16◆緑の旅路
「我々の星、『トリビー星』は、元々とても暑い星だった。トリビー星は、地球の単位でここから三十万光年ほど離れた銀河にある、二つの太陽を持った連星系に属する惑星だ。一日のほとんどを昼の時間が占めていたのだが、肥沃な大地と豊富な水により、文明が栄え、多くのトリビー星人が地上で、裕福な暮らしをしていたのだ」
緑キングはフローリングの上に直に正座して、両膝の上に拳を置き、背筋を正した。格好はハートのキングだったが、まるで武士のようにも見えた。
「生命を育んだほとんどの星がそうであるように、トリビー星の文明は発展し、やがて、星の外へ出る技術を得た。また、不定形生物である我々は、様々な環境に対応する能力も持ち合わせており、生物的に優れていたのも幸いして、同じ銀河にあった星々と交信し、協力し合い、更に星は発展していった。宇宙の星々の中には、二つの太陽のある星系は、いくらでも存在する。太陽と惑星との距離が適切であれば、そこに命が生まれる可能性が高くなるのは当然のこと。我々の星も、かつては、二つの太陽と適切な距離を保っていた。二つの恒星の周囲をぐるりぐるりと周遊していたのだ。だが、その太陽の一つは、寿命を迎えつつあった。古い太陽は寿命を控え、より赤く燃え上がり、短い期間に急激に膨張していった。そして引力が増し、徐々に周囲の星との位置がずれていく。トリビー星の気温も、それに伴い急上昇、豊富にあった水は蒸発し、大地は干上がり、瞬く間に砂漠地帯が広がっていった」
緑キングは目を細め、ゆっくりと息を吐いた。
「多くのトリビー星人が息絶えた。そして大切な仲間を、家族を、失ったのだ。トリビー星は、……とても、生物の住めるような場所ではなくなってしまった。高度に発展した街すら、砂漠に飲み込まれた。このままでは、我々トリビー星人は星もろとも息絶えてしまう。――そこで、我々は大きな船を作った。生き残った仲間を乗せて、我々がこれから先、生きていく星を求めて旅を始めた。長い……長い、気の遠くなるような長い旅だ。そして、この、太陽系に辿り着いたときに、青い星を見つけたときの感動と言ったら。とても、言葉で言い表せるものではない。そなたたち地球人が、今のように二本足で歩くようになったばかりの頃だ。我々の祖先が、この地球に初めて降り立ったのは」
「祖先、……つまり、大昔に宇宙船で地球に来ていたって、そういうこと?」
キングは、無言でうなずき、話を続ける。
「祖先が初めて見た地球人は、ほとんど野生動物と大差なかったらしい。文明を築くための切っ掛けすらなく、狩り中心の暮らしだった。そこで、我々の祖先は地球人に擬態し、最初のコンタクトを試みる。星の動きを見ること、数字、文字を作って記録すること、それから、様々な発明も、少しずつ少しずつ教えていった。地球人は、それらを自ら文明を作る足がかりとした。原始文明が発展しつつあったこの地球に関心を寄せていたのは、なにも、我々トリビー星人ばかりではない。様々な銀河の、様々な星から、様々な知的生命体が、この地球の発展を見守っていた。その中でなぜ、トリビー星人が地球に降り立ったか……、それはひとえに、この擬態能力ゆえ、と言っても過言ではないのだ」
「それって、俺たちの進化に、トリビーの祖先たちがものすごく介入していたって、解釈していいのか? どうも、簡単には納得できないような」
人間の姿になると、妙に説得力が増すんだよな。不思議なことに。表情がしっかりと見て取れるからなのか、足も崩さず、じっと語り続けているからなのか、わからないけど。
それに、眉唾物の話を、このキングがするとも思わんし……。
「そなたらは、小人の伝承を耳にしたことはないのか。小さな人間が出てくる伝承だ」
「小人? 一寸法師とか、親指姫、小人の靴屋とか……そういうヤツ?」
突然キングが話題を変えたので、俺は首をかしげながら例を挙げる。
「かぐや姫も、最初、見つかったときは……、小さかった、よね」
思い出したように、
「竹の中から出てきたからなァ」
「それらの伝承の中には、我々の祖先が深く絡んだものがある。最後に挙げられた、『かぐや姫伝説』『竹取物語』と言われるものも、そのひとつなのだ」
「確かに、『竹取物語』は古典だが、SFだという見方がある」
秀生の声が、みんなの注目を集めた。
「月からやってきた女性、かぐやは宇宙人で、彼女を迎えに来た月の都からの使者は、宇宙船と宇宙人たちだって説だ。古代日本に、宇宙へと繋がる物語があるのは、確かに不自然だよ。世相を反映して創作した、というより、宇宙人との遭遇を物語にしたためたって方が、しっくりくるだろ。一部研究者の中では宇宙人遭遇説ってのが、ずっとささやかれてる。もちろん、ただの創作だという受け止め方がほとんどだけどね。それから、『ミッシングリンク』って言葉も存在する。人類の進化の上で、空白の期間があるってヤツだ。たまたま見つからないのか、本当にないのか、未だ解明できていない。突然進化した人間……、もしかしたら『外部からの介入があった』んじゃないかって、言われてる。古代マヤ文明やエジプトのピラミッド、イギリスのストーンヘンジ、ナスカの地上絵、どれにしたって、地球外生命体が飛来していたことを示唆する遺跡ばっかりだ。実際、残っていないだけで、宇宙船や宇宙人を模したような壁画も多く見つかっている。日本の古墳にしたって、権力を示す物であるほかに、宇宙そのものを表現した物もあるらしい。宇宙人が大昔から地球に来ていて、文明に介入していたって話は、必ずしも眉唾物ってわけじゃないと、俺は思うね」
キラッと、眼鏡のレンズが光る。……決まった、俺の知識が光った、とでも言いた気だ。
しかし、その知識に拍手したのは、こともあろうか小学三年生の壮太と、緑のぬいぐるみ、そしてトリビーとキング……。中学二年の俺たちは、『また、秀生のオカルト病が発生した』くらいにしか、思っていなかった。だって、学校にいる間はずっとそんな話ばっかりされてたからさぁ……。
脳みそオカルトな秀生は置いといたとしても、緑キングの言うことは、秀生のオカルト知識を裏付けるような内容になってる。
まさかとは思うが、そんなことがあり得るのか。冗談だろ……と、トリビーと緑キングの方を見てみたら、案の定コソコソと、なに口元隠して喋ってるのか、と聞き耳立ててみれば……。
(……あんな感じで良いのか、息子よ)
(……ばっちし)
(それはよかった。長くて覚えるのが大変だったぞ)
(でも、案外つじつま合ってたよ。地球人たちは、きっと信じたと思うよ)
(九割ほどデタラメだが、あんなんでよいのか)
(問題ない問題ない)
「おい! そこ! コソコソしてんな! 聞こえてるぞ!」
思わず立ち上がって、指さして怒鳴ったのに、
「な、なんのことだかさっぱり。ね、ねえお父様」
「無礼な。コソコソなどと、むしろ堂々としておるわい」
ああ、やっぱり、キングだって、中身はトリビーと一緒じゃねえか!
「まさか、ホントに、異星人が大昔から地球にやってきてたなんて……。国連や米国政府、NASAはこの事実を知っているのか……?」
「アホ秀生! ヤツら嘘ついてんぞ!」
「え、待って、それじゃ、俺たち今、ものすごくヤバイ現場にいるってこと?」
「司!」
「そんなにスゴイんなら、やっぱ、売る?」
「あああああ、稔は金から遠ざかってくれ頼むお願いよろしくもう嫌」
「孝史ィ、お前、ストレスたまりすぎィ。ちったぁ、信じてやれよゥ」
「だからぁ~~~~~、ヤツら、嘘付いてるって何度」
ソファに座った男共は全員、ボケてるんだか、ホントにそう思ってるんだか、突っ込んでも突っ込んでもキリがない。
さっきから大人しいのは、絵理一人で、俺たちを観察するようにじ~っと静かに見守ってて、
「絵理もなんか言えよ! 聞こえただろ、トリビーとキングの会話!」
キングってのが、トリビーの親を指すって説明抜きにして、とりあえず助け船求めたんだけどさ、椅子の上で何も言わず、腕組みして唸ってる。
この間にも、その他大勢の緑のぬいぐるみは、真剣な話に飽きたらしく、あっちへふらふら、こっちへふらふら、縦横無尽に飛び回って俺の思考を妨げる。
ただでさえ落ち着いてられないのに、何なんだ、コイツらはよ~~!!
「で、要するに、地球に来た目的って、ホントはなんなの?」
ぴたっと、空気が止まった。
アニメ声ツインテールが今、この空間で一番まともだった。
絵理は椅子の上で足を組み替え、三〇度ほど、首を右にかしげた。中身を一切気にしなければ、一枚の絵になりそうな、美少女だ。
「さっきからずっと聞いてたけど、ど~~~~も、おかしいのよね。トリビーちゃんも、その、お父様も、上辺だけ見つくろってるって言うか、とりあえず、こんなんでどうでしょうっていうか、そういう風に聞こえちゃうのよね」
しら~っと、冷たい目線で、トリビーとその一族を見下ろしている。
イタズラ好き……いや、ドSの血が騒いでいるのか、これは非常にうまくない。
「まさか、この期に及んで、シラを通し続ける気じゃあないでしょうね。あたしはお見通しよ、そこの、緑たちが、ずぅ~~~~っと、何かを隠してるってことをね」
例えるなら、女王様、そう、絵理女王様。ずっと虐げられてきた俺が言うのも何だけど、絵理は女王気質……、もちろん、SMな意味で。
女王様が、緑の小動物とデカイのに向かって、女王オーラを発している。今度デタラメを言ったら、ただじゃ済まないと、そういうことなのか。
「隠してるって……、ま、まさか」
トリビーは、それでもまだ、本当のことを言わない。
「我らが、何を隠すというのだ。隠しごとなど、初めから、何もないというのに」
緑キングは、慌てて両手を挙げ、首を振る。
「本当に、何も、隠してないの」
スッと、立ち上がって、絵理は緑軍団に詰め寄った。
「本当なのね」
緑軍団は、一斉に、首を縦に振る。
「何にも」
いっそう、激しく首を振る。
「ないのね」
更に振る。
「ないないないない、な~~~~~~んにもない。隠し事なんて、本当に、何にもないの! だって、ボクらは、ただ、みんなでイタズラしに来ただけなんだもん!!」
ぴょーんと、トリビーが手足バタバタさせながら、大きく跳ね上がった。
うわぁんと、小さな子供が泣くみたいに大声挙げて、駄々こねたみたいになって。
「おお、トリビー、我が息子よ。本当のことを言ってしまうとは」
緑キングが、大慌てでぬいぐるみ姿の息子を抱きしめる。ずりずりと、大げさな頬ずりまでして、ああ、とうとう親子で泣き始めたぞ?
「だって、大それた理由がないと、地球に宇宙人が来ちゃいけないみたいな空気があるの、事前に知ってたから、どうしようかと思って、必死に理由考えたのにぃ~。エリちゃんのおバカ~っ! どうして見破っちゃうんだよぉ~~!」
「ええ?! ちょっと待って、それ、私が悪いの? あんたたちが変な言い訳ばっか連ねるからでしょ?」
「おいたわしや、トリビー。じいじとばあばは、そなたの味方じゃよぉ」
「お兄ちゃん、泣かないで~!」
「うわーん」
よぼよぼのじじばばぬいぐるみも、でっかいのも、小さいのも、とにかく全部の緑たちが、うわっと、トリビーのそばを取り囲んだ。
な、なんだこれ。一体、何がどうしたんだよ?
「本当に、何の目的も、ないようね」
何故か緑星人たちを泣かせる結果になってしまった絵理は、あまりの状態に、がくっと肩を落とした。
それを間近で見ていた俺たちも、色々と空想を働かせ、一人悦に入っていた秀生も、『早く泣き止まないかな、コイツら』と、しばらくの間、生温かい目で緑たちを見守るしかなかった。
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