第2話 さっそくやばい

 俺は周りの視線を感じないことを内心うれしく思いながらうきうき気分で学校へと向かう。誰もこっちを見ないし、最高。モブバンザーイ。


 いつもは絶対だれかの視線がある。同級生とか同級生とか同級生とか大学生とか高校生からの視線が。でも、それが今はない!マジ最高!


 学校までは、小学校からの親友と行く予定だったが今日は俺が速いから、他の友達と行くらしい。親友は俺が引っ越すと言ったら着いてきてくれた。一人暮らしに憧れていたみたいだ。


 俺が受けた高校はこの県の中では偏差値が高い方の学校だ。この学校は両親が探してくれた。バドミントン部もあるようだ。でも、あまり強くないみたいだ。でも、そんなことはモブである俺には関係ない。


 町の風景を覚えながらも歩いていたら何時の間にか学校に着いていた。


 中学と同じで学校内では上履きだ。春休み中に一回学校に来たから知っている。自分のところに靴を入れて、自分の教室に向かう。でも、まだ自分のクラスに誰がいるのかはまだ知らない。


 クラスは1年2組。一学年5クラスまであって一クラス30人。合計150人が今日入学らしい。生徒会長が言ってた。


 一年の教室は3階にある。教室に着くと、当たり前だが誰もいなかった。しかし、机の上にはカバンが置いてあった。誰のだろうか?


 教室の窓を開けると、春の風がさぁっと入ってくる。心地よい。これから三年間通う学校の雰囲気を誰もいない教室で感じる。ここから俺のモブ生活、新たなる生活が始まるのかと思うと少し緊張してきた。教室からはグラウンドが見える。誰もいないので閑散としている。


 鞄をロッカーにしまって、迷惑を掛けないように静かに教室を出て行く。向かう先は体育館だ。この学校の体育館はかなり広く、バドミントンコートが10コートもある。一つの学校でコート10個っておかしい。普通は5コートくらいだろ。


 体育館に着くと、そこには土足で入ってもいいように緑のマットが引いてあり、その上にたくさんのパイプ椅子がずらりと並んでいた。新入生が通る道を通って一番前にある壇上へ上る。そこには如何にも生徒会長みたいなイケメンが立っていた。


「おはようございます、生徒会長」


「ああ、おはよう。桜木君」


 この人は生徒会長の倉木くらき先輩だ。倉木先輩も新入生代表を務めたらしい。正直何をすればいいのか分からないからありがたかった。


「今日は頼んだぞ」


「頑張ります」


 本当はやりたくなかったけれど、やるしかないのでやる。なんとなく目立たない感じでやろうと思う。


「じゃあ一回だけ読んで貰おうかな」


 と、一つの紙を渡された。これは俺と生徒会長と一緒に考えたやつだ。読むのに3分くらいかかる。それを見ながら噛まないように読み上げる。


 何とか噛まずに読み上げることが出来た。


「完璧だ。本番でも頼んだ」


「はい」


 先輩のイケメンさわやかスマイルを貰った後、紙を渡し体育館をでる。


 自分の親友がどのクラスなのか気になるところだけど、俺は少し遠回りをしていくことに決めた。この学校は関東でもトップクラスに入るくらい賢い学校で、敷地面積もかなり大きい。


 サッカー部やラグビー部、アメフト部のための人工芝のグランド。それとは別に野球部用の運動場。陸上部用のトラック。全てが別々で存在している。流石にテニス部は硬式と軟式は分かれていなかった。


 そして、更に柔道場、剣道場、卓球部は別々の場所に存在していた。


 更に驚くことに体育館はなんと二つもあった。それは多分体育館でするスポーツが、バレー部、バドミントン部、バスケ部だけではなく、体操部まであるせいだろう。しっかりと学校のパンフレットを読んでいなかった俺は驚くしかなかった。


 学校の敷地内をぶらぶら歩いていると、少し大きめの庭にでた。中心には樹齢がかなりいっているであろう大きな桜の木があり、周りには青々とした芝生が敷き詰められていた。桜の木は風に揺らされ、桜の花びらが花吹雪のように舞っていた。風情がある。日本人に生まれてきて良かったと思える風景だ。


 時間はまだあるので、少し桜の木に近づいてみた。風がとても心地よかった。すこし気を緩めてしまった俺は、無意識のうちにマスクを外してしまっていた。無意識のうちに外していたマスクは、当然のように風に吹かれ校舎の方へと飛んでいってしまった。


「あ、やべ!」


 焦った俺は、急いでマスクを追いかけた。ようやくマスクまであと少しと言ったところで、ひょいと誰かに拾い上げられた。


「はい、どうぞ」


 女の子だった。彼女の黒く長く、風に吹かれてなびいていた。目はキリッとしていて、明るい雰囲気を漂わせていた。人を寄せ付け、クラスの中心的立場に立つような人だ。素直に美人だと思った。


 今、マスクを外していることを思い出した俺は咄嗟に口を両手で抑えた。やばい。見られたかもしれない。


「ありあとうございます」


 俺は、必死に顔を隠しながらマスクを受け取ろうとしたが、ひょいと躱されてしまった。


「え?」


 反射的にそんな声が出てしまった。片手で口を隠しながら、彼女の顔を見ると、ニコリと笑っていた。


「あの、俺のマスク……」


「あ、ごめんごめん。ついね。はい」


 そう、少し苦笑いをしながら、マスクを渡してくれた。俺は顔が見えないように、後ろを向いてマスクをした。その動作に不思議そうに彼女が聞いてきた。


「なんで、マスクなんてしてるの?風邪でも引いた?そんな雰囲気ないけど……」


 俺は誤魔化すように咳をした。


「だ、大丈夫?」


 彼女は心配してくれた。この様子じゃバレていなさそうだけど。


「大丈夫。少し風邪気味なだけだから」


「良かった。最初は風邪なんか引いてなさそうだったから。もしかしたら、顔を隠そうとしているのかと思ったよ……」


 彼女は明るく言った。でも、その奥に暗さが隠れているように感じた。


 その言葉に、俺はドキッとした。当たってやがる。もしかして、もうバレた?い、いやそれはないはず!ないはず!ない。ないよな?とても心配になってきた。


 俺は、平然として言った。


「え、え、そ、そんなはず、な、ないじゃないか。な、な、何を言っているのかなぁ~」


 全然平然としていない。声が震えまくっている。めっちゃ心臓がばくばくしている。


 そんな俺の言葉に、彼女は顔を暗くして答えた。


「そんなことをしていて、どんどん引きこもっていった人を知っているからかな……」


「そ、そうなんだ。ごめん。悪いこと聞いちゃった?」


 俺は慌てて言った。最初に会った時の彼女の明るさとは真反対になっていた。


「い、いや。私が悪いよ!今のは!ごめんね!」


 彼女はさっきまでの暗さがなかったかのようにパッと切り替え明るく答えた。きっと過去に彼女の周りで自分と同じようなことをしていた子がいたのだろうか。


「じゃあ、またね」


 気まずくなったのか、彼女はそう言って慌てて去っていった。


 見た感じ一年生だろう。また、会う機会がありそうだ。って、そんなの考えている暇はない!俺の顔が見られているのかいないのかが問題だい!さて、どっちだ!どっちかによっては俺のモブ生活が終わってしまう!いや、でも彼女が見ていたとしても、目が隠れていたから大丈夫だ!でも、風が吹いていたから、だいじょばない!やばい、だいじょばないぞ!いや、でも顔全体を見てたら、俺に惚れないはずはないから、きっと大丈夫!そんなわけあるか!やばい、頭が混乱してきたぞ。


 そう、そんな時は桜を眺めよう。風が吹いて花びらが舞ってきれいだなぁ~。って現実逃避してる暇はないぞ!どうしようか?俺のモブ生活が早くも崩れ去りそうだ。


 俺は、そのことを考えながら、教室に戻り始めた。

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