言わない。

 距離をとっていた勇大が、肩をふるわせて歩み寄ってきて、


「ゴメンよゥ、兄ちゃんが……、俺、止められなくてェ……」


 ――泣いているのがわかった。

 泣けば許してもらえるとでも思ってんのかよ。


「兄ちゃんにィ、『お前の夢を叶える資金にしてやるぜェ』って、言われてさァ。俺、ラッパーになるために日々努力してんのォ、孝史も知ってるだろォ? 金があればァ、ダンススクールにも通えるしィ、音楽だって習いたいしィ。うまく才能が開花したらさァ、超有名ラッパーになれるかもだぜェ?」


 チャラチャラと、こんな大事なときに、身振り手振り加えて話されて、誰が納得するんだよ。体育と音楽もだけどな、お前のセンスはゼロだって何回……、じゃなくて。


「勇大、誰もお前の夢について語れって、言ってないんだよ。どうして、トリビーのこと、俺に内緒でそんな風に扱うんだって聞いてんだよ」


 何も知らない俺を、こうやって公園に誘うなんて。どいつもこいつも、どうにかしてる。

 なぜだか悔しくて、俺の目には涙が滲んでいた。

 奥歯をかみしめた。

 握りすぎた拳が痛い。


「ボクが、ボクが頼んだんだよ! タカシ君には内緒にしててって!」


 静かな公園に、ダミ声が響いた。

 稔の与えたポテトチップスを大事に抱えながら、トリビーはすうっと飛んできて、俺の前に立ちはだかった。


「ボクが頼んだの。ボクが、ボクが……。ユウダイ君は悪くない。ボクが、あさはかに、ユウダイ君のお兄ちゃんの前に飛び出したから! だから、そういう話になっちゃって……! 許して、許してよ、許して許して、ねえ!」


 ポテチの食いかす一杯顔に付けて、刺繍糸の目を潤ませて。

 他のトリビー星人たちも、不安げな表情でじっと俺を見つめている。

 これじゃ……これじゃ、俺がまるで、



 悪者、みたいじゃないか。



「わかったよ……。許す。許してやる。許してやればいいんだろ。どうせ、俺とおまえらトリビー星人との関係は今日で終わりだ。俺の事なんて気にせず、ゆっくりと、地球最後の日を楽しんでくれよ」


 ――こういうとき、どうして口からは、こういうセリフしか出てこないんだよ。

 これじゃまるで、『別にいいよ』……そうやって絵理を避けていた小学生の俺と、おんなじじゃないか。


 気がつくと俺は自転車に飛び乗っていた。

 少しずつ気温が上がり、公園へ向かう親子連れの姿がぽつぽつ見えてきた。

 緩い坂道はいつもよりずっと、急に思えた。

 加速していく自転車、顔に当たる風。空っぽのリュックサックは、なぜだかとても重かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る