チャプター20:動き出す者達
ウェアム市警某所。
現在街で起こっている騒動に対してほとんどの人員が街の方へと駆り立てられ、署内にいる警察はまばらである。急遽作られた対策本部からすぐ出た廊下の所で、バードは娘のジェシカに安否の連絡をしていた。
「そうか……今はエレナ博士の所に避難しているんだな?」
『うん、だから私の方はとりあえずは大丈夫だよ。お父さんの方は大丈夫? 怪我とかはしてない?』
「かなり忙しいが、大した怪我とかはない。心配は無用だよ」
昨日のDBCでの暴動。バードは複数の覆面に襲われながらも、攻撃などの動きが単調であったため少し殴られるなどの怪我で済んでいた。後に放水車に乗って応援に来た仲間の手を借りて、なんとかその場の鎮圧には成功していた。
気絶した人々はその人数の多さからも病院などでは全員収まりきれず、近場の学校や市民体育館などに運ばれる形となり、現在はこれから決まるであろう軍の意向を待ちながら、各地の現場に指示を飛ばし、体制を整えるようにしていった。
勢いを増していく覆面達の対処は、昼を過ぎたあたりでほんの少し落ち着いて、ようやく連絡をするくらいの時間を取ることができた。
「母さんともさっき連絡した。ニュースで事件を知って家の中で立てこもると言っていたから、とりあえず無事なのは確認できた。あとで母さんにも連絡をしておきなさい。きっと安心するだろう」
「とにかく二人の声が聞けて良かったよ」バードは心底安心したようで、優しい声音でそう言った。ジェシカもそれには同意して、警察としてこれから大変であろうバードにこれからどう動くのかについて聞いてきた。
「覆面達の鎮圧が主な仕事になるだろう。市民の避難誘導もあるが、案外家に引きこもる選択をした人が多くて、そこまでの仕事にはならないだろう」
『怪人は? ……やっぱりお父さんは追いかけるの?』
今度はジェシカの方が心配そうな声で聞くが、バードはそれはまだわからないと答えた。
「軍からの指示が分かり次第だが、怪人を捕まえるための特殊部隊を編成する筈だ。私達よりも良い装備と技術を持ったプロフェッショナルだ。心配なんていらないさ」
『そっか。それなら安心だね!』
バードが安心させるようにこれからの予想を言えば、電話越しのジェシカは納得したように明るい声でそう言った。
それから一言二言話し、最後にお互いの身を案じる言葉をかけてから電話を終了する。そのタイミングを狙ったかのように、背後から「バード!」と声をかけられた。
振り向けば、そこには武装警官のライアンが声の正体だとわかった。
「ライアン、戻ったか! ということは軍の方での会議が終わったということだな。どうなった?」
「予想通りの動きだよ」ライアンは疲れたように言った。
DBC事件で同じ場所に居たライアンは事態が収拾してから、軍の方へと呼び出されていた。現場の情報を共有と特殊部隊の隊長としての慧眼で得た意見を聞くために、軍の会議へと参加していたのだ。
「いくつかの部隊が編制されることになった。怪人を捕まえる部隊と、覆面達を鎮圧するための部隊になるだろう。警察はその部隊と協力して街の状況を対処する。まあ、シンプルな作戦だ」
妥当な判断だと、ライアンは最後に付け加えた。バードはやはりかといったところで、いくつかある疑問の中から一番気になることを聞いた。
「軍はどうやって怪人を探し出すつもりなんだ? ただでさえ街は覆面だらけ。正体すらわかっていない筈だ。居場所なんて突き止める術はあるのか?」
バードの当たり前と言える疑問は、暗に急ぎすぎなのではという個人的な意見が含まれていた。
一刻も早く怪人を捕らえるのが事件を解決する一番の近道なのはわかるが、まずは覆面の市民達を最優先に解決して警察も軍も組織として満足に動けるようになってから怪人を追うべきだというのが、バードの考えであった。
ライアンもバードの言わんとすることがわかっていたようで、会議で話した内容と方針の決定を説明した。
「そうだな。まずは覆面達の話からだ。洗脳を解除する方法はわかるか?」
問われたバードは「完璧にわかったわけじゃないが」と前置きをする。
「映像を見た限り、水を頭に浴びせれば気絶はしてしまうが洗脳自体は解けるらしい。怪人曰く、正しい方法じゃないらしいが」
DBCでの放映で見て得られた情報をそのまま話すと、「いや、それでいい」とライアンは肯定的に話した。
「正確には、催眠状態を解かせるほどの衝撃が与えればいいのが調査と検証でわかった。わかりやすく言えば目覚ましで起きないやつを、バケツの水や手で叩いて物理的に荒っぽく起こそうとするのと同じだな。
だから別に水である必要はねえ。強い衝撃を与えられれば何だっていいんだ」
「水鉄砲片手に立ち向かう必要はないと?」
「シュール過ぎでギャグにしかならねえが、それで街を守れるなら俺は喜んで構えてやるがな。だが水鉄砲如きの威力じゃあ時間が掛かるし、一人洗脳解けるか解けないかで精一杯なのは検証済みだ。逆に危ねえよ」
一雨でも降れば解決なんだがな、と呟く。あいにく天気予報では曇りが続くが、雨が降るという予報はされていなかった。
冗談を言い合いながらも、今の話を聞いてバードは一つ予想がついた。
「ということは……ゴム弾か?」
「そうだ。ゴム弾を使用して覆面達を対処することを決定した」
予想通りであった。しかしその場合、また一つ懸念すべきことがある。
「だが力づくで解かせるのは正しくはないんだろう? そうなると心配なのは後遺症の類だ。大丈夫なのか?」
「それももちろん議題に上がったが、結局怪人を取っ捕まえるのが最優先になったんだ。あまり大きな声で言えねえが、死人が出ない多少の犠牲は避けられないし仕方がないで、満場一致だよ。
気乗りはしねえが、実際気にしていられない状況だしな。後遺症とかは確かに怖えが、誰も死なないならそれが一番だ。俺は賛成したし、するしかねえ」
ライアンが言った通り、これ以上の高望みは現状が許してはくれないだろう。バードもそれはわかっていて不安が残るものの切り替えて、今度こそ本命の質問をした。
「覆面達の対処についてはわかった。次は怪人だ。彼奴はどう探し出すんだ?」
「まあ待てよ。覆面の話にはまだ続きがある」
ライアンは順序良く話を続けた。
「まず人を洗脳する趣味の悪い覆面の仕組みだ。覆面の中には口の箇所に小型の噴射装置と、両耳の箇所には無線を受信するための小型通信機が付けられていた。受信しかできねえがこの通信機が重要でな、中量ほどの特殊な音が常に流されているんだ。
装置のガスで催眠状態にして、それから通信機でその音を通して洗脳しているんじゃねえかって推測されているな」
話を聞いていていくつか気になる点があったが、バードは今の話で軍がどのような手段で怪人を探し出すのかに見当がついた。
「……そういうことか。大量の小型装置と覆面。それらの出処から調べ上げて足取りを探すんだな?」
怪人の洗脳や街の支配などのインパクトで目が行きがちであったが、怪人を探す手がかりは目と鼻の先に大量にあったのだ。
これだけの数を揃えたのだ。布や部品が運ばれた場所など足跡は必ず残っている筈だろう。むしろ隠し通せるのが無理な話だ。
「そういうこった。これだけの騒ぎを計画したのは恐れ入ったもんだが、パーティーグッズを散らかし過ぎたな。怪人野郎が捕まるのも時間の問題ってわけだ」
楽観視をしているというわけではないが、そう時間は掛からないとライアンは踏んでいた。
今でこそ逆探知を狙っての居場所特定のため行ってはいないが、ジャミングなどで怪人の指示を妨害することはできる。指示を出させないようにすれば、抵抗こそあれど奪った覆面で友人達に襲われないように行動することだってできるのだ
冷静に情報を精査していけばなるほど、とバードは納得していった。それと共に一つ気になるワードがあった。
「特殊な音とはなんだ? いったいどういうものなんだ?」
率直にバードは聞いた。覆面の仕組みを聞いている内で、随分と曖昧な言い方であったからだ。
対してライアンは聞かれて困ったように説明をした。
「俺も聞いてはみたんだが……なんていうか、うまく説明できねえな。絶対に音楽じゃねえってのは断言できる。振動音ってやつか? 一定のリズムで左右の耳を行ったりきたりする感じのやつだよ」
拙いながらライアンから音の特徴を聞いて、バードは何かが凄く引っかかっていた。それは刑事の勘のようなもので、それが強く働いてその音の正体がとても気になっていた。
「その音、聞けないか?」
バードの言葉に一瞬驚いたが、長年の付き合いからバードのいつもの癖が出たとライアンはすぐにわかった。
「DBCで制圧した時に回収されたのがあるから聞けるが、俺たちの仕事は街の対処対応だぜ? 怪人探しじゃねえ。現場にゃお前の指示が必要だ」
「少しでいいんだ。それに今はお前がいる。その間だけでいい。私の代わりをしてくれないか? ライアン」
まっすぐにライアンを見ながら、バードは頼み込んだ。ライアンも目を逸らさず視線を鋭くさせながら、やがてため息を漏らしながら軽い笑みを浮かべていた。
「こういう時の警部殿は止められないからな。それに勘が鋭い時は、大体正解だったりする。
とりあえず現場は俺に任せとけ。何かわかったら、すぐ教えろよ?」
「すまないな。恩に着る」
最後にそう言い合って、二人は別れた。
〇◎
「作戦の確認をするわよー?」
ウォーカー研究所の休憩スペース。そこには5人の男女が集まっており、その中の一人である白衣の女性――エレナ・ウォーカーが全員に向かって言った。
「まずは外出組の3人。ジャックから再確認するわね。あなたは自分の会社に戻って、PS-1を完全廃棄する。いいわね?」
「……非常に残念だが、仕方がない。悪用される方が許せないからな」
とても疲れた声で、残念そうにしているジャックの姿がそこにはあった。長年の研究を自分の手で捨て去らねばならないことに悲観していたが、ジェシカの正体が知られ身の安全が危ぶまれるとあれば一大事と考え、最終的に自分の研究よりもジェシカを選んだのであった。
そんな苦渋の決断をした彼にエレナは気にせず次にミリアへと視線を動かした。
「次にミリア博士。あなたはテイラー君が居るウェアム大学に向かうことになったけど……本当に大丈夫? ジャックの手伝いでも良いのよ?」
心配するエレナに対し、ミリアは「大丈夫よ」と微笑で答えた。
彼女はこれからある人物に会うためにウェアム大学へと赴く計画をしていた。
そのある人物の名は、ノア・テイラー。犯罪心理学を履修し、現在医学科で医薬品化学を専攻している大学生だ。彼に会いに行く目的は、怪人が使う洗脳ガスを対策するためである。
「本人には会ったことはないんだけど、彼の論文は読んだことがある。彼が今研究しているものが、あのガスを防ぐヒントがあると思っているわ」
ミリアが着目したのは、彼の研究開発している向精神薬だ。とは言っても薬物のみではなく、その研究の真の目的は治療法にあった。
それは向精神薬を使用した状態の、催眠治療だ。中枢神経系に作用させた状態で、自我強化法あるいは催眠現象利用法などの方法をより効果的に発揮させるための向精神薬。今回の洗脳ガスとの類似性があると見て、彼ならば催眠状態の人々を目覚めさせる方法がわかるのではないかと、ミリアはノアに接触するべきだと提案していた。
その提案にエレナは難色を示し、ジャックは彼の事を知っているためか賛成的な態度を示していた。
理由は簡単で、前者はこれ以上協力者を増やさない方がいいという意見と、後者は彼の才能を信頼し、最も適任であると感じていたからだ。
何よりも犯罪心理学の博士号を取得しているまさに若き天才であり、中でも犯罪機会論を主題としている。今回の洗脳ガスや怪人のこれからの行動の予測など、これほど強い味方はいないだろう。ジャックにそう力説されれば、エレナも人数が増える以外の懸念はない。強いて言えばジャックの手伝いをしてもらい、一刻も早くPS-1を処分してほしいという願望があったが……現状この中にはいない専門家を仲間にする有用性を考慮して、渋々ながら納得した。
「とりあえずジャックは残っている社員がいないか会社に連絡、ミリア博士はテイラー君にアポイントの連絡ね。目的地までは私のドローンを使って覆面がいない、できるだけ安全なルートを選んで導くわね。
そしてジェシカ! あなたは距離を取りながら移動して、もしどちらか二人が危なそうになったらすぐに駆け付けるように意識して動くこと。怪人探しは二人の護衛が無事に終わってからね?」
特に異論は無く「了解!」とジェシカの元気な返事を聞いてから、最後にフェイクの方へと向いた。
「最後にフェイク。あなたはここに残って私の手伝いよ。大量のドローンを操作するから、あなたには操作を覚えてもらって半分くらいドローンを担当してもらうことになるわ」
フェイクも特に異論は無く、素直に了承した。先ほどの暗い表情よりも、幾許か明るくなっていた。普段なら外に出て積極的に行動しようとしていただろうが、今は違った。
状況的に限られた外よりもここの中の方ができることが多いというのもあったが、ミリアとの会話で紐解かれた心境がフェイクを落ち着かせていたの。
さっきよりも良い顔になったフェイクを見て、エレナは安心しながら最後に全員に向けて言った。
「準備ができ次第、行動開始よ! 絶対に無理や無茶はしないで、全員無事に乗り切りましょう!」
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