犯人はヤス!~美少女名探偵と新米殺人鬼の不連続殺人事件~
久遠ひろ
プロローグ
「殺人鬼になってくれ」
着流し姿の父さんは、畳の上で正座したまま真顔で俺にそう言った。
和室で正座していた俺は無言で縁側へと視線を向ける。開け放たれた障子の向こうには、父さん自慢の日本庭園が広がっていた。
盆栽をそのまま大きくしたような、くの字型に曲がった松の木。
小さな池のほとりには苔むす岩と年季の入った石灯籠。
石畳の道は緑の低木に彩られ、今朝から降り続く雨が屋根瓦を叩き、景色に似合った風流な音色を奏でている。
広い庭に手間と金をかけて作られたこの風景が、俺は嫌いだった。
「凶悪な連続殺人犯になってくれ」
庭を眺めて現実逃避していた俺に、父さんが追い打ちをかける。
春雨に霞む松の木を眺めていた俺は深く息を吐き出した。
「噂は聞いてるよ。だけど、どうして俺なんだ?」
「それは、お前が四六時中、人殺しの方法を考えているような馬鹿者だからだ」
「他を当たってくれ」
春休みだというのに朝早くから叩き起こされ、実父から開口一番「殺人鬼になれ」と命令された俺は、キッパリと拒絶の意志を伝えて立ち上がる。
水墨画の掛け軸が飾られた和室で日本刀の手入れをする姿が似合う父さんは、角刈り頭と鋭い眼光も相まってとても堅気の人間には見えない。
そんなヤクザ顔負けの威圧感を持つ父さんは、眼光鋭く俺をにらみつけると、鞄からおもむろにノートパソコンを取り出した。
おい、ちょっと待て。
それは俺のノートパソコンじゃないか!
どうして父さんが俺のパソコンを持っているんだ!?
「赤子川の
「な、なんでそのことを……」
「この島で私の知らないことは何一つない」
尊大な態度で、自分には特別な権力があるのだとうそぶく父さん。
時代錯誤も甚だしいが、閉鎖的な寒村では何よりも仲間意識が尊ばれる。
村には暗黙の上下関係があり、それは大抵の場合友情よりも優先されるのだ。
「……パソコンの中身を見たのか?」
「見た。いつまで無駄なことを続けるつもりだ。いい加減に叶わない夢などあきらめろ」
「叶わないかどうか、やってみなきゃわからないだろ」
「夢を叶えられるのは才能ある人間だけだ。凡人のお前はミステリー作家になどなれない」
「『ミステリー』じゃない!『ミステリ』だ!」
そこだけは間違えて欲しくないと、俺は前のめりになって反論する。
「何度言ったらわかるんだよ!『ミステリー』はホラーやファンタジーを含めた広義の言葉だ。俺がなりたいのはミステリ作家! 探偵が推理力を駆使して謎を解き明かし、難事件を解決する。そんなミステリ小説を書く作家に俺はなりたいんだ!」
「くだらん」
父さんが俺の夢を一言で切り捨てる。
分からず屋の父さんにうんざりしながら、俺はどっかと腰を下ろし、畳の上に置かれたノートパソコンに目線を落とした。
東京の大手出版社が主催する一般公募によるミステリ小説新人賞。
この賞に入選すれば作家デビューは確約されたも同然だ。
パソコンには俺が丸一年かけて書き上げた自信作が保存されている。
この作品で賞に応募すればたちまち編集者の目に留まり、俺は「天才中学生ミステリ作家」という触れ込みで華々しく文壇デビュー……するはずだったのに、まさかこんな形で邪魔されるとは。
「いいか、我が鬼村家は200年続く網主の家系だ。お前は家業を継いで漁師になると決まっている。くだらない小説を書いている暇があるなら、漁の手伝いでもしていろ」
「何度も言ってるだろ。俺は漁師にはならない。俺は東京に出て小説家になるんだ!」
「村を出ることは私が許さん。お前はこの島で生きていくのだ」
「こんなド田舎で一生を終えるなんてまっぴらだ! 俺は東京へ行く!」
俺が「ミステリ作家になりたい」と打ち明けた日から、父さんとは同じやり取りを幾度となく繰り返してきた。
俺たちの口論はいつも平行線で、最後は俺が癇癪を起こして部屋を飛び出すのが毎度のパターンだ。
……だが、今日はいつもと様子が違った。
普段なら頭ごなしに否定するだけの父さんが、苦虫をかみつぶした顔で言ったのだ。
「……いいだろう。そこまで言うなら、上京を認めてやらんこともない」
眉間にしわを寄せた父さんが、苦み走った顔で妥協する。
おかしい。
頑固一徹を絵に描いたような父さんが譲歩するなんて、きっと裏があるに違いない。
「まさか、上京するのを認める代わりに、俺に何かさせるつもりじゃないだろうな」
「察しがいいな」
上京の許可と引き替えに、父さんが俺に課した条件。
それは――。
「……殺人鬼になれ」
そして話はふりだしに戻った。
「連続殺人をやり遂げたら、村を出て小説家を目指すことを認めてやる」
父さんは俺に、交換条件というえさを撒く。
父さんは村を統べる立場の人間だ。
村の未来を思えばこそ泣く泣く妥協したのだろう。
石頭の父さんが自分を曲げて俺に頼み事をするのは、よほどの屈辱なはずだ。
だからこそ、こんなチャンスは二度と訪れないことを俺はよく理解していた。
「……わかった。俺が殺人鬼になる。俺が、連続殺人をやり遂げてみせる」
俺の答えに父さんはうなずき、縁側へと視線を向ける。
「いいか。村の未来のために、必ず完全犯罪を成し遂げろ」
俺が承諾したことで肩の荷が下りたのか。庭を眺める父さんの声は、憑きものが落ちたように穏やかだった。
※ ※ ※
九州の遙か南に位置する離島――
外界から隔絶された孤島に住むのは、古いしきたりに縛られた閉鎖的な村人たち。
切り立った断崖絶壁。
古色蒼然とした武家屋敷。
嵐になるとすぐに欠航する船便。
そして山中にぽつんと立つ怪しげな洋館……。
推理小説もかくやというシチュエーションで、今まさに、連続殺人事件の幕が上がろうとしていた。
――殺人事件の犯人は、俺だ。
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