第1話 南の島の美少女名探偵(1)

「おっはよー。話は聞いたよ。殺人鬼になるんだって?」


 春休み明けの新学期初日に、俺は同級生の女子から元気よく声をかけられた。

 教室でノートを広げて完全犯罪計画を練っていた俺は、身も蓋もない挨拶に思わずペンを取り落とす。


「……どうしてお前がそのことを知ってるんだ?」

「だって島中で噂になってるよ。ヤスが連続殺人の実行犯を引き受けた、ってさ」


「動きやすいから」という理由でえんじ色のジャージ上下を着て登校している少女が、ポニーテールを揺らしながら「わはは」と笑う。

 色気の欠片もない彼女の名は、百目鬼愛子どめき・あいこ

 俺と同じ中学二年生で、いつも一緒に遊び回っている腐れ縁の幼なじみだ。


「私も応援するからさ。頑張れよな!」


 他人事だと思って気楽に言いやがって。

 俺が不満顔で愛子をにらみつけると、彼女の隣でキョトンとしている少女と目が合った。

 愛子とは対照的な、黒髪ロングヘアに柔らかなロングスカートという乙女らしい出で立ちの彼女が、不思議そうに小首をかしげる。


「ヤスくん、殺人鬼になるの~?」


 間延びした声で尋ねてきた彼女の名前は、百目鬼蔵子どめき・くらこ。愛子の双子の妹だ。

 一卵性双生児である二人は、かたや男勝りの野生児で、かたやおっとりしたお嬢様。顔も声も背格好もそっくりなのに、性格や雰囲気(と胸の大きさ)は正反対だった。

「連続殺人」と聞いて胸の大きな蔵子が驚き、胸の平らな愛子が「はあ?」と呆れる。


「どうして蔵子が驚いてるんだよ。昨日、父さんがそういう話をしてただろ」

「そうだったかな~?」


 語尾が間延びするのは蔵子の癖だ。

 この口調のせいで蔵子はのんびりした性格だと思われることが多い。

 実際は「のんびり」と言うより「マイペース」なだけなのだが。


「島に新しい住人が加わることは蔵子も知ってるだろ。その人のために、島で連続殺人事件を起こすことになったんだ」

「え~と、言ってる意味がよくわからないんだけど~」


 蔵子が戸惑うのも当然だ。

 かくいう俺も最初に話を聞いたときは意味がわからなかった。


「簡単に言うと、新しい住人は『名探偵に憧れている子供』なんだ。そこで俺が、その子の『名探偵になりたい』っていう夢を叶えてやることになったのさ」

「名探偵になりたい子供? でも、それで本当に殺人事件を起こすなんて……」


 心配そうに語る蔵子を見て俺は吹き出しそうになる。

 どうやら蔵子は、俺が本当に人殺しをすると思っているようだ。


「違う違う。本当に殺すわけじゃないよ。ようは島全体を舞台にした『二時間サスペンスドラマ』をやろうって話なんだ」


 ドラマの舞台は絶海の孤島「夜神よみ島」。出演者は夜神島の島民全員。

 何も知らない名探偵志望のお子様を騙して、連続殺人事件が起こったと思い込ませる。それが俺たちの計画だ。


「島で起こった連続殺人事件を、名探偵になったその子が華麗に解決するって筋書きさ」

「そっか~。つまり、新しい住人を歓迎するためのビッグサプライズなんだね~。そういうことなら私も応援するね~。連続殺人、頑張って~」


 緊迫感のない声で、蔵子が俺の殺人計画にエールを送る。

 どう応じるべきか迷った俺は、とりあえず片手を挙げて「おう」と短く返事をした。


「それにしても、よく犯人役なんて引き受ける気になったよな。いつからヤスはそんなアクティブな男になったんだ?」

「愛子は俺をどんなやつだと思ってるんだ?」

「部屋に引きこもって推理小説ばかり読んでるミステリオタク」


 蔵子が「言い過ぎだよ~」と愛子をたしなめるが、俺はその程度で腹を立てたりしない。

 いちいち目くじら立てていたら口の悪い愛子の幼なじみなんてやっていられないからな。


「父さんが条件を出してくれたんだ。それで俺もやる気になったんだよ」

「条件って?」

「……連続殺人が上手くいったら、俺、東京へ行くんだ」


 死亡フラグぽく言ってみた。

 その一言で二人はすべてを察したようだ。

 蔵子は「そうなんだ~」と寂しげにつぶやき、愛子は白い歯を見せて大げさに笑った。


「じゃあ、絶対に成功させないとな!」


 そうして愛子はバシバシと俺の背中を叩く。

 大人しい蔵子と騒がしい愛子。二人の幼なじみと離ればなれになる未来を思い、俺はちょっとだけ物寂しさを感じてしまった。



※ ※ ※



 九州の南に位置する、大小様々な島々が連なる大隅諸島。

 そこからさらに南へ100キロほど行ったところに、俺が暮らす「夜神島」がある。

 島の面積は35平方キロメートル。島の人口は160世帯250余名で、島民のほとんどが顔見知りという典型的な田舎の寒村だ。

 島の主産業は漁業。島に伝わる伝統的な漁法で漁を行い、収穫した魚をこれまた伝統的な製法で干物に加工する。この手間暇かけた高級干物が島の名産品であり、最大の収入源だ。

 夜神島はコバルトブルーの海に囲まれた南海の楽園だが、残念ながら観光客は滅多に訪れない。

 唯一の交通手段であるフェリーは一日二便しか通っておらず、近隣の一番大きな港まで片道二時間もかかるからね。

 この近辺を旅行するなら、有名な観光地である屋久島や奄美群島へ行った方が交通の便も良くて楽しめるだろう。

 そんなど田舎だが、島に住む人間は特に不自由を感じているわけではない。

 島には小さいながらも商店街があり、スーパーに食堂、喫茶店、郵便局、本屋、役所の出張所、公民館、交番代わりの駐在所などが立ち並んでいる。生きていく上で必要な施設は一通り揃っているのだ。


 ……いや、一つだけ足りないものがあった。


 夜神島には重要な人材が欠けていた。

 それは島民の生命を守るために不可欠な職業。


 ――医者。


 無医村の夜神島に診療所を建てることは、島民全員の悲願だった。

 だから俺たちは、島に医者を招くためなら何だってする。

 医者が「島で連続殺人事件を起こしてくれ」と頼めば、喜んでそれを引き受けるのだ。



※ ※ ※



 放課後。

 俺は父さんの運転する軽トラックで港に向かった。島に到着する医者を出迎えるためだ。

 ちなみにポリシーを持って和服を普段着にしている父さんは、軽トラックを運転するときも着流し姿だ。

 さすがに下駄ではなくスニーカーを履いてはいるけれど。


「いいか、こんなへんぴな島に来てくれる医者は滅多にいない。くれぐれも失礼のないように、先生の機嫌を損なうような真似だけはするな」

「わかってるよ」


 助手席でぶっきらぼうに返事をしたものの、父さんが神経質になる気持ちもわからなくはない。

 何しろ今日来る医者は、父さんが自分の足で本土を探し回って口説き落とした相手なのだ。

 今回の招致には村長である父さんの面目が掛かっていた。


「ところで、その医者ってどんな人なの?」

「良寛先生は子供思いの優しい人だ」


希望ヶ丘良寛きぼうがおか・りょうかん」というのが新たに赴任する医者の名前だ。

「良寛先生」という言葉の響きから、俺は何となく笑顔の優しい白髪のおじいさんを想像する。


「良寛先生は10年前に伴侶を病気で失って以来、一人娘と2人きりで支え合って生きてきたそうだ。以前は都会の大学病院で働いていたが、娘の病気をきっかけに環境のいい田舎への引っ越しを考えていたらしい」


 娘の病気?

 医者に娘がいることは聞いていたが、病気のことは初耳だ。

 父さんはハンドルを握ったまま前方を見つめ、ぽつりとつぶやく。


「余命は半年だそうだ」

「病気で、あと半年の命……」

「だから急いで事に当たらなければならない」


 一人娘が死ぬ前に、俺は連続殺人を敢行しなければいけない。

 娘が死んでしまったら、人殺しをする意味がなくなってしまうから。


「その娘はどんな子なの?」


 好奇心から尋ねた俺に、父さんは前を向いたまま眉一つ動かさずに答えた。


「娘の名前は希望ヶ丘綺晶きぼうがおか・きらら。お前と同い年の、名探偵だ」


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