7◇事態を収拾せよ!

 いつの間に、こんな事になったんだか。

 俺んちからいなくなっていた数日間、静かにしていたと思ったら、緑野郎め、隣の絵理と壮太とグルんなって、巨大ロボ計画を進めていたとは。

 つか、この家のビジュアルは一体どうなってるんだ。外壁の一部が腕になってたり、物干し台が手になってたりしたのは、ちらっと見えた。一階のリビングダイニングは胴体らしいが、他はどうなんだ。トイレは、風呂は? 水回りは、ロボットの足にでもなってんのか? 第一、これ、戻ったとしても、きちんと住めるのか?


「もしかして、ボクの科学力に感心してる?」


「してない」


「してるんでしょ」


「してない」


 うるさい宇宙人め。

 こうなったら、死ぬ気で止めてやる。

 母ちゃんは昼ドラの続き見られなくなったショックで全然動けないし、窓から顔出して、隣んちの壮太にやめろって言っても、


「孝史君、どう、乗り心地。最高?」


 とか、わけのわからない言葉だけ返ってくるし。俺以外、誰にもどうにも出来ないわけだよ。


「おい、どんなリモコンなのか、ヒントないの、ヒント」


「ヒントって言われても、覚えてないのに、どうやってヒント出すのさ」


「覚えてないわけないだろ。ほら、縦長だとか、コードが付いてたとか、黒とか白とか、色々あるだろ」


「う~~~~ん」


 絶対悩んでないな、コイツ。


「仕方ない、一個ずつボタン押すしかないか……」


 問題は、リモコンを探り当てたとしても、どのボタンで動くようにインプットしたのか、わからないって事だ。

 手始めに、テレビのリモコンから行くか……。

 俺は、リビングの床に落ちていたリモコンを手に取り、その場にしゃがんでボタンを押し始めた。


「電源ボタン~と、……反応なし」


 家が動き出したことで、コンセントからコードが外れたらしく、電化製品は全く動かない。

 ……それにしても、このロボットの動力源は何だ。俺んち、ソーラーパネルなんて付いてないんだぜ。

 ちらっと窓の外を見ると、どうやら住宅地の狭い路地を進んでいるらしい。両脇に見覚えのある近所の家々の屋根が見えてるし、二階の窓から身を乗り出してみている人たちと目が合う。

 は、恥ずかしい。こんな羞恥プレイ、イヤだ、早く見つけてやる!


「ううううう……てりゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 気合いを入れて、一つずつボタンを押していく。連打連打連打連打……!!

 ゲームで鍛えた連打を、こんな所で使うとは思ってもみなかったぜ。

 そして、地デジ対応薄型テレビリモコンの『決定』ボタンに触れた瞬間、だ。



 ギュッ……シュワリ――ン

 バサッバサッバサッバサッ



 なんか、音した。

 今、変な音した。

 ブルブルッと、悪寒が走る。機械人形みたいに、グギグギとぎこちなく首を窓の方に向けると、視界に、腕と翼状の広い板が。あ、ちっちゃい蜂の巣が付いてる。アシナガバチの巣だ。俺の、二階の部屋の外壁だぁ。



 ギュイ――――ガシャンガシャンガシャンガシャン



 俺んちにあるはずのない雨戸が、窓という窓を覆い始めた。な、何製だ? 銀色に光る、アルミニウム合板? よ、よくわからないが、どこから持ってきた。

 突然光を失った室内に、自動で明かりがつく。雨戸と連動していたらしい。



 ボッ……

 ゴゴゴゴゴゴ――……



 下の方から、何かが燃える音、吹き出す煙、そして振動。更に、浮遊感。

 浮いてる、浮いてるぞ、どんどん浮いてる。


「あ、それ、空飛ぶ時のボタンだ。このリモコンだったんだぁ~」


 おいおいおいおい、何考えてんだよこの宇宙人は。


「この家動かすためのリモコンは、壮太の持ってるあの一個だけじゃないのかよ」


「う~ん。どうだったかなぁ。たくさんリモコンがあったから、適当にいろんなプログラム入れちゃったんだよね。でも、どれがどれだか、ぜ~~~~んぜん、覚えてないんだぁ。えへ」


「『えへ』じゃねぇ――――ッ!!!!」


 泣き叫びたい気持ちだったが、突っ込んだだけでグッととどめた。

 お、俺の家は一体どうなってしまうんだ。どこに飛んでくんだよぉ……。

 もう、壮太の声も聞こえない。空飛ぶ音で全部かき消されて、なにがなんだか、よくわかんない。


 空飛ぶ家ロボット……ビジュアルには一切期待できないそれは、垂直にロケット発射したかと思うと、しばらくして、水平飛行に変わった。

 家財道具が倒れ込んでくるかと警戒し、俺は慌てて身を縮めたが、床下にピッタリ張り付いたまま動かない。まるで重力が家の床に向かっているかのようだ。


「ちゃんと、床下に重力装置埋め込んでおいたから、大丈夫だよぅ」


「そ、そいつは良かった」


 いや、よく考えたら全然良くないんだけど。

 それでも、雨戸閉まってくれたのは助かった。もう少しで見覚えのあるものが次々に落ちていくのを見て、血の涙を流すところだった。俺のゲームソフトやマンガ、果ては終えたばかりの夏休みの宿題まで、落ちて困るモノがたくさん部屋にあったのを思い出す。

 配慮……してくれたんだよな。

 ――ブルブルッ。一瞬、アイツが良いやつだと思ってしまったじゃないか。諸悪の根源だってば。


 ……もし、この家を止めるリモコンが見つからなかったらどうなる? 

 一生このままなのか?

 俺んちは、元のあの住宅街には戻れないのか?

 そんなのイヤだ。絶対に嫌だ。

 あの緑星人のやりたい放題にさせてたまるかよ……!


 とりあえず、この、テレビのリモコン。『決定ボタン』が『空を飛ぶボタン』なのはわかった。

 他のボタン、今押したところからしたがどうなっているか、試してみるしかない。


「このリモコンじゃなかったか……」


 空飛ぶ以外変化なし。

 これ、あとどのくらい繰り返せば良いんだ?


「あ~、タカシ君、お母様ぁ~。ほら、テレビ電源入れましたんで、外の景色ぃ~ご覧くださいっませぇ~」


 車内アナウンスのつもりなのか、無駄に語尾伸ばしやがって。

 言われたとおりに目線を上げると、薄型テレビに外の景色が映っていた。かなりの速度で飛んでいるらしく、景色がビュンビュン動いている。

 今、……学校の上通り過ぎた。部活していた野球部員が、こっち見上げてなんか指さしてるの見えたぞ。

 カメラ機能まで付けていたのか……、雨戸で外の様子が見えないから丁度良かったと言えば丁度良かった。

 ――じゃなくて。

 おいおい、どうした俺。

 この、極限に追い詰められた状況に、ついにおかしくなってきたか?

  ちょっとでも、良かっただなんて、軽々しく考えてはダメだ。ダメなモノはダメ。

 家がロボットに変形するのがそもそもダメ、飛ぶのはもっとダメ、ダメに決まってるだろうが!!


「飛行機よりも快適よね、ある意味。あ、だんだん感覚にも慣れてきたわ。ホントは九十度角度がズレているのよね」


「そうです、お母様。よくおわかりで。慣れてしまえばこっちのもんです。家の中はいつもと変わらず、そのままですので、普段通りの生活を営みながら、ロボット生活が出来るんですよ! すごいでしょ!」


「すごくない!! つか、まさかこれ、壮太が操縦してるんじゃないだろうな」


「そうだよ? ちゃんと、専用のモニター見ながら操作するように教えておいたから、心配ないと思うけど」


「壮太君、凄いわね。小学三年生でロボット操縦できるなんて、近未来も良いところね」


「むしろ、ボクの星ではロボット操縦はご飯食べるのと同じくらい普通なことでしたよ」


 ヤツめ、母ちゃんと二人、ソファの位置直しながら、意味のわからん会話しやがって。俺の突っ込みも、全く無意味どころか、うまいこと飲み込んじまってる。

 確かに、多少の揺れはあるが、重力方向がきちんと天井と床を認識しているのは助かるっちゃぁ、助かる。ロボットの動きに左右されるようでは、あっちにこっちにかがんだり飛んだりする度に、ゆっさゆっさと家具が揺られ、破壊されるわけだからして~って、ああ、また、俺はなんでこの状況で以下略。


 すっかり状況に慣れた母ちゃんが、家具の配置を戻そうとしているのを尻目に、俺は次のリモコンを探す。テレビのリモコンのそばに……あった、コレはDVDレコーダーのリモコンだ。いや、まてよ、とりあえず、家中にある、リモコンというリモコンを集めて、押しまくるか。いちいち確認しては探し、確認しては探し、するより、少しは効率的だ。

 ロボットに変形してから初めて、俺は自分の家を散策した。

 が、どうも頭がやられてしまったらしい、家の中身はいつもと変わらなかった。変形して、一部は腕に、一部は足に、頭に……、行けなくなった部屋があってもおかしくないはずなのに。まるで、俺んちの外側と内側、空間に歪みでも発生しているかのような。


「どうなってんだ、一体」


 階段の位置も、二階の俺の部屋も、間取りが全く変わってない。トイレに入って用を足してみたが、水も流れるようだ。

 レジ袋片手にリモコン集めながら、俺は首をかしげ続けた。

 物理的に変だろ、おかしいだろ、宇宙人の科学力……で、済まされる内容か?

 もしゃもしゃと右手で髪の毛をかきむしり、難しい顔をしていたところに、あの緑がサッと現れる。

 俺の顔のすぐそばにふらふらっと寄ってきたかと思うと、こう言った。


「もしかして……気づいちゃった?」


 ドキンと、心臓が大きく鳴る。


「な、何が」


 言いながら、俺は階段を駆け下りた。


「亜空間。この家の内部が亜空間に取り込まれてるってことだよ」


「あ、くうかん?」


「だから、多少揺れは感じるかも知れないけど、中身はほとんど変形前と変わってないの。ボクの星では一般的な技術だけど、この星じゃ、まず見かけないみたいだね」


 こんなとき、急に宇宙人ぶった台詞吐かなくったっていいじゃないか。

 は、腹が痛い。胃が、キリキリする。


「で? だから何? 俺ん家はロボになってるけど、中身はロボじゃないから、このまんまでいろって、そう言いたいわけ?」


「ん~、まぁ、面白いからこのままでも良いけど、リモコン探してるタカシ君見てるのも楽しいから、どっちでも」


 む、無責任なヤツめ。

 茶の間に、寝室、俺の部屋、それから押し入れの中まで、とにかく思い当たるだけのリモコンを詰め込んで、やっとリビングに到着する。形も様々、色も様々、電化製品からゲーム、オーディオ機器まで、探せるだけ探したぞ。二十個はある。


「よく見つけたわね。……あら、このリモコン、昔のビデオデッキのじゃない。懐かしいわぁ」


 リビングのローテーブルに並べたリモコン一つ一つ、感慨深げに見てる場合じゃないよ母ちゃんってば。


「そんなのどうでもいいから、母ちゃんも、色々ボタン押してみてよ。俺一人じゃ時間かかるだろ」


「それもそうね」


 きょとんとした目でこっちを見ない。さっさと作業する!

 俺はゲーム関係、母ちゃんは家電関係のリモコンを押す。時に、家電そのものが動き出したりするもんだから、油断ならない。

 本当に不思議なんだが、この家の動力源、電気の供給源は何だ。森の中に飛ばされたときは、電気がなくて、プロパンガスで過ごしてたのに。……まさか、プロパンガスなわけないし。アレはむしろ、発射の時、使われたような気がしなくもないが。


 テレビ画面をチラ見すると、巨大な都市が目に入ってきた。高いビルがひしめきあって、上空からだと剣山のようにも見える。その先には、スッと一本高い塔――まさかのスカイツリーだったり……する?

 画面の向こうから、たくさんのヘリが映り込んできてる。気のせいだと思いたいけど、もしかしなくてもテレビ局か、自衛隊か……、ああ、自衛隊っぽい。軍用ヘリだもん。死ねるな、このまま。うん。


『特撮じゃないんです、空を見上げてみてください! ロボットが、ロボットが飛んでいます!』


『自衛隊は急遽、ロボットを追跡すべく部隊を派遣し……』


『あれは合成ですね。ほら、この辺り見てください。不自然に影が』


『目撃した人の話では、突然家がロボットに変形し』


『繰り返します、場合によっては、東京上空で追撃することも十分に考えられます。周辺住民の方は速やかに避難してください。繰り返します』


『【速報】東京上空に謎のロボット出現。自衛隊出動のため、一部避難命令』


『総理、この事態をどう捉えますか。やはり、安全保障上の観点からしても……』


 なぁ~んて想像が、ぐるぐるぐるぐる、頭の中を駆け巡る。

 ついさっき、冗談で言ったことが、現実になりそうだ。

ワイドショーでもニュースでも、明らかなトップニュース扱いに違いない。えらいことになっていたり、しない……よ、な。いや、もしかしたら、そうなってるかも。なってる方が、確率高くね?

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