チャプター19:過去と言えるものじゃない

 理由は本当に大したことない。


 正義だとか使命だとかそんな高尚なものはなくて。もっと個人的な話。


 心が勝手に迷子になって、無いものねだりをしているだけ。


 これは我が儘だ。正道から外れた道を踏み出した、不正解者の姿なのだ。


          ●●


 フェイクの父親は銀行員であった。


 名をアーロン・フィッシャー。母のミリアとは大学からの交際で、社会人となった少し後に式を挙げ夫婦となった。


 銀行員の父と医学者の母の共働きで、子をもうけ家庭を築き支えあっていくであろう理想の未来。


 だがその未来が訪れることはなかった。


 家族となって1年後のこと。アーロンは仕事中に起きた強盗事件に巻き込まれた。


 銃で脅して、金を要求する。なんてことはないウェアムシティの珍しくもない日常。しかしこの時ばかりはタイミングが悪かった。


 強盗が起こると同時に、お金を下ろしに来た制服の警官がその場に居合わせたのだ。


 警察も強盗犯も、お互いに想定外の遭遇だった。パニックになった強盗犯が銃を発砲してしまったことで、図らずも警察との銃撃戦が勃発した。


 その時の流れ弾で、アーロンは命を落とした。


 それはフェイクがまだ生まれてくる前の話。フェイクがその事件を知ったのは、10歳になった頃に気になって調べた時だ。


 母のミリアからその話は聞いていない。きっと聞けば答えてくれるだろうが、母に辛い話をさせたくなかった。一緒に墓参りしに来た時の母の表情は哀しそうで、それを思い出せば、フェイクは母から直接話を聞こうとは思えなかったのだ。


 だから自分で調べて、図書館で過去の記事を見つけ出して父親の最期の状況を知った。


 それを知れた時、フェイクの心は……何も感じなかった。


 愕然とした。決して無関心などではない。しかし確かに、フェイクの心は何も感じなかったのだ。


 怒りだとか。憎しみだとか。悲しみだとか。


 恐ろしいほどに何かしらの感動や変動はなく、ただありのままの事実として受け止めている静かな自分がいた。


 それがどうしようもなく胸を焦がし、嫌でたまらなかった。


 夫の予期せぬ死に母は悲しみに暮れながらも前を向き、仕事と家庭を両立しながらも自分を育ててくれている愛を確かに感じている。

 なのに自分は父親に対して何も感じない。思うところもなく、他人事のようにさえ感じていた。


 気持ちが悪い。その一言に尽きた。


 だからフェイクはその時から行動を開始した。


 父親の知人や仕事先の同僚などを探してコンタクトを取り、どういった人物なのか話を聞きに行った。


 父の実家に行ったり、アルバムなども引っ張り出して、昔の写真を見たりもした。


 聞けば、誠実な人だ。仕事熱心だ。写真を見て感じたのは、良さげな人。悪いような人には見えない好印象と言える感想。


 だがそれは家族という身内に対する感想ではないとすぐにわかった。


 自分の心に対する疑問、謎。思いだけが空回り続ける。


 フェイクは父親に所縁のある人に可能な限り会ってきた。その中で少しだけなら父のきっと愛なんだなと思うところもあった。


 きっと、まだ足りない。何が?


 考えが止まることはなかった。これで駄目なら次に何をやるべきか、どこに行けばいいのか。頭の中は次のことばかりを考えている。


 深く思考する。違う道を探して辿ろう。いつしかそう導き出していき、そこで父が死亡した時の状況を想像してみた。


 流れ弾は死因。事件を起こしたのは強盗犯で、父は巻き込まれた。犯罪事件の中で死んだのだ。


 ……その中にあるのだろうか?


 父に対する感情を、母への同情を。自分の心が感じて、無関心な薄情者ではないという証明が。


 それからフェイクは犯罪の現場に近づこうと積極的に行動するようになった。動画活動も手段の言い訳に過ぎず、被害者などの人助けもついでのようなもので、正義や悪とは関係がないものだった。


 ピンクシールの力を求めたのもそれだ。フェイクの活動も所詮ゴロツキや不良などの脅しの現場や喧嘩止まりくらいなもので、どうしても限界があったからだ。結局自分が怪我や最悪死ぬようなことがあってはならない。

 だからヒーローの力を求めた。あれだけの力があれば、もっとうまく立ち回れると思ったからだ。


 結局本質的にやることはピンクシールと変わらない。ただ首を突っ込んで、空気に触れて答えのない答え探しをしたいだけなのだ。


 そうだ。わかっている。自分が進んでいるこの逸れた道の先に求めるものはない。頭の片隅でお門違いだとわかっていた。ただこれ以外の道があるのかわからなくて怖がっているだけだ。


 だから自分は決して誰かに感謝をされるような善人ではない。悪にすら成り切れていない。


 偽善で、偽悪的な半端者。それがフェイク・フィッシャーという存在の本質なのだ。


          ●●


「フェイクのお母さんとは、そのことを話し合ったりしたの?」


 長い自分語りが終わり、少しの間を置いてからジェシカはそう聞いてきた。フェイクも一息ついてからそれに答えた。


「……話してない。話しづらいし、なんだか怖くて話せていないんだ」


 怒られるから、とかではない。悲しませてしまうからだとか、精神的に困らせてしまうかもしれないとかの意味で、怖かったからだ。


「なら、今すぐフェイクのお母さんとお話しよう!」ジェシカが安心させるように笑ってそう提案した。


「絶対そうするべきだよ。フェイクの今の話をお母さんにしてあげれば、きっと安心すると思うよ?」


「そうかな……逆に心配させると思うんだが」


「逆にそれを言わない方が心配させてない?」


「……それは、一理あるけど」


 ジェシカの安心の言葉にフェイクは否定的に疑問を口にしてしまう。ジェシカは気にしないと言った様子で、続きを口にする。


「きっと大丈夫だと思う。むしろようやくフェイクの気持ちを知れた方が、フェイクのお母さんは嬉しいと思うよ?」


「でも、今は大変な時だ。こんな個人相談をする時間なんてないだろ?」


「それも大丈夫! 私も一緒に行って説得してみせるよ! だからフェイク、勇気を出して。今しか話す機会はないかもしれないんだよ?」


 ジェシカは熱心にフェイクを説得した。フェイクもさっきの自分の身の上話を聞いて、ジェシカが真面目にこちらを想ってくれているのだというのがわかった。


 少し渋りながらも、最終的にフェイクが折れる形でプチ緊急家族会議をすることを決意した。二人は立ち上がって、三人が会議している別室へと移動した。


 別室に着くと、ジャックとエレナの怒声が聞こえてきた。


 内容はPS-1をどう処分するかを話し合っていて、ジャックは一部サンプルと資料のみを隠匿するという言い分で、エレナがサンプルやデータなど何から何まですべて廃棄するべきだという意見で揉めていた。


 その中でヒートアップする二人をどうにか落ち着かせようと困っているミリアの姿が確認できた。


 とりあえずジェシカはフェイクからお話があるとミリアだけを救出し、さっきまでいた休憩スペースへと戻ってきた。


 そこで改めてといったところで、唐突にジェシカの携帯が鳴った。

 確認してみればどうやら父親からの電話のようで、何回連絡しても繋がらなかったのがようやく向こうから連絡が来て、ジェシカは「ちょっとごめんね!」とその場から離れてしまった。


 まさかの進行役が離れてしまったため、親子の筈なのに気まずい沈黙が訪れてしまった。


 勇気を出してと彼女は応援してくれたが、やはり有難迷惑だと思ってしまう申し訳なさがあった。ジェシカに話したようにすれば良いのだろうが、心の準備が必要である。


 視線を下にしてそんなことを想っていると、「フェイク」とミリアが声を掛けてきた。


「ジャックとエレナ博士はあの調子ならしばらく終わらないから、今なら時間があるから大丈夫よ。あなたの話、聞かせてもらっても良い?」


 遠慮がちで、しかし安心させるような声色。フェイクは自然と視線を上げて、ミリアを見た。


 ミリアは柔和な笑みを浮かべていたが、その瞳は不安の色が見え隠れしているのがフェイクにはわかった。それを見て、フェイクはジェシカが本心を語るように促した意味がなんとなくわかった気がした。


 きっと、怖いのだ。息子の気持ちがわからないことが、わかってあげられないことが。


 自分と同じだ。思えば暴走を謝るばかりでずっとこの気持ちを話すのを誤魔化し続けてきた。ずっと向き合うことから逃げていたのだ。


 一歩を踏み出す必要があった。それは今しかない。


 フェイクはしっかりとミリアの目を見た。慎重に言葉を選んで、たどたどしくもフェイクは隠さずに今までの行動の動機を、本心を伝えた。


 今日ほど何度も同じ話をする日はないなと、フェイクは思った。


          ●●


 息子の気持ちがわからなかった。


 子を育てる上で親が必ず当たる家族の問題であるが、父を失っているミリアのフェイクを案じる心配の度合いは一般のものとは違うのは言うまでもない。


 家庭と仕事を両立させれば、我が子を見てあげる時間は限られる。だからフェイクが最初に動画活動で揉め事を起こして警察から連絡が来た時は、心臓が飛び出そうなほど気が気でなかったのは、今でも思い出せる。


 その時はいっぱい叱って、いっぱい心配をした。フェイクは本当に申し訳なさそうにして、母に心配をかけたことを謝っていた。


 だがフェイクは活動をやめはしなかった。まるで何かを探しているかのようで、何か理由があるのかと聞いても答えてはくれなかった。

 叱る度に、フェイクは深刻そうな顔をした。怒られて萎縮しているからとかではないとわかる違和感は、息子の気持ちを理解できていないとミリアはいつも落ち込んでいた。


 そして今日、フェイクは怪人という最悪な事件に巻き込まれてしまった。親友のザックを人質に取られて。


 息子の落ち込んでいる姿は見るに堪えなくて、どう声を掛ければ良いのかわからなかった。


 しかし今、フェイクは自分の本心を打ち明けてくれた。こうして心を開いてくれたのはおそらく、ジェシカがフェイクを勇気づけてくれたおかげだろうと何となく察することができた。


 ミリアはフェイクの話を聞いて、ようやく息子の気持ちがわかって嬉しかった。今までの行動に合点がいって、それと同時にそんなことでフェイクが苦しんでいるのに気づけなかったことをミリアは悔いた。


「馬鹿ね、フェイク。そんなことで悩んでいたなんて」ミリアは心に思ったことをそのまま口にした。


「……そんなことかもしれないけど、俺にとっては大切なことだよ」


 そんなことと言われ、フェイクは少しむっとしながらもそう言い返した。ミリアは身を乗り出して、そんなフェイクの頭に手を乗せて、優しく撫で始めた。


「ごめんごめん。でもね、やっぱり大馬鹿者よ。そんなことしなくたって、そこまで思い悩んで考えている時点で、あなたは家族思いのある立派な子なのよ? 薄情者なわけないわ」


 誰から見てもわかるくらいに、ミリアの表情は優しい微笑みを浮かべていた。あまり見たことが無い母の笑顔に、フェイクは少なからず衝撃を受けていた。


「でも、やっぱり何も感じられない。そんなの家族として、ありえないだろ?」


 やはりといった様子でフェイクは否定的な意見をすると、ミリアはそれを笑い飛ばしながら、父の話をした。


「お父さんね。今のフェイクの話を聞いたら、まず謝ってから貴方を褒めると思うわ。『話もしていない、顔も合わせたこともないのにそんなことで悩むな!』ってね」


 それを聞いて、フェイクは心の中に言いようのない何か熱のようなものが湧いてくる感覚がしていた。手応えを感じさせる直観のようなもので、フェイクにとって初めての感覚で驚いていた。

 ついでにそれ褒めてんの? と本当にちょっぴりだけ片隅に思いながらも、フェイクの口からは自然と父の話題を求める声がでてきていた。


「父さんは、そういうことを言うような人なの?」


「ええ。あんまり話す機会がなかったからあなたは知らないけど、お父さんは直感的というか、もっと直球な人よ? たとえば……」


 そうやってフェイクとミリアは父の話をしていった。


 エレナとジャックの会議が終わるまで。ジェシカが電話を終えて戻ってくるまで。


 本当に短い時間ではあるが、二人の親子には確かに必要不可欠なもので。二人のわだかまりは解消されていった。


 本来の親子の姿が、そこにはあった。

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