第31話 夜神島連続殺人事件(1)
○ここまでのあらすじ
名探偵の指示によって一同が部屋に集められ、クライマックスの謎解きが行われた。
美少女名探偵・綺晶が自信満々で披露した推理は……しかし、大ハズレだった。
名探偵は土下座してみんなに謝った。
※ ※ ※
クライマックスの謎解きが不調に終わり、俺たちは気まずい空気のまま解散となった。
自室に戻った綺晶は、今ごろ失敗を反省しているのか。
それともひたすら落ち込んでいるのか。
どちらにしろ、探偵としてのプライドはズタズタに引き裂かれたに違いない。
さて、どうする?
このまま事件解決は諦めて終わりにするか?
いいや、それはダメだ。
ここまできたら、何としても綺晶に事件を解決させたい。
後悔を抱えたまま、彼女に残り少ない人生を過ごさせたくない。
「でも、どうすれば綺晶は真相に気づいてくれるんだ?」
ここからどうすれば綺晶は真相にたどり着けるのか。
俺は悩み、考え、そして結論に至った。
――もう一度、事件を起こそう。
当初の予定通り、おタケさんを殺害するんだ。
そうすれば綺晶はもう一度奮起して、おタケさん殺害のトリックを暴いて俺が犯人だと指摘するだろう。
俺が逮捕されれば、音楽室で愛子を襲った怪人もきっと正体を明かしてくれる。
それで事件はすべて解決。ハッピーエンドになる……はずだ。
そのためにも、愛子を襲った怪人に会って口裏を合わせておかなければいけない。
あのとき愛子を襲った怪人が誰なのか、俺には心当たりがあった。
俺よりも足が速く、泥の中を走って体が汚れても怪しまれず、事件当時のアリバイがない人物は、俺の知る限り二人いる。
一人は、百目鬼抄造。愛子の父親だ。
おじさんは死んだことになっているが、死体は発見されていない。
つまり、「実は生きていた」というどんでん返しができる立場にある。
その立場を利用して、俺を助けるために一肌脱いだ可能性がないとは言い切れない。
でも、さすがにその推理は無理があるよな。
ここでおじさんが生き返ったら(しかも真犯人である俺をかばったりしたら)ストーリーが破綻してしまう。それはおじさんもわかっているはずだ。
なにより、おじさんの太鼓腹は隠しようがない。
おじさんが怪人に扮していたら、体型で一目瞭然だ。
となると、必然的にもう一人の容疑者が怪人の正体ということになる。
犯行が可能だったもう一人の人物。
それは――希望ヶ丘良寛。綺晶の母親だ。
百目鬼のおばさんを車で診療所に送り届けたことで、良寛先生の役目は終了している。
その後の指示は特になく、どう行動するかは良寛先生の裁量に任せてあった。
もしかすると良寛先生は、娘の綺晶が心配になってこっそり様子を見に戻って来ていたのではないか。
そのときに俺が綺晶に疑われていることを知って……。
――このままでは綺晶のための連続殺人事件が頓挫してしまう。
そこで、俺の嫌疑を晴らすために良寛先生が一芝居打ったというわけだ。
ここからの俺の方針は二つ。
一つ目は、予定通りおタケさん殺害を完遂すること。
二つ目は、良寛先生に会って口裏を合わせること。
こうして指針を定めた俺は、最後の行動を開始した。
※ ※ ※
屋敷を抜け出した俺は、崖の上にやって来た。
崖から見下ろすと、垂直に切り立った壁面に白波が激しく打ち付けていた。
思わず自白をしたくなるような、血湧き肉躍るいい崖だ。
「太陽が出て来ましたね」
俺の背後にいるおタケさんが、雲の切れ間から差し込む陽光を見上げている。
いま、崖の上には俺とおタケさんの二人きり。
ここでおタケさんは、これから俺に殺される予定だった。
「私は殺されるのですか?」
メイド服姿のおタケさんが念を押すように尋ねて、俺はうなずき崖下を示す。
おタメさんは促されるまま崖下を覗き込み、「きゃっ」と悲鳴を上げた。
崖下の岩場では、メイド服を着た女性が血を流して倒れていた。
良く観察すれば、おタケさんの顔を模したマスクをかぶっているマネキン人形だとわかるはずだ。
だが、見慣れたメイド服を着ていることもあって、遠目で見ただけでは「おタケさんが血まみれで倒れている」と思い込むだろう。
「どうやってあそこにマネキンを置いたんですか? ここから崖下には降りられませんよね?」
人の足ではこの崖を降りることはできないので、一見すると崖下にマネキンを置くことは不可能に思える。
だが、種明かしをすれば簡単なことだ。
ロープで「引き解け結び」という結び方をすれば、ロープの一方の端を引けば荷物を持ち上げることができ、反対側の端を引けば結び目を解くことができる。
この結び方を使い、ロープを使ってマネキンを崖下に降ろしてから結び目を解き、ロープだけを回収すれば、崖下に死体だけが残るという寸法だ。
ちなみにマネキンはあらかじめ崖の上に隠しておいた。
嵐で飛ばされないようにビニール袋に詰めて、近くの木に縛り付けておいたのだ。
「死体らしく見えるように崖下に置く練習をしたからね。血糊の感じや手足の曲がり具合もそれっぽいだろ? 何も知らない綺晶がこれを見たら、おタケさんは崖から落ちて死んだと思い込むはずだ」
俺が用意した最後の殺人事件。
それは「おタケさんが自殺に見せかけて殺される」というものだった。
「この後、俺は屋敷に戻って、用意しておいた『おタケさんの遺書』を偶然発見したふりをする。遺書には百目鬼のおじさんとおばさんを殺したのはおタケさんであり、責任を取って自ら命を絶つという内容が書かれている」
「その遺書には、私が旦那様と奥様を殺した動機も書いてあるのですか?」
「もちろん。遺書に記された殺人の動機は、復讐だ」
おタケさんが「友人から夜神島の話を聞いて島に渡ってきた移住者」であることは、すでに語られている。
その友人が、餓鬼塚まひる――百目鬼家で家政婦をしていた女性だった。
百目鬼夫妻に殺されそうになった餓鬼塚まひるは、密かに島から脱出していた。
そして本土で新たな生活を始め、そこでおタケさんと出会い、親友になった。
餓鬼塚まひるは最愛の男性――島で殺された考古学者の復讐を考えていた。
しかし彼女は病に倒れ、絶望のうちに死亡。復讐は親友のおタケさんに引き継がれた。
何食わぬ顔で百目鬼夫妻に近づいて、家政婦として屋敷暮らしを始めたおタケさんは、長い時間をかけて悪事の証拠をつかみ……ついに復讐を開始した。
「……という筋書きだよ。これですべての殺人はおタケさんが犯したことになり、俺は晴れて無罪放免というわけだ」
おタケさんが犯人だとすると、今までの事件に矛盾が生じる。
おそらく綺晶は簡単には納得しないだろう。
ここから綺晶が真相にたどり着くか、それとも迷宮入りになるか。
それが名探偵である綺晶と真犯人である俺の、最後の大勝負だ。
「さて、長話はこれで終わりだ」
一通り解説を終えた俺は、ニヤリと不敵に笑い、メイド服の家政婦に宣告する。
「おタケさんには、ここで死んでもらうよ」
「そうはさせないわ!」
いきなり大声が聞こえて、俺は飛び上がらんばかりに驚いた。
ま、まさか、この声は――綺晶!?
振り返ると、林の中から綺晶を先頭に、愛子、蔵子、金魚が姿を現した。
どうしてみんながここに?
「ヤス。それ以上罪を重ねるのは止めなさい。あなたが百目鬼夫妻を殺したことは、とうの昔にばれているのよ」
「は? え……と……どういうこと?」
「私はヤスが犯人だと確信していた。けれど状況証拠ばかりで確証はない。だからずっと待っていたのよ。油断したあなたが尻尾を出すのをね」
「は? え? その、もしかして、俺を見張っていた?」
「ええ。ヤスとおタケさんの会話はしっかり聞かせてもらったわ」
どうやら俺は名探偵の罠にはまり、綺晶が盗み聞きしているとも知らずに、自分の犯した罪をぺらぺらとしゃべってしまったようだ。なんという小物感。
「ち、ちなみに、いつから俺たちの話を聞いていたんだ?」
「『屋敷に戻っておタケさんの遺書を偽造する』という辺りからよ。あなたはおタケさんを殺して、すべての罪を彼女になすりつけるつもりだったのね」
俺は脳内でさっきまでの会話を反芻する。
ええと……遺書の話以降しか聞いていないということは、一連の事件が狂言だという点には触れていないから……。
「一応確認するけど、綺晶は、俺が百目鬼夫妻を殺した連続殺人犯だと思ってるんだな?」
「そうよ。もう言い逃れはできないわ。観念しなさい」
綺晶は今回の事件がフィクションであることに気づいていない。
彼女は本気で、俺を連続殺人犯だと思って追い詰めている。
そう、俺は名探偵に追い詰められた犯人!
そしてここは崖の上!
いいじゃないか、テンションが上がってきたぞ。
やってやる! ここから本当のクライマックスだ!
「おいおい、何を馬鹿なことを言ってるんだ。俺が犯人なわけないだろう」
俺は覚悟を決めると、わざとらしいほど大げさな口ぶりで身の潔白を主張した。
一流の真犯人は、名探偵に追い詰められたときどうするか?
当然、簡単に罪を認めたりはしない。
トドメを刺されるまで、あくまでしらを切り通す。それが真犯人の矜持だ。
「愛子が音楽室で襲われたとき、俺はお前と一緒にいたじゃないか。俺は怪人じゃない。俺には不動のアリバイがあるんだ」
「百目鬼夫妻を殺した犯人と、音楽室で愛子を襲った怪人は別人よ。後者のアリバイがあっても、ヤスが夫妻を殺していない証明にならないわ」
「それは綺晶が勝手にそう思ってるだけだろ。犯人が別にいると言うなら、愛子を襲った怪人は誰なのか言ってみろよ」
「愛子を襲った怪人の正体は……愛子よ」
綺晶の答えを聞いて俺はがっかりする。
その推理は間違いだ。愛子を襲ったのは良寛先生なんだよ!
「あのとき、双子の愛子と蔵子は入れ替わっていたのよ。私たちが愛子だと思っていたのは、変装した蔵子だったのよ」
「話にならないな。その説は前に否定されただろ。愛子と蔵子が入れ替わっていたのなら、ピアノを弾いていたことはどう説明するんだ? 蔵子はピアノが弾けないんだぞ?」
「蔵子がピアノを弾けないなんて誰が言ったのかしら?」
「なに言ってるんだ。蔵子がピアノを弾けるはずがないだろ。幼馴染みの俺が言うんだから間違いない」
あまりにも的外れな推理に俺は失望してしまう。
ここは大事な場面なんだから、もっと真面目にやってくれよ。
ほら、蔵子だって呆れて言葉も出な――。
俺が蔵子の顔を見ると、彼女はばつが悪そうに目をそらしてしまった。
「え~と、ヤスくん。ごめんね~?」
え?
どうして蔵子が謝るんだ?
怪人の正体は良寛先生じゃ……ない……のか?
「いや、でも、蔵子がピアノを弾けるなんて俺は一度も聞いたことがないぞ」
「彼女はピアノを弾けないふりをしていたのよ。少なくとも蔵子は、ジムノペディのピアノ独奏曲を弾けるわ」
「そんな馬鹿な! 証拠だ、証拠を見せろ! 蔵子がピアノを弾けるという証拠を!」
「蔵子。さっき私にしてくれた話をヤスにも聞かせてあげなさい」
さっきしてくれた話?
俺の知らないところで蔵子は綺晶になにを話したんだ?
戸惑う俺の前で、綺晶は言いよどむ蔵子を説得する。
「これは真実を伝えるチャンスなのよ。今を逃したら、あのときのジムノペディは愛子が弾いたことにされてしまう。蔵子はそれでいいの?」
あのときのジムノペディ?
その一言を聞いた瞬間、俺の背筋がぞくりと震えた。
幼い愛子が、初めて俺の前でピアノを弾いた日のことを思い出す。
あの日、幼い愛子は俺のためにジムノペディを弾いてくれた。
演奏を聞いて感動した俺は、愛子の手を握って「すごい」「最高だ」と絶賛した。
俺に褒められた愛子は、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして喜んでいた。
……あのとき、蔵子はどこにいた?
蔵子はそばにいたはずだ。
俺が愛子の手を握るところを、褒められた愛子が照れ笑いする光景を、すぐそばで見ていたはずだ。
その日を境に、愛子のピアノの腕前はめきめきと上達していった。
俺に褒められたことが刺激になって、真剣にピアノに取り組むようになったのだと思っていた。
でも、それは半分は本当で、半分は間違いだったんだ。
「あのときピアノを弾いていたのは、蔵子だったのか?」
幼い頃の愛子と蔵子は、よく入れ替わって他人をからかっていた。
あの日も愛子と蔵子が入れ替わって俺の前でピアノを弾いたのではないか。
俺の抱いた疑念に、蔵子は儚げな笑顔で答えた。
「……そうだよ。とうとうばれちゃったね~」
「あれが蔵子だったなんて……どうして今まで黙っていたんだ」
「だって、ヤスくんが『愛子はすごい』『愛子の演奏は最高だ』って騒ぐから、愛子ちゃんじゃないって言い出せなくなったんだよ~」
幼い頃、俺の前でジムノペディを弾いたのは蔵子だった。
では愛子はそのときどこでなにをしていた?
「私は蔵子のふりをして、ヤスと一緒にジムノペディを聴いていた。私はヤスが蔵子の手を握って『すごい』『最高だ』と褒めまくるのを、すぐそばで見ていたんだ」
悲しげな眼差しで、愛子は隣にいる蔵子を見つめる。
双子の視線が交錯する。
「あれが私の人生で唯一、蔵子に嫉妬した瞬間」
俺に褒められる蔵子が妬ましくて、悔しくて――それがきっかけで愛子は真剣にピアノに打ち込むようになった。
蔵子に負けたくない一心で。俺に褒められたい一心で……。
そっと蔵子が愛子の手を握る。
二人は見つめ合い、それから同時に綺晶を見た。
「綺晶、ありがとね。おかげで肩の荷が下りたよ」
「これでやっと、私もピアノを弾けるって胸を張って言えるよ~」
自分は弾いていないのに「あのときのジムノペディは最高だった」と言われ続けた愛子。
自分が弾いたのに「愛子が弾いたジムノペディは最高だった」と言われ続けた蔵子。
俺のせいで、二人は真実を打ち明けられなくなった。
嘘がバレないように蔵子はピアノが弾けないふりをしなければいけなくなった。
俺のせいで、二人は誰にも言えない秘密を抱えることになった。
鈍感で無神経だった俺は、長い間二人を傷つけていたのかもしれない。
でも、そのわだかまりもようやく解けた。
二人は晴れ晴れとした顔で自白する。
「白状するよ。ピアノを弾く蔵子を襲った怪人は、私だ」
「白状するね~。私は愛子ちゃんに変装して、怪人に襲われるふりをしたんだよ~」
「あのままだとヤスが犯人にされると思ったから、私たちはヤスを助けるために一芝居打ったんだ」
「……これでわかったでしょう?」
真相を知って言葉も出ない俺に、綺晶は「びしっ」と指を突きつける。
「あなたのアリバイは消滅したわ。観念して罪を認めなさい」
綺晶の矛先がついに俺へと向けられる。
名探偵対真犯人。対決は、いよいよ最終局面だ。
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