without you

乙原海里

without you

 ふと、涙が零れた。どうしようもなかった。整備中の身体では止める方法なんて思いつかなかったものだから、そのままにしておいた。くそ、こんなところまで壊れちまったなんて。主人が聞けば「せめてお淑やかに」と言われてしまいそうな言葉遣いだった。でも、そんなことを言ってくれるような人間はもういない。仮初の呼吸を荒くさせながらドライバーを握った。

 随分と、遠くまで来てしまったものだ。汎用人型自律機械が街を闊歩し、警備武装自律機械がネットワークを同じくして経験値の同一化を図る。人間よりも自律機械の数が多くなり、人間はゆっくりと絶滅の道を歩んでいった。進み続けていけばいつか終わりが来る。後戻りはできないのだと気がついた時はもう遅いのだ。もう人間はいない。何十年も見ていない。

 私の最後の主人は少女だった。幼いながらも勇敢で、年相応の愛らしさを兼ね備えた彼女は私の誇りだった。それでも、彼女は私を置いていってしまった。彼女の笑みが、私の中で何度も再生される。美しい笑みだった。

 音を立てて腕が落ちた。私もぼろぼろだった。どれほどの時を過ごしたのか分からない。ぼたりぼたりと涙が零れる。涙の止め方を私は知らない。

 今でこそ、それなりに戦える装備を付けているが、元は人間に寄り添う相談用人型自律機械だった。どれほど共感でき、どれほど人間に似ているかが重要だった私には、涙が出る機能が付いている。これほど忌々しいものはなかった。これがなければ、人間なんてと切り捨てることができたはずなのに。もしも医療用自律機械ならば、歳若く亡くなっていった主人たちを助けることができただろうに。私は、自分を呪ってばかりだった。人間がいなくなってからそれは酷くなった。

 ああ、あなたがいなければ。私は存在する意味などないのです。

 私は流れる涙を、ドライバーを握った方の腕──無事だった方の腕で拭った。数多くの主人たちの最期が走馬灯のように駆け巡った。くそったれ。ついに記録機関までやられちまった。

 そして気がついたのは、死の光線の存在。

 向けられた一筋の赤い光線に私はどこか安堵していた。これ以上、苦しまなくて済むのだ。私が壊してきた自律機械たちが、皆笑みを浮かべながら意識を閉じていった理由に今更気がついた。こういうことだったのか。なるほど死は恐ろしいものではない。

 死こそ私たちを解放するものだった。


 遠くで銃声音が聞こえた。あともうすぐだ、というときに、イカれた頭の中に声が響いた。あの愛らしい最後の主人の声だ。



 あなたがいなければ、私は幸せになれなかった。ありがとう。あなたと共に生きた時間が、私の幸福の全てだった。

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without you 乙原海里 @otobaru

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