デュース
衣谷一
デュース
白いボールがネットに弾かれる。
跳ね上がったボールは放物線を描く。
弾道はきわどい。
台を縁取る白いラインに乗っかる。
高い跳ね上がり。
40ミリボールのスピンはネットに殺された。
イレギュラーはチャンス、ここは攻撃だ。
しかしイレギュラーは予測できない。
白いラインをほんのわずかに超えたボールは、台の角に当たってそのまま床に転がり落ちた。
エッジボール。俺が一点を失う。
11対12。
相手のマッチポイント。
帰り道が同じ方面の先輩の言った言葉を思い出す。
「卓球はダッシュしつつバーベルを持ち上げて将棋とストラテジーゲームをするようなもの、しかも乱数付き」
パワーだけではだめ。テクニックだけでもだめ。戦術だけでもだめ。実力だけでもだめ。
先輩の言葉を何度も思い返しながら戦うゲームは初めてかもしれない。
ボールが渡される。
手のひらにボールを乗せる。
ボールに刷られた三つの星をじっと見つめる。
手のひらから青い卓球台にボールを落とす。カラララララ、と軽い音。
優しく掴んで持ち上げれば、胸の高さに静止させた。
準備は整った。俺は追う立場。1点を取り返し、更に2点を奪えばよい。
ボール。自分側の台。相手側の台。相手のポジション。それぞれを見て作戦を考える。一瞬の判断。相手が嫌がるコースを狙う。
サーブ。ボールを浮かせる。
斜め下の回転をかける。自分の台ギリギリにボールを落とせば、ボールは伸びやかに、そして相手から逃げるように曲がってゆく。
相手は追いついてきた。打ち返してくるのはクロス方向。
斜めに飛んでくるボールは予想通り。俺は既にフォアハンドで打てるよう移動を始めていた。ここで攻撃、打ち抜くのだ。
思っていた通りの攻撃。スピード重視のフォアハンドドライブ。体重も十分に乗せた。
しかし相手は既にラケットを振りかぶっている。
反撃がやってくる。
来る。
ラケットの動きからどのコースを狙ってくるのかを予想する。順当に考えればクロス方向、がら空きになっている方向。
動く体。コースにしがみつかなければならない。
しかし白いボールが飛んでくるのはストレート。俺がいたところだった。
体にブレーキをかけたときには、床にボールが転がる音が、カン、カン、と。間に合わなかった。
11対13。
負けた。
観客席の一番上のところに先輩がいた。自然と脚は先輩のもとへと向かっていて、顧問にしたように結果を口にしようとしたら、
「結果は言わなくていい」
と止められた。
「最後の試合はどうだった? 楽そうだからって始めた卓球だったっけ?」
「大変でした。思い通りに行かなかったです。でも、何でしょう、すごく楽しかったです。すごく」
俺の口とは裏腹に目からはポロポロ涙が溢れ出してきて。全く言うことをきかなくなってしまった。
「悔しい、です」
「よくがんばったな」
先輩は俺を抱きしめるなり、背中をポンポンと叩いてくれた。落ち着くまで。
県大会ベスト32。ベストの成績。
俺の県大会が終わった。
デュース 衣谷一 @ITANIhajime
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