17◇一週間

「孝史、つかさ秀生しゅうせい勇大ゆうだいみのる、それから、ウチ。どう? 六軒で一日ずつ、トリビーちゃんたちを預かるってのは。どうせ目的もなく、ぷらぷらしに来ただけみたいだしさ、色々話聞いてみても、特にあたしたち地球人に危害加えることもないと思うし。一日ぐらいなら、何とか持ちこたえられるんじゃない?」


 絵理は冴えていた。

 なるほど、それは良いかもと、俺たちはみんなでうなずいた。

 ホントなら、絵理んちにはトリビーたちを行かせたくはなかったんだけど、俺も俺で、四六時中緑のぬいぐるみに囲まれてるのには堪えられず、二つ返事で賛成した。


「いい? 約束よ。ひとつ、彼らに危害を加えない。ふたつ、やたらと人目に触れさせない。みっつ、彼らを売ろうとしない。――特に、稔! あんたんちはお金持ってんだから、買いたい物があるなら、小遣いで何とかしなさいよ! わかってる?」


「わ……わかったよ。じゃ、なくて、わかってるよ。そんな、酷いこと、するわけないじゃん」


「もし、マスコミに売りつけるようなヤツがこの中から出たとしたら……わかってるわね。しばくわよ」


 絵理女王様のおおせの通りに、俺たちは一日ずつ、順番でトリビーたちの面倒を見ることになった。


「最初は、ウチで預かるわ。次に司、秀生、勇大、稔、そして最後に孝史んち。このローテーションでいけば、少しは孝史の負担も減るんじゃない?」


「突然、緑のぬいぐるみを大量に持ち込むと、家族が不審に思わないか?」


 司には、『ぬいぐるみ』が引っかかるらしい。男子中学生の部屋には不釣り合いな物体だからな。


「俺んちィ、兄ちゃんとおんなじ部屋なんだけどォ、バレないように、できるかなァ」


 勇大には五つ上の大学生の兄がいる。年が離れてるのもあって、寝るとき以外は、ほとんど一緒にはいないようだけど。


「バレないようにするのが、最低条件よ。スポーツバッグにでも入れておいて、誰かが部屋に入ってきそうになったら、そこに逃げ込むよう、打ち合わせておくのね。動くぬいぐるみがいたら、誰だって不審がるもの。トリビーちゃんは、みんなにしっかりと、演技指導してね。いざとなったら、ぬいぐるみのフリを続けるのよ」


「アイアイマム!」


 ぴしっと、敬礼するトリビー。うっかり、『アイアイサー』と言いそうなところを、しっかり『アイアイマム』で答えている辺り、コイツの雑学レベルはかなりのものなんだが、一体どこでどう取得してきたんだ……。

 マジで、意味不明なヤツらだ。『遊びに行くなら全力で』って言葉がこれほどしっくりくるヤツらは、そうそういない。


 緑キングの話は、九割方嘘だと……耳にした。

 だったら、どこまでがホントで、どこからが嘘だったのか。

 トリビー星は存在していたのか。その星には、もう戻れないのか。宇宙をさまよって、この星に辿り着き、俺たちの遠い遠い祖先と出会った話、たくさんの知的生命体の話……、どれもが、どこかで聞いたような話だったけど、それでも、一瞬興味をそそられてしまった。

 だけど、こうして宇宙船に乗ってやってきた事実は変わらない。

 宇宙船の中で、コイツらは一体どんな風に地球を見ていたんだろう。そして今、見ているんだろう。

 宇宙に存在する無数の星の中から、地球を選び、こうして降り立った。その心境は、どんなものなのか。

 ロボットに変形させられた俺んちの中で、偶然にも地球を見下ろしたのを思い出す。暗い宇宙の中で、一際輝く宝石のような星だ。太陽系の中で、たった一つだけ、命を生み続ける星。

 砂漠の広がるトリビー星は、何色だったのか……、赤か、黄か、もしキングの話がホントなら、トリビーたちは故郷の星を見たことがないはずだ。自分たちの居場所を探す、長い長い旅を続ける彼らは、地球の美しさに、目を奪われたに違いない。

 そうして、もしかしたら、この星をついの棲家に選びたい、ずっと暮らしていきたいと思っていたのかも知れない。ひとり地球に来て、俺と出会って、たくさん遊んだ気になって、家族とも楽しさを分かち合いたいと思っていたのかも知れない。

 俺たちが思うのよりずっと、無邪気で、無垢な、緑の服着た変な宇宙人。そいつらとの出会いは、俺の心を、確実に成長させていた。



 *



「じゃ、頼むよ、絵理。それから、壮太も。ロボットごっこは勘弁な。あんまり騒ぎになるようだと、マジでマスコミ押し寄せるから、注意しろよ?」


 午後四時、傾きかけた太陽が、山の稜線からせり出してきた入道雲の陰に、隠れそうになっていた。

 絵理んちの玄関まで、みんなで手分けしてトリビーたちを運んだ。『外に出るときはぬいぐるみのフリ』の練習かねて、段ボールでの移動だった。


「わかってるわよ。誰に口きいてんの? 孝史のクセに。見くびらないでよね」


 上から目線の絵理は、いつもより、頼もしく思えた。

 ぎゅうぎゅうに詰め込むわけにもいかず、ミカン箱が三個になった。トリビーの父ちゃん、キングも、ちゃんとぬいぐるみの姿になってもらった。


「これより小さいサイズになれるなら、かさばらなくて済むんだろうけど、そういうわけにはいかないんだよな」


 玄関にミカン箱を置きながら、司が言う。


「だよな」


 うなずき合う俺たちの声を聞きつけて、ミカン箱の中から緑スーツが、ひょっこり顔を出した。


「変化と言っても、限りがあるのです。私たちが膨張したり、収縮したり出来る限界サイズが。この、ぬいぐるみの姿は最小サイズですよ。弟は、それを知っていて、この姿を選んだのだと思います」


『一族の中でもっとも勇気のある男子』――トリビーは、そういう存在だったのを、ふと思い出した。あらかじめ調査した上で、もっとも違和感ない姿になっている。俺たちに、迷惑をかけないために。緑スーツの言葉は、暗にそういうことだと補足しているようにも思えた。


「みんながバラバラに預かる方法もあるんだろうけどさ、やっぱ、一緒が良いんだろう? ちょっとしたお泊まり会だと思って楽しんでくれよな」


 俺は、そう言ってヤツらを送り出した。

 やっと、ゆっくり眠れると思う反面、急に心に穴が開いたような、むなしさに襲われた。



 *



 その晩は、やたらと絵理の家が気になって、久々に自分の部屋で寝た。そこからなら、二階の絵理の部屋が見えるからだ。

 暑さが若干引いて、涼しい風が入ってきた。カーテンがフワッと風に揺られてなびく。時折、風に乗って、絵理の部屋の声が聞こえてくる。

 楽しそうに騒ぐ、絵理と壮太、そして、みどりのぬいぐるみたち。何をしているんだろうと窓を開けて身を乗り出すが、さすがにカーテンの奥の景色まで見ることは出来なかった。ピンクのカーテンに透ける、小さな影。上下に動いたり、増えたり、減ったり。絵理の部屋なんか幼稚園以来見たこともないが、中に入って混じりたいと思ってしまった。

 馬鹿だな、俺。

 やっと、一人になれたんじゃないか。

 夜中にうろうろと自分の周りで遊ばれることも、ちょっと動く度に拍手が巻き起こることもない。いつもの、生活に戻っただけじゃないか。

 昨晩は一睡も出来なかったクセに、どうして、すぐに眠れないんだよ……。


 

 *



 俺はずっと、一人っ子で、弟のいる絵理がうらやましかった。

 小さい頃は一緒に遊んでくれたクセに、弟が出来たとたん、俺は絵理の遊び相手から外されたんだ。

 馬鹿だって、思うだろ。でもさ、近所にいる同い年の子は絵理ぐらいで、人見知りの激しかった俺は、幼稚園でも小学校でも、なかなか友達らしい友達を作れなかったんだ。

 垣根越しに弟と仲良く遊ぶ絵理の姿を見て、自分も一緒にと思っていたのにグッと我慢していた。


――『そうたは、まだ、ハイハイしかできないから、おうちのなかでしかあそべないよ』


――『そうたね、やっと、あんよしたばっかりだから、たかしとはまだあそべないんだ』


 絵理の断り文句は、嬉しそうに弾んでいた。

 俺より、弟の壮太のことが大事なんだ。

 当たり前だけど、それがどうも、悔しくてたまらなかった。

 壮太が四つくらいになってから、俺たちはまた一緒に遊ぶようになった。けど、その時俺たちは小学三年生、だんだん、男同士、女同士と、分かれて遊ぶようになってきた頃だった。


「遊ぼうよ」


 と言ってきた絵理と壮太に、


「別にいいよ、他のヤツと遊ぶからさ」


 ……なんて、ホントに仲の良い友達もいないクセに、言い返したこともある。

 今更、隣同士だからって仲良くされても、逆に、気を遣うだろ? 思春期に入りかけていた俺に、絵理と壮太の無邪気さは、チクチクと刺さっていた。

 俺の態度に不満を感じたのか、何かを察したのか、絵理は壮太と一緒にイタズラを始めた。アマガエルや幼虫のおもちゃ、蛇のぬけがら、ミミズにダンゴムシ。女のクセに、絵理は何故か、虫や小動物をよく、イタズラに使っていた。あれは、俺に対する、一種の挨拶みたいなものなんじゃないかって、ホントは気づいてたんだ。俺が、あまりに寂しそうだったから、きっと、ちょっかいを出していたんだ。反応を見て、喜んで、俺に、『また一緒に遊ぼう』と、言っていたのかも知れないって。


 そうさ、本気で俺に、嫌がらせしてたわけじゃない。

 ただ、気づいて欲しかったんだ。


――『一緒に遊ぼう』


――『ここにいるよ』


 絵理のイタズラはきっと、そして、トリビーのイタズラも――



 *



 度の過ぎたイタズラは、何故か、次の司の家、秀生の家でも発揮されなかった。

 毎日、トリビーたちを段ボールに入れ、それぞれの家まで運んでいくのを日課にしていたが、


「まあまあ、面白いヤツらなんじゃない」


「興味深い話が聞けて感心した」


 ……俺との半月間がどれだけ凄まじかったのか、感じてもらうことは出来なかった。


「やっぱり、事前に調査していたみたいだよ、この星のこと。特に、目標と定めた日本については、昔っから色々データを集めていたっぽい」


 秀生は、どう緑軍団から引き出したのか、俺の知らない情報を、嬉しそうに喋っていた。


「どうやって調査していたのか、詳細は教えてくれなかったけど、今人気のアイドルや、話題の映画、スポーツの結果まで、何でも知ってた。驚いたね。電波を傍受していた可能性もあるけど、もしかしたら、お前んちに行くよりずっと前から、日本のどこかに忍び込んでいたんじゃないの? そう考えなきゃ、とても説明の付かないことが多いだろ」


 ――そうさ、どうして俺と絵理のことを知っていたのか、まだ聞いていない。

 いや、どうせ聞いたところで、また、はぐらかすに決まってる。

 教えたくない理由、まだあるのかよ。俺には言えないこと、まだまだたくさんあるのかよ。





 次の勇大の家でも、その次の、稔の家でも、トリビーたちは大人しかったそうだ。


 借りてきた、猫みたいに。

 ほんものの、ぬいぐるみのように。



 どうして、俺んちでだけ、騒ぐんだよ。

 どうして、俺と絵理の家にいるときだけ、やりたい放題だったんだ?



 俺は、無意識に、自分と絵理、トリビーの姿を重ねていた。


――『遊ぼうよ』


 幼い日の絵理が、手を振っている。俺は、応えない。

 寂しそうに、垣根越しに絵理と壮太を見る、俺。

 暗い宇宙から、青く輝く地球を見下ろす、トリビー星人たち。

 どうにかして一緒に過ごすすべはないのだろうか……考えた末にイタズラを始める、絵理。

 そして、あの夜、網戸をこじ開けてやってきた、緑のぬいぐるみ。


 トリビーたちがいない間、俺は何度も、何度も、そんなイメージを繰り返し頭に浮かべていた。


――『ボクらは、ただ、みんなでイタズラしに来ただけなんだもん!!』


 それが本当だとしたら、あの宇宙人たちは、なんて寂しい、哀れな存在なんだ……。

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