12◆宇宙からコンバンハ

 宇宙から来た、だから宇宙人。

 前々から思っていたんだけど、トリビーのヤツは宇宙人のクセに、やたらと地球の知識に詳しい。

 場合によっては、俺より詳しいこともあって、この前もブラジルの首都をリオデジャネイロだと言ったら、


「ぷぷ。典型的な引っかけ問題に引っかかるタイプだね。ブラジリアだよ。知らないのぉ~。もしかして、オーストラリアの首都もシドニーだって思ってるでしょ。メルボルンじゃないよ、キャンベラだよ。ぷぷぷ」


 と、馬鹿にされた。

 うるさい。知らなくったって、とりあえず今のところ差し支えないんだから、そんなに笑うことないだろ。むしろ、宇宙人のクセして、やたらと詳しい方が問題だ。


 この広大な宇宙の中で、なんで地球を選んだのか。

『この界隈を飛んでいるときに、宇宙船から落ちて』ていう理由が、そもそもおかしい。そんなのは、中学生の俺にだってわかる。

 本当は、この星を選んで、わざわざやってきたんじゃないのか。 

 そういう疑念は、いつもつきまとっていた。


 海外から日本に来た外国人が、自分のことを『外人』と呼ばないように、普通は宇宙から来ても自分のことを『宇宙人』とは呼ばないんじゃないか。そう、考えたこともある。

 ヤツの知識はどこから来るのか。どうやって情報を得ているのか。――そもそも、なんで、あの晩、俺の名前を呼んだのか。

 俺のことだけじゃなくて、隣に住んでいる幼馴染みの馬鹿ツインテール、絵理のことだって、ちゃんと知っていた。下調べでもしていたみたいに。

 ホントに、ホントに下調べなんか、してたのか? 宇宙船から落下して、たまたま辿り着いたのが俺んち、ってわけじゃ、ない、のか?


 丘の上の公園で、秀生しゅうせいが言ったセリフがどうにも気にかかり、俺はなかなか寝付けないでいた。


――『本当にコレが宇宙人なのだとしたら、いろんな可能性を考えるべきだ』


――『なぜ、宇宙人が地球に来たのか、何をしに、なぜ自分の所に、本当の目的は』


――『一般的に見たら、まともじゃない、普通じゃない状況に陥ってる。何じゃれあってんだ?』


――『お前は、宇宙人にだまされてるんだ!』


 よく言うよな。普段は、時代遅れのオカルト雑誌開いて、みんなに宇宙人の存在がどうの、NASAの本当の任務がどうの、アトランティスだかムーだか、沈んだ大陸がどうの、力説してるくせに。

 それでも、秀生は頭が良い。勇大ゆうだいみのるみたいに、言われたこと鵜呑みにして、「そいつはスゲー」って、便乗したりはしない。持ち前の、蓄積されたオカルト知識から導き出した結果、トリビーが超怪しいって結論づけて、俺に説教したんだろう。


――『宇宙人なら、宇宙人たり得ることを証明して貰わないと、納得できないだろ?』


 そりゃ、ごもっとも。

 でも、どうやって証明する?

 まさか、秀生みたいに、いきなり中身を覗こうと?

 いや、そんなこと、出来ない。出来るわけない。

 ヤツの中身は見ないって、さっき、心に誓ったばっかりだ。

 なら、どうやって宇宙人だって、俺は思い込んだんだ?

 見たこともない力がある。縫い目の無いぬいぐるみ。それから、物を浮かせたり、飛ばしたり……サイコキネシスとかいうヤツ、よく、マンガで見る超能力の一種だ。

『地球人じゃ出来そうもないことを、次々にやってくれるもんだから、未知の生命体だ、宇宙人だって、叫んでたんじゃないの』って言われたら、『そうです』『なぜバレた』って言い返すしかない。

 まぁ、あれだ、UFOから降りてきたところでも見せつけられたら、間違いなく、宇宙人だって断言できたのかも知れないけど、アイツの場合、二階の網戸からこっそり入ってきたんだもんなぁ。特異だよなぁ。


 秀生みたいな好奇心も、探究心も、俺にはない。

 ただ、トリビーが自分のことを『宇宙人』って言った。だから、そのまんま信じてた。

 それを、ああいう風に突っ込まれると、やっぱ、傷つくよな。

 でも他に、ああやって指摘してくれるヤツ、いないわけだし。友達だからこそ、なんだよな。



 *



 そうやって、俺はずっと、結論の出ない答えを求めて、リビングの床に敷いた布団の上で、ああでもないこうでもないと、考えを巡らせていた。

 エアコンの風が当たって寝心地は良いんだけど、この日はなぜか、妙に寝付けなかった。

 つかさたちに公園に呼び出されてから、もう何日も経ってるのに、頭の中ではずっと秀生の言葉がグルグル巡っている。

 それだけ俺は、自分の浅はかさを思い知らされたし、宇宙人と一緒にいることの異常さを思い知らされたわけだ。

 だけど、どうしても、追い出すとか、マスコミに売るとか、そういう結末にはならないんだよ、俺の中では。こんなにうざくてムカつく、緑のぬいぐるみなのに、さ。

 夜、こうやって目をつむったり開けたりしている間、ヤツは何をしているんだろうかと、ふと考えた。

 夜中のウチにイタズラを仕掛けているようなことを、前に言ってたの、思い出したからだ。

 宇宙人も夜は寝るんだろうな、というのは、俺の勝手な思い込みかも知れないし。絵理んちにいたときは、とりあえず一緒にベッドインしていたようなことも喋ってたな。……途中で抜け出して、俺んち勝手に改造してたようだが。

 それにしても、毎晩毎晩、寝てるところを見たことがない。ヤツめ、一体どこで何をしてるんだ?


 宇宙から来たって言われても、実感なんか、あるわけがない。


――『タカシ君のような低脳な地球人には理解できないくらい遠い、科学力の発展したところからだよ』


 そうだよな、俺みたいな単純で知識のない人間には、説明なんか、するまでもないよな。俺には、宇宙のどの辺に知的生物のいる星があって、どういう方法で、どういう乗り物で地球に来たのか、なんで地球のことや俺のことに詳しいのか、理解なんかできっこないもんな。

 トリビーは賢いよ。

 だからわざと、何も言わない。何も言わないから、俺も気にすることはなかった。

 ……秀生に言われるまでは。



 *



 時計の針は一時を回った頃だろうか。掃き出し窓のカーテンの隙間から、光が漏れていることに気がついた。

 この窓は絵理んちに面していて、家と家の間には、生け垣がある。だから、絵理んちで明かりを付けたとしても、生け垣が遮ってそんなに強い光は届かないはずだ。なんでだ、妙に明るい。

 俺は、重い身体を起こして、恐る恐る四つん這いで窓に近づいた。

 光はどんどん、強くなっていく。

 まるで、真っ昼間みたいな、いや、もしかしたら、それよりずっと強い光。

 目がくらみそうになるのを、手で遮りながら、俺はゆっくりと、カーテンを開けた。


「ま、眩しいっ!」


 外が、白い。

 物という物から色が奪われたみたいに、真っ白だ。

 草も、木も、花も、庭に放置された中身のない鉢や、絵理の家、空の色も、電柱も、何もかも。


「な、なんだ、こりゃ!」


 鍵を外して窓を開けると、生温いぬるっとした空気が家の中になだれ込んできた。外の気温はまだまだ、三〇度近くあるらしい。

 外で何かが起きている。

 それだけはわかったけど、眩しすぎて何が起きているのかわからない。

 とにかく、強烈な――たとえて言えば、白熱灯をまばたきせずに見せつけられているような、太陽を直接目の前に持ってきたような、異常な明るさだ。

 なのに、妙に静かだ。

 蛙の声はおろか、虫の声一つ聞こえてこない。いつもならどこからともなく聞こえてくる自動車の音も、通行人の声も、全てがなくなってしまったかのような――無、のような。

 この、無の中に、少しずつ色が現れる。

 上空から、赤や黄、オレンジ、そして水色、緑、キレイな星の粒みたいな、光のシャワーが降ってきたんだ。

 手をひさしにして、必死に俺は、何が起きているのか確認しようと目を細めた。だけど、正直、眩しすぎて何も見えない。ただ、声がした。


「そろそろ、来る頃だと思ってたよ」


「遅くなってすまない。あちこち、様子をうかがっていたんだが、なかなか来れなくてな」


「ううん。大丈夫。それより、どう、この星は」


「まずまずだね。ちょっと涼しいくらい」


「この星では、このくらいだと、暑い部類に入るらしいよ」


「へぇ、そうなの」


 複数人の声に混じって、聞こえるのは、明らかな緑のダミ声。

 ……嫌な、予感がする。


「孝史、どうしたの。何があったの」


 流石の父ちゃんと母ちゃんも、あまりのまぶしさに寝付けなかったらしく、二階から降りてきたようだ。

 眩しくて目すら開けられない俺は、振り向いて、


「眩しくて見えないけど、なんか、いるみたい」


 としか言えず、不審に思った父ちゃんが、


「どれ、父ちゃんが確認してやろう」


 偶には父親の威厳をと思ったのか、眼鏡をキリッとさせて、恐る恐る掃き出し窓から顔を出した。



 *



「ね、ねぇ、お父さん、なにか、いた?」


 窓から顔を出して数分、硬直したままの父ちゃんに、母ちゃんがしびれ切らして聞いてみる。

 様子がおかしい。

 俺は母ちゃんと顔を見合わせ、嫌な予感を確かにした。


「父ちゃんてば……」


 窓枠に手をかけ、仁王立ちしたまま固まった父ちゃんの腕の下から、俺もゆっくり、窓から顔を出す。

 外の明るさが徐々にひいていく。空から注がれていたキラキラした光の粒も、今はほとんどなくなった。少しずつ、いつもの夜の景色に戻ってきてる。自動車の音や、虫の音も、少しずつ聞こえるようになってきた。

 それでもまだ目に光が残っていて、まぶたを閉じても視界が赤い。

 参ったな……目がやられた。戻るのに、ちょっと時間がかかりそうだ。


「はうぁっ! タ、タ、タ、タカシ君っ!!」


 ダミ声の宇宙人が、驚いてる。


「トリビー、いるのか。何してんだ、そんなとこで」


「なななななな何にもしてないよ、ホントだよ、ホントだってば、嘘じゃない。いや、嘘と言ったら嘘になるけど、嘘じゃないって言いたいの言わせて」


 何、動揺してんだ?

 徐々に目が慣れてきて、暗い庭の中に、緑のぬいぐるみの姿を捉えた。


「この子が、タカシ君? あなたがお世話になっているっていう、地球人ね」


 変におっとりとした、艶っぽい女性の声がする。

 ん……? 女性……?


「特にコレと言って何の特徴もない、ありふれた地球人のようだな」


 こんどは、太い男性の声だ。


「兄ちゃんが、面白い面白いって言うから、凄く期待してるけど、いいんだよね、ね!」


「わー、楽しみー」


「たのしみたのしみー」


 ……って、何だ何だ? 何が起きてるんだ?

 目よ、早く慣れろ!

 くそ、鳥目になってて、よく見えないじゃないか!

 急いで目をこすって、何度も目をパチパチさせて、高速で顔マッサージして、――今度こそ!



 ……み、見なきゃ、よかった。



 庭に、なんかたくさん、人影があるんですけど。

 しかも、よりによって、普通の人間サイズですよ。揃いも揃って緑色の衣装着てるし、頭に白いヘルメット被ってるし。


「キャ、だ……誰、あなたたち!」


 母ちゃんが、俺より先に人影に気づいて、大声上げた。

 とっさに、トリビーが母ちゃんのとこまで飛んできて、口をふさぐ。


「お母様、ごめんなさいっ、許して! 中に入れてください! これは、この人たちは、ボクの、家族なんです――――ッ!!!!」


「か、家族だって?!」


「ええ――?!」


 大声上げるなと言われても無理、だって、目の前にいるのは、普通の地球人……緑の、思い思いの服をそれぞれ着てる、怪しい集団だけど、地球人に見えるんだけど?!


「な、何言ってんだ、このアホ宇宙人がっ! お前の家族って、まさか、そんなわけないだろ! 第一、サイズが違いすぎる!!」


「サイズなんて、どうにでもなるって、言ったじゃん!」


「聞いてねぇよ!」


「じゃあ、今言った! 言ったからね!」


「言ったからねじゃなく!」


 冗談じゃない、理解できない状態が、更に続くのか?!

 俺は、トリビーと顔と顔付き合わせて、とにかくガンガン言ってやった。夜中だろうが、近所迷惑だろうが、そんなの関係ねぇ! 死活問題じゃないか?!


「父ちゃんも、なんか言えよ、父ちゃんってば!」


 突っ立ったままの肩をトンと突くと、父ちゃんはそのまま、ステンとぶっ倒れた。

 く……口から泡吹いて、白目むいてる――――!!


「ギャー!! おおおおおおお父さん!! お父さぁ――――――――ん!!!!」

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