14◆どうしてこうなった

『地球見学ツアー、現地時間で一週間の旅』


 ……聞いてない、聞いてない聞いてない、聞いてないぞ?!

 大体、何を見学する気だ、こんな大勢で。

 しかも、俺んち上空にUFOとか、全く意味がわからない。人気のない砂漠とか、平原とか、いろいろあるだろうよ。なのに、なんでよりによって、狭い敷地で乗り降りするんだ。

 リスクを考えないのか、この宇宙人共は、リスクを!

 それとも、俺たち地球人の常識は、目の前にいる緑の群れには通じないと、そういうことなのか。

 一見まともに見えた緑じいちゃんや緑キングも根本はトリビーと同じらしくて、俺たちがなんで驚いているのか理解できない風に顔をかしげている……ように見える。が、ぬいぐるみでは、表情が全く読み取れないのだ。

 にしても、変身能力ってのには驚いた。

 せっかく地球人の姿をしていたのに、ぬいぐるみに……ってことは、待てよ。トリビーも、地球人の姿みたいになれるってことか。一体、どういうふぬけ顔になるのか、気になる。いや、見たくないけど。


 それはそうと、『現地時間で一週間』……この先一週間は、コイツらに振り回されることが決定してしまった。

 今はぬいぐるみの格好をしているが、元の形に戻ってしまうと、あの窮屈な状態になってしまうわけで。狭い俺んちでは、とてもじゃないが、かくまいきれない。しかも、一人だけじゃない、トリビーも含めると、実に二十四人。色々と、グッタリする人数じゃないか。


「今日はもう遅い。孝史、今夜は朝までここで、この人たちと一緒に寝てくれ。これからのことは、朝になってから考えよう。父さんはそろそろ寝ないと、明日にさし支えてしまう。なってしまったことを後悔するより、何とか前向きに考えるしか、ないかも知れないな」


 そう言って、父ちゃんは母ちゃんと寝室に消え、俺はぬいぐるみの群れの中で、一晩明かすことになってしまった。

 た、確か、ちょいと前まで一体だけだったはずの、緑のぬいぐるみが二十四……。

 布団を敷いて、電気消して寝ようとしてたのに、俺の周りでぷかぷか浮いて、みんなで観察始めるの、ヤメロ……。


「地球人は、『夜』と呼ばれる、太陽の光が届かなくなる時間帯に入ると、こうやって『布団』と呼ばれるやわらかな材質のものを下に敷いて、身体を横にして寝るんですよ! スゴイでしょ!」


 ちょいと待て。

 お前の星ではどうやって寝るんだ。

 いやいや、いちいち突っ込んではいけない。

 俺は寝る、寝なければならぬ。目をつむるのだ。

 眠れなくても、目をつむれば、きっと寝れる!

 いちいち突っ込んでいては、身が持たない。

 周りにうようよと緑のぬいぐるみが浮いていようと、俺のタオルケット引っぺがして、ぬいぐるみが変なことを言おうと、俺は寝なければならないのだ!


「素材は、やはり、植物性の何か、繊維で紡いでいるのですな」


「この、擬態したフェルト地とかいう、手触りのものとは、また違いますね」


 何を研究しているんだ。さっきまで、お前ら普通に布羽織ってたろうが。お前らの星にはそういう物がないのか、一体どういう暮らししてたんだ。

 ああ、また突っ込んでしまう。そんなことしないで、寝ろ俺寝ろ俺寝ろ俺……。


「『寝る』時のポーズに決まりはないのでしょうか。片足を上げて、非常に寝づらそうに見えますわ」


「いろんな格好で寝るみたいだよ。横になってみたり、上向いたり、場合によっては、うつぶせで寝るときもあるんだって。それに、寝ながらゴロゴロとよく動くんだ」


「『寝ている』状態で動くとは、恐ろしい……。身の毛もよだちますわ」


「あと、寝ながら喋ったり、変な音出したりすることもあるんだ。タカシ君のお父さんはこの間、寝ながら『お願いです、減給は勘弁してください。どうしてですか、社員一同、頑張ってるじゃありませんか』とか、『私が悪いんじゃない、世間が……ユーロが悪いんだ……』とか、喋ってたし、お母様はこの世の物とは思えない不快な音を出しながら寝ていたし、とにかく、見てて飽きないんだぁ。お互い、『寝ている』状態のときは、周囲の音が聞こえないらしくて、『朝』……太陽の光が届くようになって目が覚めても、なにがあったか全然覚えてないの。不思議でしょ」


「不思議。理解できないわ。未知の生物ね」


 いや、お前らが未知だ。

 って、寝……寝られね~~~~!!



 *



 気がつけば、外が薄ら明るい。

 午前四時にもなれば、外は白んでくる。カエルの合唱に代わって、チュンチュンとスズメの声が聞こえてくる。新聞屋の配達のバイクが、俺んちのポストの前で止まり、ボスッと音がして、去って行く。

 いつもと変わらない、とても、平和な朝だ。


 ……俺んちを除いては。


 リビングでは、相も変わらず、緑星人同士の変な会話が続いていた。


「この『タカシ君』とやらは、いつ『寝る』状態になるかね」


「いつもはこの時間も寝てるんだけど、今日は眠れなかったみたいだね。残念~。お父様にも見せたかった、寝てるとこ」


 見せるなそんなもん。


「これから一週間も滞在するのなら、きっと見られますよ」


「そうじゃのぅ」


 ホントーに、俺、見世物になってないか。

 一体、いつ眠りにつくんだ、この、緑星人共は。二十四体のぬいぐるみ、全部が全部、ず~っと、動き回ってたぞ。この中で、ゆっくり寝ろって方が無理。

 修学旅行の時だってなかなか寝付けず、寝不足のまま日程こなしてたのにさ、夜な夜な俺の顔覗き込んではコソコソ、あっちこっち家の中うろついてはガサガサ、気になって気になって仕方ないじゃないか。

 く……クソ、どうしてくれる。俺はなぜ、UFOが来るまでの平和な時間を睡眠に費やせなかったんだ。

 俺はおもむろに、布団から這い出した。尿意をもよおしたからだ。


「あれ、タカシ君どこ行くの」


 トリビーのダミ声は無視した。とてもじゃないが、眠気が酷くて、相手など出来そうにない。


「突然立ち上がったということは、これから『日常生活』を開始するのですね。楽しみですわ」

「どこへ行くのかな。付いてってもいい?」


 便所にまで付いてくるつもりなのか。そんで、俺のあそこから尿がシャーッと出てくるところを見て、拍手……うう、イヤだ、そんなのイヤだ。


「便所だよ! おいトリビー、便所まで付いてこないように指導しとけ!」


「『便所』……『便所』というと、排泄を行う場所ですね。おお、なんと興味深い! この建物の中には、そのような施設も備わっているのか」


「摂取した栄養分を、体内で全てエネルギーに置換するのではなく、余分なものを『便』として排泄するとは……。地球の生物は、我々とはどこかが違う。生物学的に未発達というか、何というか」


「どこでしたかな、あれは……どの星系の何という生物だったか」


「星系は忘れましたが、確か、ムーマですよ。ほら、大きな四つ足の、石ころのような身体の」


「そうそう、あのムーマ以来ですな」


 ああ、もう理解に苦しむ。お前ら、排泄しないのかよ……。確かに、トリビーがうんこしてるところも、しっこしてるところも、見たときゃないけどさぁ。

 便所にくらい、静かに行かせてくれ……。


 便所から戻ってすぐ、眠気は訪れた。

 そうだ、とにかく寝ないと。

 大量のぬいぐるみが来たなんて夢、きっと、眠れば覚めるに違いない……。



 *



 ――覚めるわけ、なかったけどね……。

 午前七時を回ると、寝ぼけ眼必死にこすりながら父ちゃんは会社に行き、母ちゃんも朝飯終えて、家事をする。

 布団の中で幸せをかみしめるかのように熟睡していた俺も、母ちゃんにたたき起こされた。

 周囲には大量の緑のぬいぐるみ、俺のことをまじまじと見下ろして、


「これが『起きる』という状態ですか! いやはや、何とも感慨深いです」


「意識レベルが変化した、そう解釈してもさし支えないのですね」


「なんだか、こちらを睨んでいるようにも見受けられますが、『寝起き』とは、ご機嫌が斜めになる現象だったのですね」


 俺がご機嫌斜めなのはお前らのせいだと、全身で訴えているんだが、わかってもらえない様子。

 なんだろう、俺、寝たのにとっても疲れてる。

 身体から疲れが抜けない。もうイヤ。

 朝ドラまでに掃除機かけ終わりたい母ちゃんが、早く食べちゃってとばかりに、まだ食欲のない俺に構わず、ご飯をよそう。食卓に用意された、鮭の切り身と大根おろし、納豆、味付けのり。味噌汁の臭いが、鼻を突いた。

 緑のぬいぐるみに囲まれた、日本の食卓。

 なぜ、朝飯を取り囲む、緑ども。


「す……スゴイ。こんなに美しい食卓があったじゃろうか! この星の食卓は、美しい……!!」


 魔法使いのような緑マントを羽織った、白ヘルメットのばあちゃんぬいぐるみが、感激のあまり両手を挙げて気を失いかけている。


「さっき、お父さんにも同じもの出したんだけど、やっぱり同じ反応だったわよ。朝食で感動できるなんて、すごいわよね。それはそうと、タカシ、食べて食べて」


 椅子に座って、いただきますと両手を合わせると、また、


「ぎ……儀式だ。儀式が始まった。『原始文明においては、食事の度に祈りを捧げる』って聞いたことがあるけど、ホントだったんだ!」


 緑スーツ、うるさい。

 それに、原始文明って……。確か、最初の頃、トリビーのヤツが、俺にヒーローになれとか、わけのわからんことを言ってたとき、ついでにそんな話をしていたような。この変な生物から見ると、俺たち地球人の生活が、原始文明に見えるってことか。失礼極まりないな。

 飯ぐらい、静かに食わせろや。


「カプセルやドリンクではなく、こうやって作物を直接加工するなんて、久しぶりに見ましたね。本当に、すばらしい。地球に来て、よかった」


 俺がひと箸ふた箸と、口に運ぶ間、緑の連中は、ずっと食べ物の動きを目で追い続けている。口に食べ物が入れば「お~!」、噛めば「ほぉ~」、飲み込めば拍手。

 何が珍しい、何が不思議なんだ、俺には、そうやって見物する、お前らの方が不思議でたまらない。


 飯を食うこと、排便すること、寝ること、何もかもが感動に値する。

 この、正体不明の緑星人は、一体どういう暮らしをしてきたのか。

 考えたくなくても、気になって仕方がない。


 ふと、箸を止めて、ヤツらを見回す。

 食卓の上、食べ物を観察する緑のぬいぐるみたち。どいつもこいつも、物珍しそうに、皿の上を眺めている。

 ある者は鮭の切り身を崩す俺の箸裁きに感動し、


「この器用さ、原始文明あなどるなかれ!」


 と大声を上げ、ある者は、納豆の粘りと臭いに恐怖を抱き、


「こんなものを平気で食すとは、我々のような高度文明においては、あり得ない。自殺行為ですね……」


 と震え上がる。

 味付けのりの封を切れば、この黒い物体は何なのかと、一枚一枚、テーブルに並べ、


「『紙』と呼ばれる平べったい物に似ているが、食い物なのか」


 と、恐る恐る千切って口にし、


「う……うまい! 未知のうまさだ!」


 と、周囲にどよめきを生んでいた。

 ふつーに飯を食いたいのだが、どいつもこいつも、俺の邪魔ばかり……。

 味噌汁こぼしたらどうするんだ、味噌汁!

 ずずず~っと、音を立てて、味わうことなく味噌汁をすすって、とにかく空にする。ああ、なめこの味噌汁くらい、ゆっくり味わいたかった。

 そうこうしている間に、ヤツらは米に興味を持ったらしく、


「この白いつぶつぶは何だ」


 と、ご飯茶碗に集まってくる。


「ご飯だよ、『主食』っていって、主にエネルギーに変わるんだ。毎日食べるんだよ」


 トリビーの解説に、


「おお~っ!」


 と、またもやどよめく。

 白い粒を手に取り、フェルト地の手で握りつぶすとねちょねちょするのがたまらないらしく、


「これは、食べ物なのか。なぜこんなにも弾力が」


 などと、どこをどう突っ込んで良いのかわからないことを呟いているのが、緑キングだったりするから、もう手に負えない。

 朝食が終わる頃には、身体中が飯粒に納豆、海苔だらけで、味噌汁椀の中にダイブするヤツがいなかっただけマシだなと、思ってしまうほどだった。


 一体、ヤツらは何を見にきたのか。

『地球見学ツアー』とは何なのか。

 聞かなくてもわかるような気がしたが、その答えを問いただしたくなる平日の朝だった。

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