6◆変形、発進、巨大ロボ!

 トリビーが隣の橋田家に行って数日、久しぶりに、本当に静かな日々が続いていた。

 時折、絵理と弟の壮太が変な声を出すことはあっても、俺んちにトリビーが押しかけてきて何したり~ってことはない。俺んちってば、ホントはこうだったんだよねって、ほくそ笑めるくらい、心に余裕が出てきた。


 偶に壮太と顔を合わすと、


「あの宇宙人、すんげー面白いね!」


 半袖半ズボンという伝統の小学生スタイルで、キラキラ澄んだ瞳を向けてくる。

 逆に、ものすごい罪悪感が渦巻いて、


「そ、そりゃよかった。気に入ってもらえて」


 俺の社交辞令の挨拶は、小学三年生の壮太にどう見えていたのだろうか。良心の呵責にさいなむ。


 あの、洗脳されかけていたような、変な状態になっていた母ちゃんだが、まだまだトリビーワールドの住人のままらしく、朝っぱらから、


「トリビーちゃん、どうしてるのかしら。ご飯は食べてるの? 夜は眠れてるかな? 橋田一家にいびられたりいじられたりしてないわよね」


 垣根越しにそわそわと隣の家をのぞき見るのはやめろと、何度言ったかわかったもんじゃない。


 父ちゃんも、大好きなオレンジジュースをゆっくり味わえる幸せに浸っていた。

 そりゃそうだ。

 俺だって、自由に寝転がれる、それだけでも十分、満足している。



 *



 夏休みは、このぐらいゆるゆるじゃなきゃ困る。

 あとは、唯一我が家のリビングにあるエアコンの使用許可が出れば、言うことはない。……が、父ちゃんも最近のユーロ安だか円高だか、そういうのに煽られて、減給とかボーナスカットくらってるらしくて、贅沢できないのが実情だ。


 確かに、トリビーのせいで森の中に連れてかれた数日間は、涼しく過ごせた。

 ゆったりとした時間、さわやかな風と空気、鳥の鳴き声、水の流れる音……。自然って良いなって、ちょっとだけだが思ってしまったのは嘘じゃない。

 田舎暮らししたくなる、定年夫婦の気持ちがわからなくもなかった。

 だが、やはり、文化人としては、電気ありの生活がしたい。

 たとえ暑さに苦しもうとも、俺は自分の生まれ育った町で暮らしていきたいのだ。

 そう、どんなに暑くったって、俺はこの家が好きなのだ。


 トリビーの相手をしているのかどうか知らんが、絵理もここんところ、俺にちょっかいを出してこない。平和である。

 しかし、平和というモノは、長く続かない代物らしい。束の間であるから平和なのであって、永遠に続いたりはしないというのが、世の常。

 そう、俺の平和な夏休みは、あっという間に終わりを告げようとしていたのだった。



 *


 

 それは、とある日の昼下がりのことだ。

 相も変わらずサラダそうめんの昼食を終え、扇風機前に陣取って風を浴びていた俺は、ふわっと、地面が浮くような妙な振動を感じた。数回縦に揺れ、それから小刻みに横に揺れる。

 地震か、と、心臓が飛び出そうになった。

 東日本を襲った大きな震災以降、揺れには過敏になってしまう――それは、日本人として、震災列島とも言われるこの島国に住んでいる人間にとって、当然の反応だった。

 ガタガタッと家具が踊り、倒れそうになったり、床を滑ったり。立っていると、めまいを感じてしまうくらいの揺れだ。

 昼ドラに夢中の母ちゃんも、甲高い声出して騒いでいた。……薄型テレビがガタガタ動いて画面がよく見えず、周囲の音で台詞が聞こえないとか、そういう内容だったが……、液晶に傷が付いては大変だ、買い換えたばっかりなのにと、両手でしっかり画面抱えて、揺れが収まるまで待っていた。


「た、孝史、地震? 地震なの?!」


 その昼ドラやめてNHKにでもすれば、地震速報が流れてるんじゃないのかと、突っ込みたかったが、グッと堪える。


「わかんない、すげぇデカかったけど」


 緊急地震速報こそなかったものの、こんなに大きな揺れを感じたのは久しぶりだった。

 だが、どうも、この揺れはあの震災の時の揺れと種類が違うような気がすると、俺の第六感は訴えていたのだ。

 ――また、揺れる。

 今度は、立っていられないくらいの強い下からの衝撃……!!


「や……ヤバイよ、これ、直下型……」


 もうダメだ……!

 俺は必死に、ソファの背に掴まった。

 カレンダーや壁掛けの小さな絵、のれんや風鈴が、激しく左右に揺れている。家具という家具が、小刻みにジャンプして、定位置からずれていく。

 目をつむった。

 例えようない恐怖心に、押しつぶされそうだった――。



 ギュイ――――……ン

 ガションガション……シュゥ…………ガガ……ガ……

 ガギッ……ガッガガッ……グググッグッギギギギギィィィィ……



「ん?」


 何か、変な音が。

 俺は、恐る恐る、目を開けた。

 振動はまだ続いているが、それ以上に、普通じゃない音が、すぐそこでしている。



 ガシーンガシーン

 ブルルルルルルルルル……ギュオォォォォォォン



 ギュオーンって何だ。

 その、特撮でしか聞かないような効果音は。

 それに、何かに持ち上げられるような、浮遊感……?



 グイッ……グググググググッググッ

 ガキンッガキンッガキンッ


 ブバババババババババ……シャキ――ン!!



 今、シャキーン言ったぞ。


「すんげー! トリビー最高!! 超格好いいね!!」


 窓から飛び込んできたのは、隣の壮太のかん高い声だ。

 カッコ……いい?

 それにしても、声の聞こえてくる角度がおかしいんだが。

 ――そこまで考えて、俺はふと、窓の外を見た。

 見て……後悔した。


 そうだ、隣の家には、変なヤツがいたのだ。

 たくさん。

 よりによって、隣んちに押しつけるべきじゃなかったんだ。

 ……あの、宇宙人を。


「と……トリビーの仕業かぁ!! って、うわぁぁぁぁぁっ!!!!」


 俺はガラッと掃き出し窓を開け、隣んちに向かって叫んだ。叫んだあとで、自分の状況に衝撃を受けた。


 俺んちが、宙に浮いている。


 一階のはずなのに、目線が高い。

 他人ひとんちの屋根が目の前に広がってる。

 すぐそこに見えるはずの地面が遠い。


「あ……ああっ、母ちゃん、こっち来ちゃダメだ……っ!」


 何があったのと、テレビを抑えている手を離してこっちへ来ようとする母ちゃんを制止しようとしたが、遅かった。窓に手をかけ、前のめりに……もう少しで真っ逆さまに庭まで落ちてしまうところだ。

 すんでの所で、母ちゃんの土手っ腹引っ張って、何とか家の中に引き入れる。

 ドシンと、母ちゃんの身体ごと、俺は床にたたきつけられた。

 お……重い。一体何キロあるんだよ。


「危なかったぁ。孝史、ありがと」


「どう……いたしまし、てぇ」


 それはいいけど、一体何が起きてるんだ。

 隣の壮太の一言が気になる。『格好いい』って、なにが格好いいんだ? まさか、俺んちの方向を見て言ってたわけじゃあるまい。おおかた、なんかおもちゃでも買ってもらったんだろ。

 ……そう、思いたかった。

 ああそうだよ。

 俺が甘かったんだって、今更言われなくてもわかってる。


「ねぇねぇ、トリビー、どうすれば動くの?」


 壮太がわざとらしく、こっち向かってでっかい声で喋ってる。


「リモコンのボタン……この、赤いの押してみて」


 あ、緑のダミ声も。


「赤ね。ハイ、ポチッとな~」


 壮太の無邪気な声とともに、ギュイーンと何かが動いた。

 掃き出し窓の上部に、大きな影が現れ、轟々と凄まじい音と風を立てて通り過ぎていく。

 俺と母ちゃんは、部屋の中からその様子をじっと見ていたが、通り過ぎていった物体に既視感を覚え、二人顔を合わせた。


「ね、ねぇ、孝史。今、ウチの外壁が通ってったわよね」


「うん。確か、二階の壁だよ。一瞬、瓦も見えたような」


「でも、細長い、筒状になってなかった?」


「だね。先端に巨大な手が見えたけど、あれも、見覚えあるような」


「二階の、物干し台の素材に似てなかった?」


「やっぱり?」


「次、青のボタン押してみて」


「いいよ~。ハイ、青、ポチッとな」


 まさか、リ、リモコンで操作しているのか?

 今度は床がガタガタッと動きだし、グワッとまた、持ち上げられる感覚が。――と、家全体が台所側に傾いて、リビングの薄型テレビが倒れそうに……。


「ひ、昼ドラ!」


 母ちゃん、昼ドラなんて見てる場合ちゃうやろ。

 それより、


「危ないって、離れないと!」


 自分の命より昼ドラの展開の方が気になるとは、流石、主婦も二十年近くやってると違うな。

 どうやら、出生の秘密を知らない主人公の女性が、生き別れた兄とやっと再会して、本当の母親の元にもう少しで辿り着くところらしい。途中で兄の恋人が、主人公を恋敵と勘違いして行く手を阻んだり、母親は母親で行き先も告げず転居を繰り返していたもんだから、足取りを追うのも大変だったとか、自分の生い立ち――母は妻子ある男性との間に自分をもうけ、望まれずに生まれてきた、兄とは父親が違う、その兄の父親も、母を憎み、色々と工作してくるなどなど、昼ドラらしい典型的泥沼ドラマなんだが、一話たりとも見逃してはいけないとばかりに、毎日毎日、懲りもせずテレビの前で固唾をのんでるんだから何とも理解しがたい。

 え、やけに詳しいなって? 

 毎日毎日、食後に流れてるから、ついつい見ちまったんだよ。面白いだなんてちっとも……思ってるわけないだろ。



 ギュワワワワァ~~~~~~ガシュゥ~~~~

 ガシャンガシャン



 何かが伸び縮みし、金属のすれる音が響く。

 同時に、家も揺れた。ギシッギシッと、きしむ、きしむ。

 建物全体が持ち上がり、少しだけ――移動、したのだ。


「動いた――――ッ!! トリビー、最高に格好いいね、このロボ!!」


 ろ……ロボ?


「今、ロボって、聞こえたよね、母ちゃん」


「壮太君の声で、そう言ってたわね」


 俺の身体はひっくり返ったまま、その場から移動するのをやめた。

 力が抜けた。仰向けになって、天井を見て、頭抱えて……事態を整理する。


「もしかして……もしかすると、もしかしなくても、いや絶対、この家、ロボットに変形してたりするんだろ? で、それを操作してるのが壮太ってことで、間違いない?」


 開けっ放しの窓から、ふらふらっと、またヤツが俺の家ん中に入ってきていた。

 この畜生め、全然姿を見せなかったと思ったら、とんでもないことをしてくれたもんだ。

 頭ではわかっても、コレを理解しろという方が無理だ。一体、なんたって、家をロボに変形させる必要がある?


「間違いないよ~。流石タカシ君~。パチパチパチ~」


 フェルトの手では、拍手をしても音が出ないようだ。わざわざダミ声でパチパチなどと。

 ……抜けていた力が、めきめきと戻ってきた。怒りとともに。

 拳を握り、奥歯を噛む。カッと目を見開き、ガバッと起き上がった。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!! トリビぃ~~~~~~!!!!」


 ライオンの如く両手をかざす。俺の手が宙を斬り、ヤツはスルッとすり抜ける。また、イタチごっこか。

 家具はめちゃくちゃ、この間の比ではない。

 こうして走り回ってる間にも、家はガションガションと動きだし、揺れる揺れる。


「た、孝史! そんなことしてる場合じゃ……キャーッ!!」


 ズザザーッと音がして、本棚が目の前を滑った。

 間一髪、もう少しで足を轢かれてしまうところだ。


「確かに、こんなことしてる場合じゃないな。おい、トリビー!! 壮太になんてモノ与えたんだ! 今すぐやめさせろ!」


 動くのを止めて欲しいのはもちろんだが、この家を元の形、元の場所に戻して欲しい。また父ちゃん帰ってきて号泣するの目に見えてるじゃないか。ただでさえ、この間家が消えて白髪が増えたのに、今度はどうなることか……。

 畜生、何もかも、コイツのせいだ。

 この、緑野郎さえ来なければ、平穏無事に過ごせたモノを……!

 はらわた煮えくりかえりそうなのをぐっとこらえ、俺は片膝立ちの姿勢で、天井付近をうろうろと飛び回るトリビーを睨み付けた。


「なんでやめなきゃいけないのさ。面白いのにぃ~」


「面白くねぇって! 明日の朝刊、一面トップレベルだろ、これ!! てか、夕方のニュースでだって、明らかにトップ扱いだよ!! マスコミ飛んでくる前に、はよ直せや」


「いいじゃん~別に~~~~」


 全く反省すらない。悪気もない。

 いっちばんたちの悪い状態だ。

 仕方ない、伝家の宝刀を……。


「マスコミには宇宙人の仕業だって、すぐにバラすぞ。橋田一家がな。そうすれば、お前を捕まえようと、マスコミが躍起になって押し寄せてくる。平和でぐうダラな休みと引き替えにはなるが、俺はそれでもいいんだぜ。お前がいなくなれば、こんなしんどい思い、することなくなるんだからな。これ以上やりたい放題されると、本当に困るんだよ。……どうする? マスコミに売られるか、この事態を収拾するか、どっちだ」


 ヤツは腕を組んで、しばらく何かを考えていた。ぐるぐるとトンビみたいに天井を回り、


「仕方ないなぁ~」


 緩くため息吐いて、すぅっと、俺の前まで降りてくる。


「ホントはもっと暴れまわろうと思ったんだけどさ、このお家ロボ止める方法、教えてあげるよ」


「よかった、止めてくれ。――って、あれ? 壮太のリモコン操作、やめさせれば済む話だろ」


「いンや。あれは、動かすときだけ。止めるのと、戻すのは……タカシ君ちにあるリモコンで出来るようにしてあるんだぁ~」


「あ、そうなんだ。で、どのリモコン?」


 壮太が一体、何のリモコンで動かしていたのか知らんが、俺んちにあるもので止められるなら、それに越したことはない。つか、なんで動作毎にリモコン変えるかな。

 首をかしげて、作り笑顔で、はよ教えろと訴えてみる。

 返事が……ない。


「おい、どのリモコンだよ」


「どれ……だったっけ」


「はよ。教えろ」


「地球人は、リモコン好きだよね。何でもかんでも自分でやれば良いのに、力が無いから、こういう装置をたくさん作るんだよね」


「はよ」


「どれ……だったか……にゃ?」


「『にゃ』じゃね――ッ!!」


 小芝居してる場合じゃない。要するに、俺んちにあるリモコン、片っ端っから押して、止めなきゃならないらしい。

 とんでもないことになっちまった。

 こうしている間にも、家はどんどん動いている。

 壮太の無邪気な声、近所中のガヤガヤ声に叫び声、果てはサイレンまで……聞きたくない音が、窓の外からたくさん飛び込んでくる。

 早く何とかしなくては。

 俺は、持てるだけの気力を振り絞り、この家にあるリモコン、全ての捜索を誓った。

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