13◇増殖警報発令中

 仁王立ちして、庭の様子を確認したと思っていた父ちゃんは、あまりの光景にショックで気絶してしまったようだ。

 あまりの光景って、何かって?

 それは……、一言では語り尽くせぬ、異常光景だったわけだよ……。


 まず、庭にはトリビーがいた。

 で、他にも人影があった。数は二〇くらい。大小様々、老若男女混合の地球人サイズ。

 みんながみんな、揃いの白いヘルメット。これは、トリビーがいつも被ってるヤツだ。てっぺんに、丸い黄色のアンテナみたいなのが付いてる。

 全員が、緑色の衣装。軍服っぽいのから、古代ローマ人かって突っ込みたくなるようなタイプ、それから、中世ヨーロッパ仕様のワイヤー入りドレスみたいなのもいたな。小さいヤツは、半袖半ズボンだったし。上下緑の、ね。

 頭上にはでっかい円盤。未確認飛行物体、いわゆる、UFOってヤツだ。大きさは……どうだろう、かなり大きかった。町内ひとつ飲み込むくらいのデカかさだったんじゃないかなぁ。これが、俺んちの上空で静止してんだよ。

 キラキラと円盤の周囲が小さな光放ちながらグルグルと時計回りに回ってて、中央に空いた穴からかすかに光が漏れてるんだ。

 ああ、これ、ハリウッド映画で似たデザインのヤツ見たなぁ……何の映画だったかな、忘れたけど、地球を侵略に来た宇宙人と大統領が戦うヤツ、あれに、こういうの出てこなかったっけかぁ……。

 ポカンとなるよ、なりますよ。

 なるにきまってるでしょうが。


 血圧の低い父ちゃんにはちょっと刺激が強すぎたんだな。母ちゃんと二人、声かけて必死に揺さぶって、何とか意識を取り戻したけど、危うくもう少しで救急車呼ぶところだったぜ。

 こんな状況で呼べるわけねーし。

 だって、庭に、怪しい集団が。


「はっ、わ、私は何を。今、何が起きたんだ」


 目を覚ましてもしばらく混乱していたみたいで。

 なのに、あいつらめ、おもしろがって掃き出し窓に集まってくるもんだから、緑の集団に取り囲まれた父ちゃんは、更に悲鳴を上げて意識を失いかけていた。


「あ、いや、驚かすつもりはなかったんじゃが……」


 と、緑の服着た黒人のじいさんが言う。

 すっかり年寄りで、頬がこけてて、頭には白いヘルメット被ってるけど、古代ローマ人みたいに布で身体巻いてんのが、この人。


「申し訳ございません。突然の訪問に、すっかり驚かせてしまって。心からお詫びしますわ」


 今度は、中世ヨーロッパ風ドレスを着た白人のおばちゃんが頭を下げた。ステキなデザインなのに色は緑で、やっぱり、頭には白いヘルメットを被ってる。


「一体全体、なにがどうなってるの、トリビーちゃん、きちんと説明してくれる?」


 さすがの母ちゃんも、父ちゃんの胸をさすりながら、緑の集団の後ろでトリビーをキッと睨んでいた。



 *



「……で、なんでこうなってんのか、説明してくれますか」


 深夜二時。

 ようやく意識を取り戻した父ちゃんだが、この日も朝から仕事である。眠い、寝たい、寝させて欲しいってのが、頭の中でグルグル回ってる頃だろう。

 なのに、このアホ宇宙人が、よりによって、家族(?)らしき、謎の集団を引き連れてきた。

 リビングダイニングに二〇人以上入る設計になってるわけないから、俺の布団もソファもローテーブルも、全部引っ込めて、床にみんなで座ってみる。あぐらだったり、足崩したり、中には正座のヤツまで。

 部屋の端っこに寄せた椅子の上から、緑の集団見下ろしているんだが、異様過ぎるったらありゃしない。なんて、なんて無駄の多い衣装を着た集団なんだ。

 人数多くて狭い上に、衣装が邪魔。んでもって、緑多すぎ。

 エアコン効いてるのに、なんか、むさ苦しい。


「また、騒ぎになったりしてないだろうな。ロボットになったときは、ものすごくたくさんのマスコミがうろついたんだぜ?」


 とりあえず、心配なことから解決していこう。俺は、とにかくそれが気がかりでならなかった。

 あんな巨大な円盤が街の上に浮いてたら、えらいこっちゃもいいとこだ。下手したら、衛星写真にだって写りそうな勢いじゃないか。


「そこは、ご心配なく」


 コホンと咳払いしたのは、カイザーひげを生やした緑の軍服のおっちゃんだ。でもやっぱ、頭には白いヘルメット。


「この家以外からは、宇宙船は見えません。宇宙船全体が、ステルスモードを発動していて、この星で言うところの『透明状態』になっております。レーダー、各種探知機、映像機器などで、宇宙船を捉えることはまず不可能。そして更に、宇宙船からの光。あの光を通さないと、宇宙船が見えないように細工してあるのです。つまり、この家にいる人間にしか、宇宙船は見えない、と言うことです。お隣さんには宇宙船はおろか、先ほどの眩しい光さえ届いていないのです。問題はないでしょう」


 な……なんて、わかりやすい説明だ。難しい言葉一切抜きで、要点だけまとめてる。このおっちゃん……出来る。

 俺はゴクッとつばを飲み込んだ。

 トリビーの家族ってわりにはしっかりしてる。本当に家族かどうか、見た目が全然違うから……あ、緑の服と、白のヘルメットは共通だとしても、わかんないけどさ。


「つまり、隣の橋田さんはこの騒ぎを知らない、ということで良いのですね」


「ええ。ただ、声ばかりは、多少聞こえていたかも知れません。宇宙船から注がれている光には、遮音効果もあるのですが、遮断できる限界を超えて発生した音は、どうしても漏れてしまいます。それでも、かなり小さく音を押さえることが出来るわけですから、ほとんどの確率でお隣さんちに音は届いていないと考えてよいでしょう」


「そ、それはよかった。それさえわかれば、私は安心して眠れます。ありがとうございます」


 父ちゃん、感謝してる場合じゃない。何、宇宙人に向かって、三つ指ついて頭下げてんだ。

 平凡なサラリーマンの父ちゃんからしたら、自分の家にマスコミや近所の人たちが押し寄せて、平和な暮らしぶちこわしになる方が、宇宙人に家占拠されるより、ずっとずっと重大な問題ってことか。……わからんでもないけど。


「そんなことより、なんで、こんなに人数が増えてるんだよ。一気に二十……何人?」


「二十三人です」


「二十三人も一気にやってきたんだよ。って、エエッ?! 二十三人もいるのか。ってことは、俺たちとトリビー足して、二十七……。どおりで、エアコンの風が行き届かないわけだよ……」


 ぱっと見、白人っぽいのがいたり、黒人っぽいのがいたり、かと思えば、アジア顔が混ざっていたり、年も下が赤子から、上がよぼよぼの年寄りまで、とにかく、かなりの人数だってのはわかってたけど、まさか二十三人とは。こんな大勢で、一体、何を気にしたのか、そこが問題だ。

 俺がそんなことを考えてる隣で、父ちゃんと母ちゃんも、う~んと、腕組みして悩んでる。

 そりゃそうだろう。

 こんなに大勢、どうやってかくまえってんだ。


「この場にいる全員に、日本語、通じるんだろうか。何人かは流暢な日本語喋っていたようだが、学生時代、私は英語がてんでダメで……」


「私もよ、お父さん、どうしましょ」


 ……そもそも、悩んでる方向が違った。

 見た目が超外国人だけど、中身が宇宙人だってこと、完全に頭から抜けてるな。

 今までだって、日本語通じたんだから、日本語で大丈夫じゃないのか……って、俺が思ってるそばから、


「ナ、ナイスチューミーチュー、エブリワン。マイネームイズ……」


 と、父ちゃん、なぜ片言英語。

 緑のスーツを着た白人青年風白ヘルメットが、慌てて口を出した。


「ああ、大丈夫ですよ。あなたたちの言語で喋ります。このヘルメットに内蔵されている翻訳機で全て会話を理解できていますし、私たちも、これによってあなたたちの言語で喋ることが出来るのです」


 え? 白ヘルメットって、実は翻訳機だったのか。

 ……センス、悪いな。どうして原付バイクに乗るときしか被らないようなヘルメットのデザインにしたんだよ。

 トリビーだけじゃなく、どいつもこいつも、センスはあまり良くないような気がするけどさ。

 だって、首から下は緑だけどバシッと決めてても、頭には白ヘルメットだろ。普通の感覚じゃ、絶対にやっちゃいけないような組み合わせになってるけど、たぶん、わかってないんだろうなぁ。


「それはよかった。これから英会話教室に通うのはちょっと難しいなと、思ってしまったものですから」


 父ちゃん、やっぱ、気にするポイントがおかしいよ……ってか、通わなきゃって思ったんだ。へー……。


「私たちも、たくさんの星を回っていますが、やはり現地の人間と思考を通わせるためには、翻訳機は欠かせません。それから、現地に溶け込むため、その星の人間と同じような格好をするように心がけているのですよ」


 と、緑スーツ。

 翻訳機はともかく、いや、白ヘルメットはどうかと思うけど、緑だらけでは更に目立つと言うことを彼らは理解していないようだ。

 しかも、その星の人間と同じような格好って言うけど、王様マントやドレス、ローマ人はあからさまにダメだろ。どこの劇団員が劇場から逃亡したよって格好になってるぞ。目立つどころか、職務質問免れないじゃないか。

 まぁ、そこはきっと、突っ込むポイントではないのだろうな。


「それより、なんでトリビーはぬいぐるみサイズで、他は人間サイズなんだよ。俺は、そっちの方が気になる。本当に、家族なのかどうかも疑わしいし、怪しすぎて外には出せないし」


 腕組みして、椅子の上であぐらかいたまま、俺はじ~っと、緑の軍団をいぶかしげに眺めてやった。

 すると、トランプのハートの、キングみたいな衣装……やっぱり、色は緑で、頭には白いヘルメットを付けてるんだけど、を着たガタイのいいおっさんが、スッと立ち上がった。


「つまり、アレですかな。これでは、目立ちすぎると」


 ぶっとい声で、如何にも威厳ありそうな人だが、セリフの内容がとんちんかんなのは気のせいか。


「目立ちすぎると言いますか、目立たない方がおかしいと言いますか」


「なんのコスプレ集団かと……」


 父ちゃん、母ちゃんも、この、意味不明な威厳にうろたえて、ちょっと下手したてに喋ってる。冷や汗かきかき、手をスリスリ、まるで、営業マンが客に媚び売ってるみたいだ。

 そうだよな、小柄なウチの家族からしたら、身長一八〇超えてる筋肉質なおっさんは、デカく見える。


「息子のヤツが詳しいことを教えないのでね。私たちは思い思いに、地球人の姿に変化してやってきたのですが。まさか、コスチュームプレイと勘違いされるとは遺憾ですな」


 コスプレが何の略かも把握しているとは、恐るべしだな。このおっさん。


「この格好では目立ってしまうとは、全く考えも及びませんでした。いやはや、息子がこんなにもお世話になっているというのに、ご迷惑をおかけする次第になってしまうとは。大変失礼いたしました。それでは、息子にあやかって同じような形態に変化させていただきます。よいな、皆のもの」


 キングのおっさんの号令で、緑の集団が老いも若きも一同にうなずいた。そして、トリビーが念力使うときによくやるあの儀式が執り行われる。

 右手の人差し指を高く掲げ、聞いたときのない言語で、ホンニャラホンニャラ~、


「フュー!!」


 何の意味があるのかさっぱりわからない、息の合った『フュー』の直後、白いヘルメットの上部にとりついた、黄色の丸いアンテナがピカッと一様に光った。と同時に、緑星人たちの身体も光に包まれる。

 俺たち家族は、なんだこの既視感は、音楽とキラキラ効果音さえ付けば、あの国民的魔法少女アニメの変身シーンとさほど変わりはないではないかと思いつつも、突っ込むのさえ忘れて、目の前の宇宙人たちが光の中で、むにょむにょと小さく、別の形に変化するのを固唾をのんで見守った。

 まず初めに、光の中から現れたのは、あのヘルメット。白いヘルメットのサイズが手のひらサイズになったかと思うと、今度は緑の衣。王様のマントも、キレイなドレスも、全部緑のフェルト地になってしまった。んでもって、身体。さっきまでの凜々しい顔、美しい顔が、全てフェルト地に刺繍糸で縫い付けられた、ふやけ顔に。気がつくと、衣装が違うだけの大量のトリビーぬいぐるみが宙に浮いて、おのおのポーズをとっているではないか。


「わー、みんなすごい、ボクとおそろい!!」


 大はしゃぎのトリビーがその中に混じってしまうと、もう、本物がどれだか全然わからない。大量の白ヘルメットの緑ぬいぐるみの山にしか見えない。

 部屋は広くなった。突然広くなったように感じた。

 が、同時に、なんかとてつもなく、嫌な感じ。ぞ、増殖……。


「うわぁ! スゴイわ! トリビーちゃんがたくさん!」


 立ち上がって拍手して喜ぶな、母ちゃん。


「ああ、なんか、状況掴めてきたぞ。本当にトリビーの家族だったんだなぁ」


 うん、今更だよね。白ヘルメットと緑で気づくべきだね、父ちゃん。


「この姿もなかなか乙でございますな」


「お父様、素敵ですわよ。なかなかにチャーミングなぬいぐるみ具合。惚れ直しますわ」


「お前こそ、これほどまでに美しさを保ったままとは、あなどれんな。はっはっは」


「お兄ちゃんとおそろいだーわーい」「わーい」


 小さすぎて、今度は誰がどのセリフ喋ってんだか、さっぱりわからないぞ。

 ま……ま、いいか。これで、この部屋の狭さと暑苦しさ、それから、怪しい集団が見つかったときの誤魔化しようは、なんとかなりそうだ。


「と、ところでさ、本題、いいかなぁ」


 盛り上がってきたところ恐縮ですと、父ちゃんが遠慮がちに咳払いした。

 ぬいぐるみたちの視線が、父ちゃんに一気に注がれる。めっちゃシュール。


「本日は、何をしに……いや、どんなご用事で」


「用事も何も、宇宙船で迎えに来たんだろ、よかったな、トリビー。これで宇宙に帰れるぞ!」


 あ、そうかと、父ちゃんが俺の話でハッと思ったらしく、顔をほころばせた。

 そうだよ、父ちゃん。宇宙船が来たってことはさ、宇宙人はお帰りになるというわけだよ。これで平和な日々が戻る。俺たちの安息の日が訪れるという意味なんだよ!

 俺と父ちゃんは目で会話して、瞳をきらめかせた。

 辛かった日々、我慢した日々、隣のエリちゃんのブラを見てしまったあの日のことを、父ちゃんは忘れない。そう、訴えていた。


「え? 誰が帰るの?」


 緑の軍団の中から、トリビーがフワッと飛び出て、俺たち家族の前にやってきた。


「誰が? お前が?」


 俺はにこやかに返す。


「いつ、帰るって言ったの?」


「今、帰るんだろ?」


「え? ボク、帰るの?」


「宇宙船は?」


「宇宙船は、さっき、帰ってったよ?」


「よ?」


「ボクの家族を置いて、帰ってったよ?」


「どこに?」


「宇宙に」


「なんで?」


「なんでって……ねぇ」


 あれ、会話が通じない。おかしい。

 緑の軍団は、無表情でこっちを見つめてやがる。

 俺は、トリビーの身体をひゅっと両手で捕まえて、自由を奪った。


「で、いつ帰るのかな?」


 笑顔をつとめたが、無理。なんだろ、この、ムカムカ感。


「し、しばらく帰らないでちゅ」


「……なんでだよ」


「息子から、聞いておらんのかね」


 俺たちの様子を不審に思ったのか、緑キングがしゃしゃり出る。

 ぬいぐるみになると、威厳もクソもあったもんじゃねぇな。


「何をですか」


「我々は、息子に招待されたのですよ。この星が、実に気に入ったと。『地球見学ツアー、現地時間で一週間の旅』にね」


 ……開いた口が、ふさがらない。

 思考が停止してしまった。


 緑の軍団は、口々に、


「地球って、面白いわね」


「こんな生物がたくさん住んでいるのだと思うと、ワクワクしますわ」


「どこをどう楽しむか、見所ですな」


 などと、無責任発言をしているのだった。

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