第32話 夜神島連続殺人事件(2)

「今朝の怪人が愛子たちの狂言だってことはよくわかった。だけど綺晶は勘違いしている。俺は誰も殺していない。俺は無実だ。それとも俺が人殺しだという証拠でもあるのか?」

「あるわ」


 綺晶は断言すると、ここぞとばかりに語気を強める。


「ヤスが犯人だという証拠……。それは、下着よ」

「下着!?」

「そうよ。あなたは深夜にこっそり下着を乾かしていた。その行為こそ、あなたが仮面の男であるなによりの証拠!」


 仮面の怪人は大雨の中で綺晶と取っ組み合いになり、ズボンを奪われた。

 あのときズボンを失った犯人の下半身は、雨でずぶ濡れになった。

 あの夜、外に出て雨に打たれたのは綺晶と犯人の二人だけだ。

 つまり、綺晶以外に衣服が濡れていた人物がいたら、それは犯人以外にありえない。

 ……悪くない論理展開だ。

「深夜にこっそり服を乾かしていたヤスが怪しい」と指摘されたら、果たして俺は申し開きできるだろうか。


「ヤスは深夜に一人でパンツを洗っていたわね。なぜそんなことしていたのか、ヤスの立場になって考えたとき、私は気づいたのよ」


 ここが最大の山場。

 声に気迫を込めながら、ここ一番のキメ顔で綺晶は右手を振り上げて「びしっ」と俺を指差した!


「ヤスは双子の入浴を覗いていた。そのときに双子の裸を見て、ヤスはパンツを汚してしまったのよ! だからヤスは夜中にこっそりパンツを洗っていた!」

「最低の推理だ!!」

「美少女の裸を見たら、思わずパンツを汚してしまうのが男の性。これこそヤスが犯人である動かぬ証拠よ!」


 真顔でなにを言ってるんだ。怖い。名探偵怖い。

 あまりの衝撃に俺が言葉も出せずにいると、女性陣が顔を寄せ合って「最低だね~」「最低ですね」「意味がわからないんだけど、どうしてパンツが汚れるんだ?」「……(赤面)」とひそひそ話をし始めた。オイ、信じるなよ、オイ!

 物語は佳境。

 舞台は崖の上。

 これがサスペンスドラマなら、ここで犯人が「その通りです」と罪を認める場面なのだろう。

 でもこんな推理は認めたくない!

 こんな推理で捕まるなんて絶対嫌だ!


「違う! 俺は犯人じゃない! 俺はやってない!」

「往生際の悪い男ね。この期に及んで言い逃れなんてみっともないわよ」

「誰のせいだよ! そ、そうだ、動機! どうして俺が百目鬼のおじさんとおばさんを殺さなきゃいけないんだ! 動機を言ってみろ!」


 どうしても罪を認めたくない俺が、最後のあがきで無理難題をふっかける。

 事件解決後に犯人が動機を語り出すのはミステリのお約束だ。

 逆に言えば、秘密にしていた過去は犯人が語らなければ絶対にわからない。

 いくら綺晶でも、これまでの情報だけで俺の動機を言い当てるのは不可能……だと思っていたら、


「さっき、ヤスはおタケさんに話していたわね。餓鬼塚まひるは島を脱出した、と」


「まさか!」と俺は思う。

 ここで犯人の動機を言い当てたら、それは推理を越えている。もはや超能力の域だ。

 そんな超能力じみた推理力を持っているのは――正真正銘の「名探偵」だけだ。


「百目鬼のおじさんが考古学者を殺害したのが15年前。そして考古学者の恋人だった餓鬼塚まひるは殺されそうになり、命からがら島を脱出した。……もしも、このとき餓鬼塚まひるのお腹に子供がいたとしたら、今は何歳になるかしら」

「……14歳だ」

「そう。私たちと同い年よ。成長した子供は、百目鬼夫妻が両親にした仕打ちを知った。母親が病死した後、彼は養子となって名を変え、百目鬼家に近づき、両親の復讐を果たす機会を待っていたのよ」


 完璧な推理に俺はぐうの音も出ず、呆然とその場で立ち尽くす。

 俺は迷っていた。

 ここまで見事に正解を言い当てられたら、そろそろ諦めて罪を認めるべきだろうか。

 それともまだ諦めずにしらを切り通すべきだろうか。


「ヤス。あなたは大きな勘違いをしているわ」


 俺が悩んでいると、すべての謎を解き終えたはずの綺晶がためらいがちにつぶやいた。


「百目鬼夫妻は、あなたが餓鬼塚まひるの子供だと知っていた。あなたの正体を知りながら、自分たちのそばに置いていたのよ」

「なっ!?」


 いきなりなにを言い出すんだ。

 俺の考えたシナリオにそんな設定は存在しない。

 それなのに、なにを根拠に綺晶はそう思ったんだ?


「ヤスは百目鬼のおじさんが金に目がくらんで考古学者を殺したと思っているようね。でもそれは間違いよ。考古学者が死んだのは、たぶん、不慮の事故だわ」

「は? 不慮の事故?」

「考古学者が不慮の死を遂げたことで魔が差したのね。百目鬼のおじさんは会社と従業員を守るため、考古学者の死を隠蔽して財宝を独り占めにした。けれど、そのことで彼は罪悪感にさいなまれ、15年間苦しみ続けていたのよ」

「な、なんだよそれ! どうしてそんなことがわかるんだ!」

「わかるわ。だって百目鬼のおじさんはヤスと愛子を結婚させようとしていたんだもの。夫妻はヤスに財宝と、自分たちの全財産を与えるつもりだったのよ。考古学者と餓鬼塚まひるの息子を我が子として幸せにすることが、彼らなりの罪滅ぼしだったのよ!」


 綺晶が語る後悔と贖罪の物語は、すべてが勝手な憶測にすぎない。

 都合のいい状況証拠だけをつなぎ合わせてねつ造した、探偵の妄想だ。

 だけど、綺晶の妄想を聞いて俺は思ってしまった。


 その推理は、俺が書いたシナリオよりも面白い。


「夫妻は罪の意識に苦しみ、後悔し続けていた。ヤスが手を下すまでもなく、二人は死よりもつらい罰を受けていたのよ」


 だから俺は、探偵の妄想に便乗することにした。

 俺はがくりと膝をつき、手で顔を覆う。


「そんな……。じゃあ、俺のしたことは……俺はなんのために二人を……」

「今のヤスならわかるはずよ。人殺しなんて空しいだけ。復讐を果たしても得られるものなど何もないわ」

「う、うう、うわあああああ!!」


 崖の上で俺は盛大に泣き崩れる。

 真犯人としてこれ以上ない悲愴な結末が嬉しくて、俺の考えたシナリオよりも探偵に上を行かれたことが悔しくて、俺は声を上げて泣いた。



 こうして夜神島連続殺人事件は幕を閉じた。

 名探偵「希望ヶ丘綺晶」の名推理によって事件は解決したのである。


 めでたし、めでたし。

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