めぐりの星の迷い子たち
陽澄すずめ
第1章 凪を待つ砂の海
▶︎ ナギ
1ー1 瓦礫の街の少年
キャラバンの鈴の音を聞くたび、まざまざと思い出す。
だんだん遠ざかっていく背中と。
目の前で失われた大切な存在と。
それらのものはいつだって、僕の胸の奥に暗い影を落とす。
どうしようもなく湧き上がってくる憎しみの置き場を、僕は未だに見つけられずにいる。
■
ざく、ざく、ざく。乾いた音が響く。
古井戸の底の土は酷く固い。シャベルの先を突き立てて、ぐっと左足で踏み込んでも、ほんの少しずつしか削れていかない。
後ろに長く垂らしたバンダナの裾で、額に滲んだ汗を拭う。僕の小さな手のひらは、既に
「ナギさま! どうですか?」
頭の上から降ってきた声が、長い筒の内側でわんわんと
僕は錆だらけのシャベルを握り直して、軽く左手を上げて返事をする。
「もう少し掘ってみるよ!」
この作業も三日目。掘り返す井戸はこれで五ヶ所目。肩や腕にはずいぶん疲れが溜まってきていた。
それでも僕は土を掘り続ける。
どうか、どうか、今度こそ。
やっとのことで、自分の腰ぐらいの深さの穴が空いた。その中にしゃがみ込んで、地面に触れてみる。
だけどその土は、無情なほどにさらりとしていた。
どくんどくんと、心臓が跳ね回っている。
僕は諦めきれず、さらに身を低くして耳を直接当ててみた。でも、この付近に水脈があるような音は聞こえない。
こめかみから伝ってきた汗が、乾ききった地面にぽつりと落ちて染みを作る。一気に身体が重くなったように感じられて、僕はしばらくその場に
ここも駄目だった。他にも残っている井戸はあっただろうか。
シャベルを杖にして、ゆっくりと立ち上がる。ひんやりした石の壁にもたれながら、ハーネスに繋がった古いナイロンロープをくいくいと引いた。
「……引き上げていいよ」
真上に向けて放った言葉は、思った以上に弱々しかった。
それでもちゃんと意図は伝わったらしく、すぐにロープはぴんと張り、僕の身体はぐっと持ち上げられた。
キィキィと滑車の擦れる嫌な音がやけに耳につく。
古井戸から這い出ると、視界が白で塗り潰された。咄嗟に堅く目を瞑る。
そうこうしているうちに僕は軽々と抱え上げられ、地面に下ろされた。
「ナギさま……」
街の男衆の二人が窺うような表情で僕を見つめてくる。
強烈な太陽の光に晒されて、どこか心許ない気分だった。大気の熱さの一方で、身体に滲む汗はじとりと冷たい。
旧時代の地下水路が崩落し、近くを流れる川から街の貯水池へ水を引くことができなくなって、既に七日目。
ただでさえ今年の乾季はいつもより
このままでは、水が底をつくのも時間の問題だ。そこで僕は古井戸を掘り返すことを提案したのだが——
僕が肩を落としたまま小さく首を振ると、片方の男が明るい声を出した。
「よし、ここいらで一旦休憩しましょうや。次は自分が行きますんで。ナギさまばっかり働かせるわけにはいかねぇや」
もう一人が手早く滑車を片付けながら言う。
「ナギさまが井戸に潜ってる間に、砂嵐が止んだみたいですよ。ほら、ここからでも『希望の塔』があんなにくっきり見える」
彼が指さした先。
この瓦礫の街から続く荒れ果てた大地の、さらにその向こう。
遥か遠くまで広がりゆく砂漠の中に、銀色の鉄塔があった。
小指の先ほどの大きさに見えるそれは、強い日差しを弾き返して、濃い青色の空を突き刺すように立っている。
『希望の塔』と呼ばれるその鉄塔は、使いものにならなくなった地球最後のシャトル発射台だ。
人間が生きるには環境の厳しいこの星から、脱出する術はもうない。十年前に月のコロニーへ向かう最終便が出てから、それは砂漠の中に残されたままになっている。
その姿を認めた途端、僕の胸ににじりと暗い気持ちが拡がっていく。
——『希望の塔』だなんて。あれは、裏切り者の塔だ。
「ナギさま?」
声を掛けられ、はっとする。
その時ちょうど、街の広場の方向から鐘の音が響いてきた。
「もう昼の時間か」
「ナギさま、きっとナミさまがお待ちかねですよ」
「……うん、そうだね」
二人に促されて、僕は塔に背を向けた。
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