第7話 暴風前夜(2)

 愛子と蔵子の実家――百目鬼家には、掃除、洗濯、炊事を一手に引き受けている住み込みの家政婦がいる。

 彼女の名前は牛首頭猛臣うすくびと・たけおみ

 猛々しい名前とは裏腹に、スマートでメガネが似合う三○代後半の理知的美人だ。

 子供の頃から何かと世話になっている俺は、親愛を込めて彼女を「おタケさん」と呼んでいた。


「こんなところまで呼び出して悪かったね」

「構いませんよ。事情は旦那様からうかがっていますから。私にお手伝いできることがあれば何でもおっしゃってください」


 丁寧な口調でしゃべるおタケさんの服装は、白いシャツに肘まである腕カバー、それにゆったりしたもんぺという完全無欠の農作業スタイルだった。

 家庭菜園が趣味のおタケさんは、見栄えよりも実用性重視な田舎のおばちゃん的ファッションを好んでいるのだ。


「今日はおタケさんに見てもらいたいものがあるんだ」


 俺は港にある貨物倉庫におタケさんを招き入れる。

 ここは本土から運び込まれた荷物の仮置き場になっており、今日フェリーで届いたばかりの物資が保管されているはずだった。


「そういえば、昔ここでヤスさんとかくれんぼをしましたね」


 貨物倉庫を見回しながら、おタケさんが遠い昔を懐かしむ。

 そんなこともあったなあ、としみじみ思っていると、


「あのときはヤスさんが暗い場所を怖がって大変だったんですよ。わんわん泣きながら私にしがみついて……」

「そういう昔話はやめようよ」


 美人で人当たりのいいおタケさんは、幼かった俺や愛子たちの遊び相手であり、母親代わりでもあった。

 もっとも、おタケさんは母親代わりだと言われると「私はまだ若いです。私のことはお姉さんだと思ってください」と、ぷりぷり怒るのだけれど。


「あった。あれだ」


 昔話に耳を塞ぎながら奥へと進むと、倉庫の片隅にぽつんと立っているマネキンが目に入った。

 女性らしい胸の膨らみと腰のくびれを持ったマネキンは、おタケさんの顔そっくりのリアルな覆面を頭にかぶっていた。


「……なんですか、これ」

「おタケさんの身代わりに殺される、名付けて『おタケさん二号』だよ」

「はあ。二号さんですか」


 相づちは打つものの、おタケさんの顔には「意味がわからない」という文字がありありと浮かんでいた。

 仕方がない、わかりやすく説明してあげよう。


「今度の連続殺人事件で、おタケさんには殺人の被害者になってもらう予定なんだ。でも実際におタケさんを殺すわけにはいかないだろ? だから身代わりとしておタケさんそっくりの人形を用意したんだよ」


 当初はおタケさんそっくりの蝋人形を作るつもりだったが、予算と期間の関係で断念せざるを得なかった。

 そこで代わりに用意したのが、人の顔をリアルに再現するオリジナルマスク商品だ。

 これなら価格は蝋人形の十分の一以下で済み、発注から一週間ほどで完成する。


「遠目からちらっと見る程度なら、これで十分騙せるはずだ。……というわけで」


 俺はそばにあった段ボール箱を開けると、中に入っていた紙袋を取り出した。


「外見を似せるために、おタケさんと二号さんには同じ服を着てもらうよ。俺の方で服を用意しておいたから、事件当日は必ずこれを着用して欲しい」

「いろいろ考えているんですね」


 感心しながら紙袋を受け取ったおタケさんが、中に入っている衣装を見て絶句する。


「……これはなんですか?」

「メイド服だよ。やっぱり家政婦ときたらメイド服だよね」


 俺がメイド服を選んだことには、れっきとした理由がある。

 良くも悪くもメイド服は目立つ。

 故に、美少女名探偵・綺晶に「おタケさん=メイド服着用」と印象づけておけば、メイド服を着た二号さんを見たときすぐにおタケさんを連想するはずだ。

 目立つ衣装は二号さんをおタケさんだと錯覚させるための布石なのだ。

 あと単純に、メイド服姿のおタケさんを見てみたかったというのもあるけど。


「綺晶の前では常にメイド服を着ていて欲しい。いいかな?」

「どうしてもと言うならやりますが……。まさかこの年でコスプレすることになるとは思いませんでした」


 渋々といった言いぐさだが、声色から察するに本心はまんざらでもなさそうだ。

 ノリのいい愛子とコスプレ好きな蔵子の母親代わりだけあって素質は十分だね。


「それはなんですか?」


 メイド服を体に当ててサイズを計っていたおタケさんが、段ボールに入っているものを見つけて眉をしかめる。


「さすがおタケさん。めざといね」


 目端の利くおタケさんを褒めながら、俺は箱に入っていた白塗りの仮面と、フード付きの黒いマントを取り出した。


「このマスクはガイ・フォークスの仮面といって、イギリスに実在した人物の顔を模したものなんだ。すごく不気味だろ?」


 俺は白塗りの仮面で顔を隠すと、黒マントを羽織り、フードをかぶって頭を隠した。

 三六○度どこからみても怪しい仮面男のできあがりだ。


「どう、おタケさん。怪人っぽく見える?」

「怪人にしか見えませんが、その恰好に何の意味があるのですか?」

「目を閉じて想像してみてよ。山奥の洋館で起こった連続殺人事件。目撃された殺人鬼は、白い仮面に黒マントの不気味な怪人……。これは燃えるシチュエーションだと思わない?」

「ミステリ馬鹿……」


 呆れ顔のおタケさん。しかし俺は気にせず、ばさっとマントを翻して高笑いする。


「ふははは! 我こそは謎の怪人『黄泉の羅刹鬼』! ……くーっ、謎の怪人になれるなんて殺人鬼冥利に尽きるよ。早く仮面とマントをつけて探偵に目撃されたい!」

「楽しそうですね」

「楽しいよ! 殺人事件を想像するだけでわくわくが止まらないんだ。見ていろよ、名探偵! 貴様を出し抜いて完全犯罪を成し遂げてみせる! ふははは!」

「ミステリ馬鹿……」


 呆れるおタケさんを無視して、俺はばっさばっさとマントを翻すのだった。

 ふははは!

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